新たなる家宰
「父上、お帰りなさいませ。 長きのお勤めご苦労様でした」
鎧姿のまま上座に座る父に平伏して挨拶をし、無事の帰還を祝う。
年が明け1473年になり
「うむ、して変わりは無いか? 三浦時高殿より虎千代には大変世話になったと其方を大層褒め称えた書状が来たが、三浦家はどうであった?」
「恐れながら、ご隠居されている時高殿と実子の太郎殿は某とも、豊嶋家とも友好関係を築きたい様子でしたが、当主である高救とその嫡男である義同はあからさまに敵意丸出しでございました。 某は高救の義父である時高殿が招いた客であるにも関わらず無礼な態度を取られ、時高殿が頭を下げて謝られました」
「高救か…、恐らく道灌と親密な上、元は扇谷上杉家の一門、豊嶋を邪魔に思っているのであろう」
「恐らくは…、あと三浦家は時高派と高救派2つに割れ欠けておりまする。 どうやら高救は時高殿の実子である太郎殿に当主の座を奪われるのではないか気にしている様子でございました。 それに加え時高殿も機があれば太郎殿を当主に据えたいご様子。 目立った対立はありませんが水面下はどうなっているのやら…」
「そうか、時高殿から要請があれば動きようもあるが、三浦家の内紛に豊嶋家は関われんだろう、恐らく道灌が扇谷上杉家を動かして邪魔をするだろうからな」
「確かに、時高殿も太郎殿が3年早く生まれておればと嘆いておりました」
父である泰経の予測は正しいと思う。
三浦家で家督争いが発生した場合、高救の実家である扇谷上杉家は堂々と介入できるが豊嶋家とは婚姻関係も無い為要請があったからと言って介入は出来ない。
いや、出来なくはないが、豊嶋家が介入すれば相模、武蔵の国人衆にも争いが広がり収拾が付かなくなる恐れがある以上、裏で支援する以外は傍観するしかない。
史実では道灌が殺された後で内紛が発生するが俺が三浦家に関わった以上、史実通りになると言う保証は無くなった。
時高から高救が完全に三浦家の実権を奪ったら豊嶋家にとって脅威になるのでそれだけは避けたいので、風魔衆には三浦家の領内で【時高様が新たな方法を導入したので米の収穫高が増えた。 だが高救様が収穫高が増えたのだから年貢を6公4民にすると言っているが、時高様がそれを頑なに反対しているが当主は俺だと言い高救様が強引に6公4民にしようとしている】と噂を流させている。
三浦家の重臣達はただの噂でしかないが領民からしたら重税を課そうとしている当主様とそれを止める隠居様といった感じで時高への支持が強くなるはずだ。
三浦家で内紛を誘発しかねないが、領民の支持を得た方が兵を集めやすいだろうし、いずれ道灌と合戦する事があっても内紛で疲弊してくれていれば三浦家から道灌へ援軍は出しにくいはずだ。
父への挨拶を済ませた後、出陣していた一門衆や家臣が集まり酒宴となったが、俺は父の横に座らされ、五十子陣での事を夜遅くまで聞かされた。
後半は泥酔し同じことを何度も話していたが、どうやら成氏が古河に戻った事で酒宴や連歌どころでは無く、かなり緊張を強いられる1年だったらしい。
今年の冬には、五十子陣に行かなくて済んだだけで良かったと思うだろうな。
数日にわたった酒宴も終わり、諸将は所領に戻り、豊嶋家も平穏な日々が続いていたが6月末に長尾景春から悲報が届いた。
6月23日に爺の1人である長尾景信が陣没したとの知らせだ。
分かっていた事とはいえ、親しくなった人が帰らぬ人となった事を悲しいと思っている俺が居る。
これから親しい人の多くが死んでいくと分かってはいるものの、命の儚さを思い知らされた。
照に至っては景信を思い出さるような事を口にしたら泣き出してしまう状態で心から慕われてたんだと思う。
だが、景信の死を悲しんでもいられない状況が関東管領である山内上杉家では起きていた。
家宰であった景信の死後、嫡男である景春が家宰の座に着くはずが叔父の長尾忠景が継いだ事で山内上杉家内が騒然としだしたのだ。
当然、関東管領家、家宰の座が長尾景春でなく長尾忠景になった事で、豊嶋家でも今後についての話し合いを行うべく一門衆、重臣が石神井城に呼ばれ主殿の広間にて話し合いが始まった。
普通に元服前の俺が参加しているが誰も気に留めていない。
と言うか最近一門衆や重臣の集まりがあると、呼ばれるうえ、大泉に行っていたりすると呼びに来るようになっている。
流石に所領の収穫高を増やす方法を広め、新たな農機具を作り領内で広め、商売でかなりの利益を上げているという事もあり最早、集まりの場に居るのが当然と言った感じだ。
「関東管領である上杉顕定様に景春殿を家宰とするよう書状を送り翻意を促す。 多くの国人衆も同様に書状を送るであろうから必ず景春殿を家宰とするであろう」
大体の話が出尽くした後、最後に場を締めようとする言葉を発したので、その言葉が終わるのを待って俺の意見を言う。
「恐れながら父上、景春殿とは義兄弟である故に関東管領様に書状をお送りするのは致し方ないですが、この度、何故景春殿が家宰になれなかったのかを考えねば今後、豊嶋家に災いが降り掛かるかと」
「何故じゃ、景春殿が家宰になれなかったのは誰ぞ讒言をした者がおるのであろう、それを信じた顕定様が家宰の座に忠景を据えたのであろう、ならば我ら国人衆が景春殿が家宰に相応しいと申し上げる事が重要ではないか?」
「讒言の内容により結果は異なって参りますが、仮に長尾景春殿が主家を凌ぐ勢力を持ちいずれは主家を乗っ取るなどと言っていた場合、多くの国人衆から翻意を促す書状が送られてきたら讒言が事実のように取られかねません。 それに景春殿が家宰となる事を良しとしない者は恐らく武蔵国に勢力を伸ばしたいと考えている可能性がございます」
「では翻意を促せば促すほど、景春殿が家宰の座に付かなくなるという事か? しかし分からん、誰がそのような讒言を」
主殿に集まっている全員が誰が讒言をしたのかを考え口々に思いつく上杉顕定の家臣の名をあげている。
「恐れながら、某が思うに讒言をしたのは関東管領家の家臣とは限らないかと…」
俺が上杉顕定の家臣で無い可能性を伝えると、場が更に混迷を極める。
関東管領家の事にも関わらず他家の者が讒言をしてその者に何の得があるのか不思議らしい。
「若君、それは流石に無いと思われます。 いくら何でもお家の者以外が讒言をしても関東管領様は流石に信じますまい」
一門衆を代表するように、 宮城政業が俺の言葉を否定した。
確かに普通に考えたら政業の言っている事は正しい。
仮に豊嶋家であったなら他家の者が讒言をしても信じないと思うし。
「確かに政業殿の言われることはごもっともです。 しかし景春殿の勢力が大きくなっているのも確かな事、しかしそれは武蔵に勢力を伸ばしたい者にとって邪魔でしかないと思われます。 なればこそその者が裏で糸を引いたとは思いませんか?」
「では若君、その武蔵に勢力を伸ばしたいと言う者は?」
「扇谷上杉家ならあり得るかと、事実、古河の成氏との戦いに備えると言い何年も前から武蔵に勢力を伸ばしております。 恐らく扇谷上杉家を動かしたのは太田道灌ではないかと某は思っております」
「太田道灌…」
その名を聞いた父が手に持っている扇子を折った!!
うん、父がキレている。
豊嶋家は太田道灌に色々とされてるから今回の件も道灌が噛んでいるとなると怒るのは当然だよね。
道灌が関与したと言う情報はネットには無かったけど、道灌が新たに家宰となった忠景等と手を組んでいたら説明がつくんだよね。
まあ証拠は無いし、推測ではあるんだけど、既に豊嶋家内では道灌が主犯と共通した認識になってしまった。
道灌はどんだけ豊嶋家の人に嫌われてるんだよ!
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