第12話 ミューアの優しさ
オークとゴブリンの軍勢を討ち、一応は故郷の仇を取ったアリシア。
しかし、そのオーク達に村を襲うよう指示していた主犯格である黒マントの女の所在は分からず、奪われたエルフの秘宝も行方知れずのままである。
「ほれ、食料だぞ」
警戒も兼ねて小屋の周囲を散策していたミューアが戻り、いくつかの木の実をアリシアに渡す。朝食以来、食べ物を口にしてなかったので、これだけでも有りがたいとアリシアはペコリと頭を下げて受け取った。
「ありがとうございます。でもミューアさんの分は?」
「アタシなら、さっき外で食って来た。薬草だとか木の実をたらふくな」
嘘である。いくら森の中とはいえ食べる事が可能な物など多くは無いし、しかも陽が落ちて暗がりともなれば尚更発見しにくい。
ミューアは入手した食物を全てアリシアに譲っていたのだ。
「明日の朝になったらスティッグミに戻ろう。そんで、ちゃんとした食事を取ろうな」
「スティッグミ?」
「アタシ達の宿がある人間族の町の名前さ」
「なるホド。人間族は町にも名前を付けているんですね」
エルフの村に固有の名前があるわけではなく、単に村としか呼ばれていなかった。そのため地名を付けるという文化を知らないアリシアは、改めて自分が狭い世界で生きていたことを実感している。
「人間族はエルフとは比較にならない程に繁殖して社会を形成していて、いくつもの国や、それに連なる町があるんだよ。だから名前を付けておかないと何処を指しているのか分からなくなっちゃうんだ」
ふむふむとアリシアは学生のようにミューアの話に耳を傾けつつ、木の実を頬張っていた。その様子が愛らしく、ミューアは癒される。
「帰ったら、町の人に黒マントの女についても聞き込みをしてみよう。もしかしたら目撃者とか情報を持っている人がいるかもしれない」
「そうだといいですね。しかし秘宝を手に入れて何を企んでいるのでしょうか…?」
「さぁてね。どっかの富豪にでも売り払う気か、はたまた悪事に使う気なのか……まあ、どっちにせよ碌な事にならないだろうから回収したいな」
「村を復興する時のためにも、ですね」
「ああ……だけど復興するには人手が必要だよ。エルフの生き残りも同時に捜索しないとね」
そもそも、人口が増えなければ社会を維持することはできない。たった二人で村を立て直すなど不可能で、同族たるエルフの生存者を見つけなければ話は先に進まないのだ。
だが、村の惨状を見る限り望みは薄いだろう。あの夜に多くが命を落としてしまったのは想像に難くないことである。
「さ、もう寝な。アタシが見張ってるから」
「そうします。見張りは交代しますから、起こしてくださいね」
「ああ。それじゃ、おやすみ」
小屋には、くたびれた寝具が置かれていて、ミューアに促されたアリシアが横になる。宿屋の物のような柔らかさなどは失われているが贅沢は言えない。
寝ころんだ直後に眠気が差し、アリシアの意識はすぐに夢の世界に誘われるのだった。
翌朝、目が覚めたアリシアは、やらかしたとバツが悪そうにミューアを探す。見張りを交代する予定だったのに、気が付いたら一晩丸ごと眠っていたのだ。
「おはよう。よく眠れた?」
「あ、はい。それより、ミューアさんは一晩中起きていらっしゃったんですか?」
「まあね。特に異常は無かったし、魔物や凶暴な野生動物の襲撃も無かったから良かったよ」
「すみません…私ばかり寝ていて……」
「いいんよ。魔物狩りやらを請け負ってる仕事柄、慣れているからね。それに、気持ちよさそうに寝ているのに起こすのは忍びなかったんだ。だからアリシアは何も気にしなくていいのさ」
そう言うミューアは疲労している様子もなく、平然としている。彼女は普段から危険地帯で仕事をしているため、睡眠を取らずに行動することも少なくない。
「私、ミューアさんに助けられっぱなしで、恩ばかり受けています。面目ないです……」
「フフ、じゃあ後で何かしらで恩返しをしてもらうよ」
「私にできること…か、身体で……」
「いや、うん、落ち着いて。もっと理性的なのを思いついた方がいい。特に他の人には、そういうのは言わない方がいいよ」
「は、はい……」
アリシアは天然なのか世間知らずなのか、ともかく危なっかしい。ミューアはダークエルフでありながらも善なる心を持っているので問題ないが、世の中には悪人も多いので一人にするのは早いと言わざるを得ない。
「アリシアは可愛いから余計に心配だよ。妙な事態に巻き込まれそうだ」
「わ、私は別に可愛くなんか……」
もじもじとするアリシアの挙動が更に可愛さを増幅させている。
「その動作もまた愛嬌が……まっ、ともかくスティッグミに帰ろう」
割れた窓から差す朝陽に照らされる二人は、ひとまず人間族の町であるスティッグミへと戻ることにした。
-続く-
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