第30話 Junkie ―変な薬―
「それで博士。修理の方は?」
『ああ、手酷くやられたようじゃが、問題ない。新品同様じゃ』
「それは良かった」
休日。俺は博士と電話していた。場所は住宅街。
勿論、周りに人がいないことは確認済みである。というか、この辺は元々人通りが少ない。住んでる人も少ない。不思議だね。
『次の出撃を楽しみにしておけ、支援メカも作ったぞ』
「おお、マジですか。それは楽しみです」
『そうじゃろう……む? すまん、急用じゃ。ではな』
電話が切られた。
博士も忙しいみたいだが、暇を見つけてはこうやって連絡してくれる。
「俺も帰るかぁ」
俺が外出していた目的は、買い物である。
最近は、やたらと腹が減ってしょうがない。これもサメになった影響だろう。
サメになったおかげで、腹が減りやすくなる。一見、納得のいく理由のようだが、良く考えると意味不明だ。
そして、俺の筋力に自転車が耐えられなくなったので、今回は徒歩で来ている。
良いことばかりじゃないんだ、サメになるっていうのは。
「ん?」
そんなことを考えていると、前の方に人影が見えた。単なる通行人なら、俺だってこんな反応はしない。
その人影は、道の真ん中に、
「!?」
そいつは、通り抜けようとする俺を邪魔するように移動した。明らかに不審者である。
だが、俺が驚愕したのは、その行動ではない。そいつの顔は、狂気に染まっていたのだ。
『グウゥゥゥゥ……!』
「お、お前……変な薬でもやってるのか!?」
いや、薬どころじゃない。
こいつの
俺が身構えたその瞬間、奴は襲いかかって来た。
『グワウゥアアアア!!!』
「危ねっ!?」
俺は攻撃を避けながら、
そう、会長からもらった、量子格納ワッペンの効果である。
消火器な理由は、アルルカンに相談してしまった結果だ。使いにくい!
「死ねぇ化け物がぁ!!!」
『ギャアアアア!?』
まさかの一撃に反応できなかったらしい、薬中モドキ(仮称)を殴りまくる。
引き締まった身体とは裏腹に、そこそこ脆いらしく、俺の攻撃でどんどんダメージを受けている。
『ギャッ、ギャッ』
「人間じゃねぇじゃねぇかよ、えーっ!?」
そう。こいつは人間ではなかった。鋭い爪や牙、真っ赤な目、傷口からは黒いモヤ。
いつか見たあの怪人とか妖怪とか言われてた連中だ。確か、人を襲うとか。なら遠慮はいらないな、キリング・ライセンスもあるし。
「くたばれっ!!! 粛清してやるっ!!!」
『ガ……ギ……』
倒れたところに、頭部を
黒い肉のようなものが飛び散るが、どうせ消える奴だ、構うことは無い。
「……死んだ?」
頭を潰し切るとそいうは、もう動くことは無かった。
一応、メタルコバンザメ君で確認したが、完全に死んでいるようだ。
「何だったんだ……」
襲われたのが俺なので良かったが、一般人なら危なかったかもしれない。クソ強い鍛えた一般人ならいけたかもしれないが。
しかし、これだけ大声や悲鳴、叩きつける音が出たのに、誰も様子を見に来ることすらしない。
よくある、認識阻害の結界みたいなやつか?
「何たっていつも……厄介事が徒党組んでやってくるかねぇ」
最早、これは諦めるしかなさそうだ。あるがままに受け入れ、気に入らなければぶん殴るくらいの精神でいよう。
「ちょ、ちょっとそこのあなた!? 何をしているのですか!?」
「!?」
今度は何だと思い、振り向く。そこには前に見た、真っ赤な魔法少女っぽい服装の少女がいた。髪とかも燃えるように赤い。
前に見た感じからして、恐らく女児向けの魔法少女などではなく、どちらかというと変身ヒーローに近いタイプだろうか。
ヒールを履いているからか、俺よりも背が高く見える……俺より高いわ。
その少女は、腰に差した剣に手を当て、いつでも抜けるようにしている。
消火器VS剣は分が悪くない? 帯刀してるとかよく考えたら普通に怖い。黙りこくってるだけで
「……」
「あなた、怪人を……!? 何者ですか!?」
しかし、しかしだ。俺はこんな展開に覚えがあるのだ。
恐らくこれは、『正義の味方が勘違いで悪くない奴と戦う』みたいな展開だ。
大抵は主人公側が勝利するか、その場をおさめる。そして、後に『まさか、あの時の!?』と繋がっていく……と思う。
ただ、酷いものでは、正義側をただこき下ろすためだけの展開な場合もある。
勿論俺は、こき下ろしたいとかじゃない。お互い、平和のために頑張ってる者同士じゃないか。
何とかこの場を切り抜けたいが……
「おい、イグニス……って、その人は?」
何か、仮面ラ○ダーみたいに全身を装甲で覆った奴も来た。前の時にはいなかったが……別行動だったのかもしれない。
しかし、魔法少女っぽいのは『イグニス』というのか。かっこいいな。
「
「! 怪人が!? 殴り殺したってのか!?」
錦龍。まあ、どことなくドラゴンっぽい意匠なので、妥当なところだろう。カッコイイな。
えっと、どうしよう。これ逃げられるのか?
「そうみたい。だから話を聞こうと――」
「待て! その人の目を見るんだ。
「!? た、確かに!?」
これ以上正気な奴もいるかよ!
いや、本人の前でそんな話すんなよ、泣くぞ。コソコソ話してるつもりなんだろうが、俺には聞こえてる。
アニメや特撮とかでよくある、目の前で行われる、明らかに聞こえているだろう内緒話だ。俺にはそれが聞こえるのだ。
包帯はともかく俺の目、そんななのかぁ?
「じ、じゃあどうしたらいいの?」
「落ち着いて、刺激しないようにするんだ。まずは剣を納めるんだ」
「わ、分かった」
錦龍の言葉に、イグニスは剣から手を放した。
武器から手を放すなんて、何て冷静で的確な判断だ。俺も若干、警戒を解いた。
「良かった……あの、ここで何をしてたんですか?」
「……コイツに襲われたから、殺した」
「そ、その消火器で?」
「うん」
ちょっと声を作って答える。
正体を隠すための、俺の精一杯だ。
「……あの、もしよければ、同行をお願いしたいのですが」
「……」
「その、ホントに任意で大丈夫なので……断ってもらっても……」
めっちゃ
向こうが警戒してたのも当然だし、どうするかな。俺個人としては構わないのだが、そうすると高確率で博士達にも何らかの迷惑がかかると考えられる。
……ここは丁重にお断りさせてもらおう。
そう思い、口を開こうとした時だった。
「な、何だ!?」
「車!? 結界の中に!?」
轟音と共に、1台の黒い車が走って来たのだ。
漆黒に塗られたボディには傷一つなく、車体の各所には明らかに改造されたと思わしき場所いくつもある。
黒い改造ランボルギーニ・カウンタック、まさに猛牛のようだった。
その車は左ハンドルのようで、右側のドアが俺の前に来るように停車した。
そして、シザードアが垂直に開くと、
「乗りなさい」
「……おい」
運転手は、アルルカンだった。
いつもと格好が違い、世紀末っぽい革ジャンとサングラスをしていた。顔がいいので、割りとよく似合っている。
俺は、消化器を抱えながら助手席へ乗った。
「あ!? ちょ、ちょっと待――」
「じゃあね〜」
シザードアが閉まった瞬間、車は急加速し、瞬く間にあの2人との距離を引き離してしまった。
それを後目に、アルルカンの方を向いた。
「なあ」
「確かにあいつらは正義の味方よ。でもね、あいつらの上にいる奴らはどうかしら? お人好し集団にせよ蛆虫にせよ、きっと面倒だわ」
「……」
「分かってると思うけど、シャークウェポンで暴れるのはアタシ達の特権よ。みすみす手放すようなものじゃないわ。
「……これから気をつけるよ」
「よろしい。次会ったらさっさと逃げなさい」
俺の思考を見透かしたように話すアルルカン。
こんなご時世、怪人や妖怪と戦うにしても、利権やら何やらが絡んでくるよな。夢が無い。
アルルカンに借りができたようだ、高くつくなこりゃ。まあ、それよりも――
「……この車、かっこいいな」
「――でしょ?」
サングラスの内側で、アルルカンが嗤った。
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