忍城の攻防

1484年10月末


■忍城


関東管領である上杉顕定の兵15000に加え、長尾景春が6000、成田から独立を宣言した柴崎長親や、顕定に呼応した国人衆の兵5000、総勢26000の兵に、居城である忍城を包囲された成田正等は、櫓の上から城を囲む軍勢を眺つつ、楽しそうな顔をしながら側に控える嫡男の成田長泰に、城を囲まれた今の状況をどう思っているか問いかける。


「父上、豊嶋家から貰った金で城を拡張し、備えも万端ではございますが、城に籠る兵は4000程、いくら忍城は攻め口が限られているとは言え、総攻めをされれば凌ぎ切るのは難しいかと…」


城を囲む大軍に気圧されたのか、成田長泰は城を守り切る事は難しいのではと弱気になっている。


「若いな…、この忍城は其方の言うように、攻め口が限られておる。 それがどういう事か分かるか? 大軍など無意味という事よ! 我らはその限られた攻め口に兵を置き、迎え撃てば良いだけだ。 敵の攻め口となる道をあの大軍が通れると思うか? 兵が4人、場所により3人が横に並ぶのが精々の道幅ぞ、しかも拡張をした際に道を通る兵に矢を射かけ易いようになっておる。 敵の数に臆するでない! 天然の要害とも言える忍城の造りを把握し、適切に兵を置き対処すれば、城は早々落ちる事は無い。 それに宗泰殿より援軍として送られた鉄砲隊が200おるのだ」


「しかし父上、絶え間なく攻め続けられれば兵の少ない我らは疲弊するばかりでは?」


「其方はまだ若い、若いが故、知らぬことが多いのは致し方ないが、将兵の前でそのような弱気な言葉は吐くでないぞ!」


「承知しております。 将である者が弱音を吐けば兵が動揺し、内から崩れるのは道理、この場は父上と某の2人のみ故申し上げたのです」


「ならばよい。 では教えてやろう。 良いか、城を囲む敵は関東管領である上杉顕定の兵、だが目の前の全てが上杉顕定の家臣か? 違うであろう。 上杉顕定が直臣の兵は精々2000程、それ以外は国人衆が率いる兵の寄せ集めだ。 それは長尾景春が率いる兵も同じ、最初は先陣を争い勢いはあるものの、数度攻め寄せた敵兵を多数討ち取れば、その後は国人衆共も尻込みし腰が引けて、最初の勢いは無くなり、最後には兵糧攻めに切り替えざる得なくなる。 空堀と土塁だけの城を攻めるなら犠牲を出してでも手柄を挙げようとするだろうがな」


「国人衆共は自分の兵に被害が出れば、たとえ勝ったとしても家の力が弱体化する事を恐れると…。 確かに先陣を壊滅させれば、それを見ていた者達は兵を無駄死にさせたくなくなるという事ですな」


成田正等は長泰の答えに一応は満足したのか、軽く頷くと、櫓から降り本丸にある主殿へ向かう。

降伏を勧告しに来た使者を主殿の広間に待たせているからだ。


散々待たされ、怒り心頭の使者に、成田正等は悪びれもせず、

「櫓から顕定殿が率いて来た烏合の衆を眺めているのが面白うて時を忘れておったわ」

と言いながら、差し出された書状を読むことなく破り捨てる。


目の前で書状が破り捨てられたことに一瞬唖然とする使者に、「これが成田家の返事じゃ! 命は取らぬ故、顕定殿に兵を無駄死にさせ、失墜した関東管領の名を更に失墜させる為にわざわざこの地にお越しになるとはご苦労な事よと、帰ってそう伝えよ」と言い、使者は何か言おうとするも、居並ぶ成田家の家臣が一斉に刀に手を掛けた事で、使者は逃げるように城を後にした。


本陣で使者からの報告を聞き、激昂する上杉顕定を他所に、長尾景春は一戦もしないうちから降伏などするはずもない事は分り切った事であり、当然の返答だとし顕定に対し挑発に乗らず冷静になるよう宥める。


「景春! 必ずや忍城を落とし、成田正等をワシの前に引っ立てて参れ!! ワシ自ら首を刎ねてくれる!!」


「恐れながら申し上げます。 この忍城は守るに易く、攻めるに難い城、一当てした後、抑えの兵を残し川越城に向かわれるのがよろしいかと」


「黙れ!! 攻め落とすのだ!! 誰ぞ!我こそは、という者はおらぬか!!」


激昂する顕定には景春の言葉は無視される形となり、本陣に居る数名の国人が名乗りを挙げた。


1人が名乗りを挙げれば、それに釣られ幾人もが名乗りを挙げた事で、場の勢いで翌朝から名乗りを上げた者を先陣にしての総攻めと決した。


自陣に戻った景春は、盛大にため息を吐いた後、川越城を目指し進軍する足利成氏へ、上杉顕定に忍城は抑えの兵を残し川越に兵を進めるよう命じて欲しいとの書状を家臣に持たせ成氏の元へ走らせた。


翌日、日が昇り出すと同時に上杉軍が忍城へ攻めかかる。

沼と深田に囲まれた細い道を進軍する兵達は、城門まであと少しという所まで近づくが、城からは待っていましたと言わんばかりに、矢と石の雨に襲われる。

慌てて用意した木盾で身を隠しながらジリジリと進む上杉軍に対し、成田軍は容赦なく矢と石の雨を降らせる。


そして城門の左右に建てられた櫓からは、豊嶋家から派遣された鉄砲隊が筒先を指揮する将に向け狙いを定め、引き金を引いた。


ダダッーン!!


各櫓の上に居る鉄砲隊は3名と弾込めをする者6名の為、一斉射のように派手な轟音では無い事で兵達の動揺は少ないが、指揮を執っていた武者が口から血を吐き、その場に倒れ込む。


ダダッーン!!


櫓の上から身なりの良い武者を狙撃する事で、指揮をする者が居なくなり、徐々に兵達が動揺し始める。


それを見計らったかのように、突如城門が開き、門の内側で待機していた30の鉄砲が一斉に火を噴き、その後、長柄を持った足軽が突撃し、混乱する上杉軍を押し返す。


混乱し、逃げようとする上杉軍の兵達は、後続の兵に逃げ道を塞がれ、後ろから振り下ろされる長柄に叩かれ、突かれ討ち取られていく。


成田軍の足軽は、無理な追撃をせず悠々と引き返しつつ、まだ息のある者にトドメを刺し、武者の首を獲り城へ戻ると、門は再度閉じられる。


同様の光景がどの攻め口でも数度繰り返され、その日の城攻めは、首一つ挙げられずに死者の山を築く上杉軍に対し、兵だけでなく、兵を率いて参陣していた国人までも討ち取った成田軍に軍配が上がり、士気は最高潮に達した。


翌日も木盾を前に押し出し、攻め寄せる上杉軍であったが、前日のような勢いはなく、ジリジリと前進をするも鉄砲の音がすると慌てて下がるを繰り返し、矢と石の雨に晒され負傷者を増やす。


その後も数日の間、沼を泳いで城へ取りつこうとし、城からのスリングによる投石で多数死傷者を、攻め口となる道から城門へ攻めかかると同時に、深田や湿地を掘り起こした泥濘地から強引に攻め、多数の死傷者を出した事で、徐々に国人衆達の間に厭戦気分が漂い始めた。


これまでの戦いで、門の一つでも突破できていれば、厭戦気分も広がらなかったかもしれないが、沼を泳いで渡り、城へ辿り付いても、そこは塀が築かれており、沼から上がる事が出来ず、登れる場所を探しているうちに矢を射かけられ、深田や湿地を掘り起こした泥濘地には、斜めに切り先を鋭くした竹が埋められており、思うように前に進めないでまごついている間に、矢と石の雨に晒され、兜首は鉄砲で狙撃されていたのだ。


数日に渡る城攻めで、ロクな成果を得られない事に苛立ちを隠せない上杉顕定は、城攻めを主張し続けるが、長尾景春を始め多くの国人衆がこれ以上忍城を攻めれば無駄に死傷者を増やすだけで、得られる物は少ないと言い、忍城は後回しにし、川越城へ向かうべきと言い出した事で、顕定は渋々抑えの兵を残し川越へ兵を進めることを了承せざるを得なくなった。


忍城の抑えとして名乗り出たのは、成田家をよく知り、あわよくば調略が出来ると、柴崎長親が「某に!」と申し出た事で、柴崎長親と北武蔵の国人衆5000が残る事になった。


長尾景春は強固に反対をしたが、柴崎長親は以前より平井城へ足を運び、娘を手篭めにした豊嶋宗泰と独立を認めぬ成田正等を口汚く罵っていた事で、上杉顕定も江戸城を攻め落とした際、柴崎長親の娘は救い出した上、良縁を取り持つとまで言う程信用していた事で景春の言葉を退け、柴崎長親を大将としたのだった。


なおも食い下がる景春は、顕定に「なれば其の方が抑えとしてここに残ればよかろう!」と一喝され引き下がったが、国人衆数名に柴崎長親の動きを監視し、何かあればすぐさま知らせるよう命じる事しか出来なかった。


「愚かな!! 信の置ける、置けないの問題ではない事に何故気付かんのだ!! 上杉の重臣を大将にせず国人衆などを大将に据えるとは…、関東管領の威信を取り戻そうとする気は無いのか!!」


自陣に戻り、床几を蹴飛ばしながら、景春は1人声を荒げていた。


「まあいい! 豊嶋を滅ぼしたら古河公方に従い上杉を滅ぼすまで! 阿呆は阿呆のまま滅びればよい!」


冷静になりそう呟くと、景春は家臣を呼び、川越に兵を進める支度を命じた。


翌日、忍城の抑えとし5000の兵を残し、上杉軍は川越城へ向け進軍を開始する。


櫓に登った成田正等は、その光景を今にも笑い出しそうな顔をしながら見ていた。

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