国府台の合戦 2

「も、申し上げます!! 某、巌根元房が嫡男、秀房にございます!! 父、元房の命により火急の事ゆえ信勝様に急ぎお知らせすべくまかり越しました~!!」


向かって来る騎馬に立ち塞がった真里谷信勝の馬周りは、味方からの急使であると、道を開け信勝の元へ向かおうとする騎馬を通す。


「も~うしあげま~~~す!! 里見が兵を挙げ、大戸城(千葉県君津市大戸見周辺)、千本城(千葉県君津市広岡周辺)が落城!! 勢いに乗じた里見軍が久留里城に攻めかかっております!! また富津、君津の国人衆も里見に呼応し兵を挙げました!!!」


道を塞いでいた信勝の馬周りが空けた道を走りながら、久留里城が攻められている事を、何度繰り返す。


「も~うしあげま~~~す!! 里見が兵を挙げ、大戸城(千葉県君津市大戸見周辺)、千本城(千葉県君津市広岡周辺)が落城!! 勢いに乗じた里見軍が久留里城に攻めかかっております!! また富津、君津の国人衆も里見に呼応し兵を挙げました!!!」


「黙れ!!!」

信勝の元に辿り着き、再度大声で久留里城が里見に攻められている事を伝えようとする巌根秀房を信勝が一喝し黙らせる。


「愚か者!! 今は合戦の最中ぞ! 城が里見に攻められているなど、兵達に広まれば士気が落ちるであろうが!!」

「も、申し訳ございませぬ!! 父より大戸城、千本城が落城し、久留里城が里見に攻められ落城間近であることをお伝えするよう申し使っており…」


「黙れ、秀房!! 大声で久留里城が落城間近などと叫ぶな!! して、里見の兵はいか程だ」

「はっ、父の放った物見の報告では里見成義率いる兵3000に加え、三浦軍と思しき兵1000、呼応した国人衆の兵1000、併せて5000程の兵で久留里城を攻めております!!!」


信勝に大声で叫ぶなと一喝されたにもかかわらず、巌根秀房は再度ありったけの声を振り絞り大声で信勝の問いに答える。


「大声を出すなと言ったであろうが!! この愚か者が!!!」

信勝は斬り捨てようと太刀に手をかけたが、木更津に根を張る国人衆の嫡男を斬り捨てては流石にまずいと思い留まり、腰に差していた鉄扇を投げつけ再度一喝する。

だが既に時遅く、前線で戦っている兵はいざ知らず、後方に居た兵達の耳には久留里城が落城間近との言葉が聞こえており、後方の兵達が動揺し始めた。


巌根秀房が真里谷信勝の元に辿り着き里見軍来襲の報を伝えている頃、豊嶋軍の本陣で俺は風魔衆よりの報告を受けていた。


「申し上げます、手はず通り巌根秀房殿を真里谷信勝の元に先導致しました。 秀房殿自身も成功すれば此度の合戦における大功と信じており張り切っておりました」

「そうか、まさか巌根が嫡男を急使にするとは思ってなかったが、信勝もまさか真里谷に従う国人衆の嫡男が偽報を伝えに来たとは思わないだろうな。 それで実際の所、里見は何処まで攻め込んでいる?」


「はっ、それが秀房殿の報はあながち偽報でもなく、既に真里谷城攻めを行っております。 恐らく一両日中には真里谷城は落ちるかと」

「そうか。 来てすぐで悪いが里見成義の元に行き伝えてくれ、真里谷信勝の軍は真里谷城を奪還する余裕も無いほど這う這うの体で上総に戻る故、安心して真里谷城を落とし、周辺を掌握した後、勝浦から九十九里までは切り取り次第だとな」


俺の言葉を聞き、風魔衆が一礼しその場から駆け出していく。

さて、千葉軍は混乱しているが後方の兵が立ち直り始めつつあり、反対に真里谷軍は後方が徐々に乱れだしている。


「そろそろか…、誰ぞ、大泉虎吉へ合図を送るよう伝えて参れ!」

「はっ!」

俺の命にいち早く答えた馬廻りの者が、乱戦となってからは後方に下がって待機している鉄砲隊の元へ駆け出す。


バーン! バーン! バーン! バーン! バーン!

恐らく虎吉の元に命が届いたのだろう。

鉄砲を斉射した際の轟音とは異なり、明らかに単発と思われる音が5回鳴り響く。


暫くすると、千葉軍、真里谷軍の側面から兵が現れる。

軍を立て直し始めた千葉軍の側面からは平塚基守率いる2000の兵が、後方に動揺が広がり始めた真里谷軍の側面からは赤塚資茂が2000の兵を率い突撃を開始した。

そして風間元重が本陣の兵1000を率い前進を開始する。


俺はと言うと、「大将自らが攻めかかるなどもってのほか!! 家臣を信頼し任せるのも将の務め!」と言われ、国府台にある本陣で留守番だ。

本陣の兵は元重が率いて出陣したので馬廻りと足軽併せて30人程となってしまったが、本陣後方には昨日から千葉、真里谷軍を挑発していた泰明の軍2700程が休んでいるので、本陣を手薄にしても問題は無いはずだ。


本陣から見下ろす戦場では、側面からの攻撃が加わった事で千葉、真里谷軍が徐々に押され始め出している。


「誰ぞ!! 金を渡しておいた沿岸沿いの者共に、握り飯と水を用意するよう命じる合図の狼煙を上げよ! 後、休んでいる叔父上を起こしてまいれ! 叔父上にこれから千葉を追撃し佐倉城まで攻めかかると言えば飛び起きようぞ」

俺の命を聞き、馬廻りが即座に動き、狼煙を上げ、別の者は後方で休んでいる泰明の元へ向かう。


狼煙を確認した豊嶋水軍の小早船が数隻、稲毛、蘇我、五井の商人の元に、そして椎津城の椎津胤広の元へ船を走らせる。


兵力は分散する事にはなるが、古河公方が来ないのならとことん追撃し、下総、上総の一部を手に入れるのだ。

特に下総、上総の中でも江戸湾沿岸は確実に制圧し、里見と領地を接するようにすると共に、真里谷、千葉、両家を経済的にも締め付け弱体化させる。


目の前の戦場では何とか千葉軍が踏みとどまっているものの、真里谷軍は里見に所領が攻められているとの報が広がり、崩れ始めている。


そして、本陣後方で休んでいた泰明軍が本陣の前に出て来たことで、何とか堪えていた千葉軍と真里谷軍の兵達の目には新手が来たと見えたらしく、堰を切ったように崩れ出す。


「追え~!!! 追って、追って、兜首を獲れ~~!!」

「追撃だ~!! 日が暮れようと追い打ちを続けよ!!」

「手柄を挙げるは今ぞ!! 他の者に後れを取るな!! 褒美を逃すな!!」


追撃を始めた諸将が兵達に檄を飛ばし、逃げる千葉・真里谷軍の後ろから追いかける。

事前に千葉軍を追撃するように命じていた平塚基守の兵が逃げる千葉軍の後方に喰らいつき、真里谷軍を追撃するように命じていた赤塚資茂が真里谷軍を追いかける。


千葉、真里谷の両軍は、朝から泰明の軍を追いかけ、更に待ち構えていた豊嶋軍と合戦に及んだ事で、疲労が激しく、最初は勢いよく逃げ出したが徐々に足が鈍り出し、次々に討ち取られていく。


本陣の兵を率いて合戦に加わっていた風間元重が戻って来たので、泰明の兵と共に佐倉を目指して進軍を開始し…、しようとしたが、叔父である泰明は自らの手勢を率い、真里谷軍の追撃に加わってしまった…。


いや、まあ良いんだけどね、ただ少し休んだとはいえ、千葉・真里谷軍同様に疲れ切っている手勢を率いて追撃って…。

まあ途中で力尽きて動きが止まっても襲われる事は無いだろうから良いんだけど、将兵共に凄い気合入れて突撃して行ったところを見ると、相当フラストレーションが溜まっていたんだな。


さて、俺は平塚基守の後をついて行く感じで進軍しよう。

佐倉城まで落とせるかな?

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る