追認

「何故そのような事を認めた!!! ワシは奪った所領を返還させる為にお前を遣わしたのだ!! それをお前は返還どころか領有を認めて帰って来た! 何をしに行ったのだ!!」


長尾景春によって五十子陣いかっこのじんを追われ上野国にある平井城(現在の群馬県藤岡市)の主殿の広間に関東管領上杉家の家宰である長尾忠景が憤怒の表情で怒りを露わにし嫡男である顕忠を怒鳴りつける。

「道真殿もでござる! 某の愚息だけならまだしも、道真殿がついて行きながらこのような失態、どう申し開きをなされる!」


上座に関東管領上杉顕定が、一段低い座に扇谷上杉家当主上杉定正が、その下座に両上杉家の家臣達が左右に座り平伏している顕忠と道真に視線を注いでいる。


「恐れながら此度の件、ひとえに我が愚息である道灌の不手際によるもの、豊嶋に正当性を主張する口実を与えてしまいました。 その結果、関東管領である顕定様、道灌の主である定正様に累が及ばぬよう此度の合戦は太田家と豊嶋家の争いとし決着をつけた次第でございます」

「累が及ぶとはどういう事だ。 関東管領である余に累が及ぶとはどういう事ぞ?」


顕忠から言われたのであれば即座に怒鳴りつけていたであろう顕定が、怒りを抑えながら平伏する道真に問いかける。

「恐れながら、豊嶋は景春に同心しておらず関東管領である顕定様にお味方し景春を討伐する為に各城へ兵を集め出陣の準備をしていたところ、道灌にいきなり攻められたとの事、豊嶋は景春に味方すると明言をしておらず、使者を送るなりし確認した後に景春に味方するなら攻め込むべきところ、確認もせず攻めかかり負けたうえ捕らわれた為、道灌が所領拡大の為に近隣の国人衆を巻き込み合戦をしたとなった次第でございます」


「それが何故関東管領の名に傷を付けることになる? 道灌が攻め込んだ時点で豊嶋が使者を送り余に味方する為に兵を挙げたと道灌に伝えなかった、いや道灌が怪しいと思う行動をした豊嶋に非があろう」

「確かに、本来であればそう言い押し切れましょうが我が愚息道灌が以前より豊嶋の利を奪い挑発とも取れる行動をしており道灌が豊嶋の所領を我が物にしようと景春の乱に乗じ攻め込んだとの言い分を覆せませんでした。 更に豊嶋は顕定様にお味方する旨の使者を出したとの事」

「そのような使者は来ておらぬ、そんな事は其方達も知っておろう! そのような見え透いた嘘を信じたと申すか?」


「豊嶋の言い分によれば使者は帰らず、不審に思い足取りを追った所、川越で足取りが消えたとの事、また景春が謀反を起こした直後豊嶋が景春に同心したと噂が流れたとも申しておりました。 いずれにせよ兵を集め出陣の支度をしていただけで攻め込み大敗を喫した道灌の責にございますれば、その道灌を庇うという事は顕定様と定正様が敵味方であるかは関係なく豊嶋を滅ぼすよう道灌に命じ、それが失敗し所領を奪われた為に使者を送り豊嶋を叱責したと言われかねませぬ。 そうなれば顕定様、定正様に従っている国人衆が動揺し景春に従う者が出るは必定。 故に此度の事は太田家、三浦家、大森家、吉良家、千葉家及び道灌に唆された上杉朝昌様と豊嶋家の諍いとし、顕定様が豊嶋と各家の間を仲裁する為に顕忠殿を遣わされたと取り繕う事になった次第にございます」


「その結果が豊嶋が奪った土地の領有を認め、道灌は出家し隠居させ岩槻城で隠棲させたうえで其方の末の子である資常を当主にし、三浦高救も出家の上隠居させ当主を高時殿の子、太郎に継がせると言う事か?」

「さようでございます。 顕定様と定正様が関わり無いとする為に、顕忠殿は太田家、三浦家との和議の立ち会いとならざるをえませんでした」


平伏しながらも淡々と答える道真に対し怒りが収まらない顕定様と定正様だが味方しようとしていた国人衆を攻め滅ぼそうと5000人もの大軍で攻め込んだのが自分達の命だったと広まれば道真の言うように国人衆の中には上杉家を裏切り景春に味方する者が現れてもおかしくなく、現在劣勢となっている状況でそれだけは避ける為と言われたらそれ以上叱責をする事が出来なくなった。


「して太田家として豊嶋が出した条件を呑んだと?」

「左様でございます。 下手に騒ぎ立てこれ以上豊嶋を刺激すれば景春を喜ばすだけ、幸い豊嶋は顕定様にお味方すると言質は取れておりますゆえ条件を呑みました」


「豊嶋が騒いだ所で景春が喜ぶとは思えぬ、道真も耄碌したか!」

「これはしたり! なれば豊嶋を刺激し捕らわれた者全員首を刎ねたうえで景春に味方した者を討ち取ったと大々的に触れ回られたら如何します? もし豊嶋が景春と通じていたら景春に首を刎ねた者達へ送ったとする書状を書くよう依頼し、それを利用し国人衆に触れ回られたらそれこそお家の威信が地に落ちまする。 故に条件を呑み申した」


道真の言葉に場の空気が凍り付く。

道真の言う通り豊嶋を刺激し捕らわれている者の首を刎ね景春に同心した謀反人と触れ回られれば扇谷上杉家の家宰に加え相模の有力国人までもが謀反に関わっているとなり、それだけでなく謀反人を討伐した豊嶋を罰せば国人衆の離反が続出する恐れがある。


「では豊嶋に奪った土地の領有を認めろと言うか?」

「今となっては致し方ない事かと、それに豊嶋は顕定様にお味方すると明言しております。 今はお認めになり景春を討伐した後に豊嶋の処遇を考えるべきかと」


「致し方あるまい、上杉朝昌と三浦高救、義同親子は定正殿の預かりとし、豊嶋の条件を認める。 して豊嶋はいか程の兵を出すのだ?」

「お、お、恐れながら…、豊嶋は兵を出しませぬ…」


完全に怯えた声で絞り出すように言葉を発した顕忠が平伏しながら震えている。

「どういう事だ顕忠! 何故豊嶋は兵を出さん! 余に味方するなら兵を出し景春を討伐するのが道理であろうが!!」

「そ、それが…」


「それが何だ!! 其方は余の代理として使者を務めたのであろう! 何故豊嶋は兵を出さぬのだ!!」

「道灌殿率いる5000人の兵に1500人で向かい打ち勝ちはしたものの、死者、手負いが多く兵を挙げられぬとの事…」


「それがどうした!! 豊嶋は多くの兵を失ったとはいえ合戦に加わっておらぬ者もおり余力はあろう! 何故兵を出すように命じなかった!!」

「申し訳ございません。 某が豊嶋の実情を聞き、今は兵を休め傷を癒すよう申してしまいました…」


直後、顕定が口を開くよりも早く城外まで聞こえるのではないかと思われるほどの怒鳴り声が響き渡り、忠景が顕忠を蹴り飛ばした。


「愚か者が!!! 我が一門の恥さらしが!! 蟄居し沙汰を待て!!」

顕忠を蹴り飛ばした忠景がその場で平伏し主人である顕定に詫びている。


忠景以上に怒り心頭の顕定は何も言わず憤怒の表情のまま足音を響かせながら主殿の広間から出て行ってしまった。

顕定の頭の中には顕忠に対する怒りに加え豊嶋に対する怒りが、そして現状では豊嶋に対し何も出来ない事への怒りが渦巻いている。


そして些細な事を口実に茶坊主を手討ちにし、暫くの間、側近も近習衆も顕定の顔色をうかがい、怯えながら過ごす事になってしまった。

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