江古田原沼袋の戦い 2

「兄上、道灌の奴は我らをコケにしておりまするぞ!!! 朝から小勢で矢を射かけて来て、追えば引き、兵を戻せばまたやって来て矢を射かけるを繰り返しておる。 恐らく我らを疲れさせる為の策、兄上の軍と合流し兵は1500なればこのまま一気に蹴散らし道灌の首を獲りましょうぞ!!」


丁度、現在の中村橋駅辺りで合流した途端、泰明は兄である泰経の顔を見るなり、すぐさま駆け寄り全軍でこのまま一気に纏わりつく小勢の騎馬隊を蹴散らし進軍するべきだと主張している。

対する泰経はそんな弟の顔を見ながら今朝がた虎千代が送って来た伝令の内容を思いだしていた。


道灌は江古田原沼袋に5000人の兵を率いて陣を敷いている。

そこに勢い任せて攻め込んでも数で劣っており、何より向こうは我らを誘っている以上何かしらの策を用意しているはずだ。


「泰明、今朝虎千代の手の者からの報告では道灌が江古田原沼袋に5000の兵を率い陣を構えているとの事だ。 そこへ勢いに任せて攻め込めば道灌の思うつぼではないか? ここは物見を出しまずは道灌の陣立てを確認し我らも策を立てるべきだ」

「兄上、何を言っている!! 5000もの兵で出て来たなら江戸城は空では無いか! 道灌は平塚城や宮城に備えねばならぬ以上せいぜい多くて3000程度、虎千代の手下の見間違いだろ! 物見を出すまでもないではないか!」


「泰明のいう事はもっともであるが、先に陣を張り我らを待ち構えているうえ兵の数は我らの倍、ならば物見を出し策を立てねば勝ったとしても道灌の首は捕れん!! 何より多くの兵を失う事になれば再度道灌に攻められた際に守り切れぬであろう、故にまずは物見を出す」

「兄上がそう言うなら従うが、我ら練馬城の兵が先陣を承る! これは譲れん! 朝からコケにされ頭に来ているのだ、この怒りを道灌にぶつけてやらねば気が済まん!!!」


すぐさま攻めるべきと主張していた泰明は、兄である泰経の消極的とも思える態度に不快感を覚えるも、先陣を認められたことで多少なりと溜飲を下げ兵の元に戻って行った。

その後ろ姿を見送りつつ、泰経は物見を出すように指示を出した。


その後、1時間程その場で休止を取っていると物見に出た兵が戻り江古田原沼袋に陣を張る道灌軍の陣立てを報告した。

物見の報告では妙高寺川と江古田川の合流地点で川を背にして陣を張り待ち構えている兵は3~4000程で今は昼飯の準備をしているのか炊飯の煙と思われるものが多く立ち上っているとの事だった。


もうすぐ昼になろうかと言う時間帯の為、早朝に出陣し陣を敷いた道灌軍は豊嶋軍が攻めてこないのを良い事に食事の準備をしているであろうとの報告に泰明は即座に進軍するよう泰経に詰め寄り、豊嶋家自体を馬鹿にされていると感じた泰経もそれに同意し軍を江古田原沼袋に向け進軍を開始した。


距離として江古田原沼袋までは直線で2キロ弱、一時間もしないうちに江古田原に到着した豊嶋軍は道灌軍を視界に納めると泰明率いる練馬城の兵を先頭に一気に攻めかかった。


あらかじめ虎千代から道灌は足軽を5~10人一組にし、馬に乗る武者を囲んで討ち取るよう足軽達に言い聞かせそれを実行しようとしていると聞かされていた泰明は騎馬隊を一塊にし突撃し、その後騎馬隊が突入した事で空いた穴を広げるように足軽や徒武者が攻めかかる。

そして後続の泰経も勢いに任せ一気に押し切ろうと全軍に突撃を命じ、道灌軍を押し込んだ。


だが、炊飯をし完全に油断していると思われた道灌軍は待っていましたと言わんばかりに兵を押し出し豊嶋軍を押し返そうとする。

油断していると見せかけていた事に気付いた泰明は舌打ちをしつつも大声を張り上げ兵を叱咤し道灌軍の中を突き進む。


合戦が始まって間もないと言うのに既に乱戦状態になりつつある戦場を見ながら本陣で共に戦況を見ていた諸将に「最早勝敗は決した、後は豊嶋を包囲し殲滅するのみ」と言い、伏兵として左右に伏せている部隊に豊嶋軍の側面回り込む様にして後方を遮断し包囲するよう伝令を出し、本陣で戦況を眺めていた援軍を率いる上杉朝昌、三浦高救、大森実頼、千葉自胤、吉良成高の兵も総攻めに加わるよう依頼をする。


総攻めに参加するよう要請を受けた援軍の諸将は自ら指揮を執るつもりはないようで、側近を伝令とし、家臣に総攻めの命令を下したうえで、本陣で高みの見物を決め込む。

三浦高救に至っては、既に合戦は終わったと言わんばかりに酒を飲みだし、1500人の兵で5000人が待ち受ける死地にわざわざ飛び込んで来た事を「愚かな当主に仕える家臣は無駄死にだ」と言い笑い、それを聞いた諸将も笑いながら同意している。


総攻めの指示が伝わり、道灌軍と援軍としてきた諸将の兵が動きだし豊嶋軍を押し包み出した直後、本陣の左側から雷鳴のような轟音が轟いた。

「晴れていると言うのに雷とは、我らにとって吉兆の証であろう」


道灌がそう言いながら笑い、諸将もつられて笑う。

実際に戦場は徐々に乱戦の中で劣勢になっていく豊嶋軍が確認でき、最早戦況が覆る事は無いと道灌を含め諸将の誰もがそう思っている。


再度、左側で轟音が轟き、直後右側でも轟音が2度轟いた。

「先ほどから轟く音は本当に雷鳴か? 左右から聞こえて来たが、最後に聞こえた左側の雷鳴は一際大きかったが…」

「兄上は、雷鳴で無いとしたら何の音だと申されるのだ?」


高救の疑問に対し、弟の朝昌が問いかけるも、「そんなものは分らん」と言い、再度戦場に目を移す。

時間が経つにつれ倍以上の兵の総攻撃を受け、戦場では既に豊嶋軍が崩れかけている。


道灌は合戦の後、豊嶋家をどうしようかと既に思考を切り替えていたが、本陣の左右からほぼ同時に轟音が轟き、本陣を守る兵の断末魔の声が聞こえ、矢が降り注いで来た。


「て、敵襲!!!!!! 敵襲だ~~!!!!」

誰が叫んだのかは分からないが、その声に本陣に控える諸将は身構え、家臣へ何が起きているのか様子を見に行かせたが顔を青ざめさせて戻って来た家臣から、本陣が左右から敵の攻撃を受けていると聞くと、一斉に道灌の方を見た。

その顔は一様に青ざめ、視線を一心に浴びた道灌も何故左右から攻撃を受けているのか理解が出来ず、一瞬固まった。


「退却だ!!!! 馬を引け!!! 一度江戸城に引いて立て直す!! 太鼓を叩き全軍を退却させるのだ!!!」


本陣に道灌の声が響き渡り、我に返った諸将も我先にと家臣が引いて来た馬に乗り、家臣を戦場に残し江戸城に向けて馬を走らせていった。

道灌も、家臣に退却の指揮を執るよう指示を出すと馬上の人となり江戸を目指す。


何故だ!!

何故左右から攻められる?

誰かが裏切ったのか? 左右には伏兵が居たはずだ。

本陣を攻めるなら伏兵を蹴散らかさなければ辿りつけぬはずなのに、何故だ?

いや伏兵が敗れる前に敵襲の伝令が来るはず。

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