海賊衆

「これを急ぎ、岩槻城の太田資忠の元に届け、口頭でこれから俺の言う事を伝えよ。 書状だけでは齟齬が生じる可能性があるからな」


江戸城に詰めている風魔衆の組頭に書状を渡し、口頭で資忠への言伝を伝える。

組頭は一度復唱すると、その場を後にし岩槻城へ向かう。


岩槻城の太田資忠への書状と言付けを風魔衆に託した後、近習の者に、音羽半兵衛と清水綱吉を呼ぶように命じると、1時間もしないうちに、2人が部屋にやって来る。


「音羽半兵衛、清水綱吉、其の方らに命を下す。 清水綱吉の任は容易い事なれど、音羽半兵衛、其方は厳しい任となろう。 だがこの合戦で重要な役目である。 半兵衛が鍛えた兵の初陣ぞ!」


「ははっ! 厳しい働きが初陣とは望むところ。 必ずや成し遂げて見せまする!!!」


自らが鍛えた兵の初陣が厳しい任と聞き、音羽半兵衛は臆することなく、俺の方を見る。


「これより清水綱吉の海賊衆は、安房の海賊衆と共に、常陸の那珂湊、大洗湊を襲い乱取りを行ってまいれ! だが、ただ行くだけでない。 音羽半兵衛とその兵500を乗せて向かって貰う」


「音羽殿とその兵を乗せてでございますか?」


「そうだ、海賊衆が湊を襲い、乱取りをおこなっている隙に、音羽半兵衛は兵を率い、密かに古河へ向かえ。 海賊衆の襲撃と乱取りで混乱している隙を突いて音羽半兵衛と兵を上陸させるのだ」


「なるほど、湊を襲い乱取りをするのは、我らに目を向けさせる為と」


「そうだ、行きは兵を乗せていき、帰りは奪った物を乗せて帰って来い。 清水綱吉の持つ3隻の安宅に積み込んだアレを使って構わん」


「かしこまりました。 帰りは荷が沢山詰めますな。 しかもアレを使って良いとは…。 湊を襲うとすれば夜、安穏と寝ておる者も飛び起きましょうぞ」


伊豆海賊衆の中で江戸に待機すると言う貧乏くじを引いたと思っていたのだろう。

清水綱吉は兵を運んで湊を襲撃し、乱取りを許されただけでなく、最近になって安宅船に積んだ兵器の使用を許された事で、嬉しそうな顔をしている。


「さて、音羽半兵衛。其方は海賊衆の襲撃に紛れ上陸し、古河へ向かってもらう。 だが、兵糧を持っていく余裕は無いと思え。 途中、野盗を装って適当に村々を襲って略奪に加え乱暴狼藉などをして自分達で手に入れろ。 大掾だいじょうの抑えに多少の兵を残し、古河の成氏に従って出陣している故、常陸はほぼ空だ」


「野盗を装うとは…、兵糧を持って行く余裕が無いと?」


「そうだ、小型の滑液包炎(劣化版火炎壺)、包炎矢(臭水の入った壺が付けられた矢、鏃は円錐形の鉄製)、手榴弾、爆竹(普通の爆竹)、予備の臭水に、強弩、それに加え、刀、槍、弓矢、食い物など持つ余裕などあるまい。 常陸の農民達には可哀そうだが犠牲になって貰う」


「かしこまりました。 して、古河御所を?」


「古河御所を落す。 多くの兵が出払っている故、守る兵も少なく、容易たやすかろう…、と言いたいところだが、今回は古河の町を消し炭にし、可能なら古河御所にも火を放つだけで良い。 だが直ぐにはおこなうな。 上陸して10日後以降、20日以内に、それも風の強い日を選び襲撃し火を放つのだ。 それまでは常陸の各地を荒す野盗を演じよ。 大掾に集められ、いずれ家臣に取り立てると言われた野盗をな。」


「大掾家が家臣として取り立てると…、でございまするか?」


「そうだ、罪は大掾に被ってもらう。 そうだな…、村を襲い女を慰み者にしている際、大掾の言う通りやりたい放題するだけで、家臣として召し抱えられるのだから笑いが止まらん。 などと仲間内で話したりすれば、慰み者になった女達から村の者、村の者から領主や代官に大掾が裏で糸を引いていると伝わるだろう。 豊嶋の者と知れれば確実に報復される故、必ず大掾の仕業に見せかけるのだ」


「ははっ!! かしこまりました」


「それと、しつこいようだが、古河の町は確実に。可能なら周辺の村々、特に食料を蓄えてある蔵なども燃やせ! 俺を討つために集めた兵に食わせるはずの兵糧を、焼け出された古河の町衆や農民に施さざるえなくなるようにな」


音羽半兵衛は、俺の目論見を理解したのか、その場で平伏すると、清水綱吉と共に里見成義へ宛てた書状を持って部屋を出て行く。

里見成義に宛てた書状には、今回の作戦概要と安房海賊を出すよう依頼する内容を書いてある。

里見としても、安房海賊が単独で常陸の湊を襲撃するよりも伊豆海賊と共に、那珂湊、大洗湊を襲撃出来るのだから乱取りもしやすく利も大きくなるから、断る事はないはずだ。


そして命を受けた音羽半兵衛と清水綱吉の動きは早かった。

音羽半兵衛は兵達に急ぎ支度を命じ、必要な物を用意すると、清水綱吉の率いる海賊衆の船に乗り、日が沈む前に江戸を出発した。


その夜、里見成義が居城にしている館山城の一室に、里見成義と安房海賊の頭である向井勝正、そして音羽半兵衛と清水綱吉の姿があった。


里見成義は届けられた書状を一読し、無造作に向井勝正へ渡す。

渡された向井勝正が一読し、丁寧に折りたたんで里見成義に渡す。


「殿、某は豊嶋様よりの依頼を受けて損は無いかと」


「損は無いか…、では利はどうじゃ? 所領は望めぬが、相応の成果は得られるか?」


里見成義が向井勝正に問いかけると、成果は得られると言わんばかりに向井勝正が頷いた。


「成義様、勝正殿、此度は我ら伊豆の海賊衆が先陣を切って大洗湊を襲いまする。 さすれば常陸の海賊共の目は我らに向き、安房の海賊衆は労ぜず那珂湊を襲えるかと」


「ほう、伊豆の海賊衆は別に役目があろう。 常陸の海賊共がそちらに襲い掛かれば支障が出るのではないか?」


「御心配には及びませぬ。 常陸の者共の度肝を抜く物を持って来ております故。 それに夜襲を致しますれば、さして抵抗も受けないかと」


清水綱吉の言葉を聞きながら常陸の地図を見ていた里見成義が、ふと思いついたような顔をした。


「勝正。其の方の率いる船に兵はいか程乗せられる?」


「恐らく400程は乗せられるかと。 なれど兵を連れて行けば連れ帰らねばならぬ故、乱取りした物を持ち帰れませぬが…」


「そうだ、だが、常陸の兵はあらかた成氏に従って出陣しておる。 なれば200程の兵を連れてゆけば奪える物も多かろう。 都合の良い事に、綱吉殿が率いる伊豆海賊の船は兵を下ろしたら空になる。 そこで綱吉殿に相談だが、伊豆、安房の海賊衆が乱取りした物を、折半するのはどうじゃ? 綱吉殿の海賊衆だけでは乱取りしても船一杯にはなるまい」


「それは面白い! 確かに我らだけでは奪える量もたかが知れておりますが、兵が200もおれば船一杯になるまで積めまする。 して、取り分は里見様6、我らが4でよろしゅうございますか?」


「4で良いのか? ワシは折半といった手前、半分のつもりであったのだが…、4で良いと申すか。 なれば里見の兵も相応の働きをせんといかんな」


豊嶋家からの要請という事もあり、奪った物の半分は要求されると思っていたのか、里見家の取り分は6と聞き、里見成義が相好を崩す。


清水綱吉としては実の所、成義の提案は渡りに船であった、取り分が4でも伊豆海賊だけで乱取りするよりも実入りが良いうえ、里見が兵を出し、湊を徹底的に荒せばそれだけで豊嶋家の利になり、かつ音羽半兵衛とその兵500が密かに上陸しやすくなると判断してだったが、里見成義には兵を出す里見に遠慮したと思われたようだ。


実際の所、最初から綱吉自身は、音羽半兵衛とその兵500を降ろし、その上での乱取りとなればそう多くは望めないと思っていたのだ。

相好を崩す里見成義の顔をみながら、清水綱吉は内心ほくそ笑んでいた。


「では我らも安房の者も気張らねば安房海賊の名折れ、思いっきり暴れさせて頂こうぞ! それと、途中邪魔をされてはかなわん故、此度の事、外房の者にも明日の昼を過ぎた頃に声を掛けておきまする」


「なっ!!」


向井勝正が突然恐ろしい事を口走った事で清水綱吉が慌てて身を乗り出す。


「安心されよ綱吉殿、外房の海賊衆は我ら安房海賊と違い臣従はしておらぬ。 いうなれば真里谷より依頼され船を出すと言ったところだ。 しかも落ち目の真里谷などに依頼され迷惑している程じゃ。 此度は安房海賊衆と伊豆海賊衆が常陸の湊を襲うが、どこぞの海賊衆が紛れ込むだけの事」


「紛れ込む…、しかし露見すれば真里谷が黙っておらぬのでは?」


「露見しようと真里谷は何も出来ぬ。 なんせ外房の海運を司る者達を敵に回す事になるのだ、黙認せざるをえまい」


向井勝正の言葉に里見成義が言葉を引き継ぎ外房の海賊衆の実情を話すと、伊豆海賊衆も以前は似たようなものだったと思い返し、清水綱吉が納得をした表情となる。

依頼があれば戦うが、依頼が無ければある程度は好き勝手であり、平時は海の男同士の繋がりもあるのだ。


「納得致しました。 なれば本当に船が沈むほどに奪った物が詰めますな」


実際の所、最初から綱吉自身は、音羽半兵衛とその兵500を降ろし、その上での乱取りとなればそう多くは望めないと思っていた。

そこに乱取りした物を伊豆海賊の船に積む話に加えて、外房の海賊衆も加わるとなれば、往復の邪魔をする者が減り、更に本来の目的を達成しやすくなる。

相好を崩す里見成義の顔をみながら、清水綱吉は内心ほくそ笑んでいた。


「では、明日の日没と同時に船を出し常陸に向かいましょうぞ」


「うむ、勝正、支度をせよ。 ワシも船に強く、腕に覚えのある兵を200用意しておく」


成義の言葉に、向井正勝は軽く頭を下げる。

その後、4人で大洗湊と那珂湊をどう襲撃するかを酒の肴にし空が白みだすまで飲み明かす。


その日の昼間、眠い目をこすりながら政務をこなす里見成義を他所に、3人は夜に備え安眠を貪っていた。


「あの者達は夜働くから朝まで飲んでも良いが、ワシは途中で抜けるべきであった…」

家臣からの報告を聞きながら呟いた言葉は誰の耳にも届くことなく風に流される。


今宵は早く眠るとするか…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る