第24話 強襲返り討ち


 「100万ドルはいただきだわ!!!」

 「ぐわぁ!?」

 「ギャッ!?」


 一瞬で肉薄したアルルカンの逆水平チョップによって、瞬く間に4人の首が飛んだ。

 俺の足元に、目を見開いた男の頭が1つ、転がってきた。


 「……あ、そうだ」

 「ちょっと!?」


 俺はおもむろにその頭を掴み、まだ迫りくる奴らに向かって投げた。


 「ぐべらっ!?」


 サメと化しつつある俺の殺人的強肩きょうけんから繰り出された投擲とうてきは、見事に先頭に命中し、はじけ飛んだ。

 明らかな殺人への忌避感や罪悪感が微塵みじんしょうじないのは、俺の倫理観などがサメに侵食されているからだろう……俺はまだ人間か?


 「派手にやるなぁ、先輩方! オレも負けてられねぇぜ!!!」

 「ぐわっ!? こ、コイツ、死体を!?」

 「ノー・マジック・モンキーのくせに……がぁぁ!?」

 「ヒィィィィ!? イカれてる!!!」


 キズナは、椅子をぶん投げた後、首無し死体を2つ、それぞれ片手だけで持ち上げて盾兼武器にし、格闘戦を始めた。

 相手は魔術や超能力などを使っているらしいが、文字通りの肉盾と驚異的な直感の前では、ハエが止まったようなものだろう。かすりもしないのだ。


 ……キズナは何なんだ。学校の方では異世界人を殺すのを控えるくせに、平然と死体を振り回して武器にするなんて。

 俺やアルルカンはともかく、キズナはおかしいだろ。本当に主人公かコイツ。


 後、首からガンガン血が飛び散ってて鬱陶うっとうしい!!!


 「おおっと!? 彼ら、見た目の割には狂ってるね」

 「人を見かけで判断するのは良くないということでしょう……うっぷ……」

 「……」

 「あまり無理をするな。殺す必要は無い、自分の身だけを守れ」

 「ああ、すまない、ラリマー。ありがとう」


 パイスー3人組プラスラリマーさんが、敵を次々に捕縛している。

 不殺、というよりは、不必要な殺人はしない……いや、そもそも、殺人に忌避感を持つ方が当たり前なのだ。俺達こそが異常なのだ。そこに、必要も不必要も無いだろう。


 「うおおぉぉ! 肥え太った金豚、討ち取ったりぃぃぃぃ!!!」


 そんな中、何か魔術っぽいものを発動させた奴が突撃していった。

 その先は肥え太った金豚、つまり、ゴールドラッシュさんだ。酷い言われようだな。


 しかし、雇い主の危機だというのに、オブリビオンは全く動揺しないばかりか、一瞥いちべつしただけで助けようともしなかった。


 「ホホ、威勢の良い若者ですねぇ。しかし、私、こんなこともできるんですよ」

 「な、何ぃぃぃぃ!?」


 襲撃者が驚くのも無理はないだろう。

 何故なら、魔術が直撃した場所から、ゴールドラッシュさんが黄金へと変化していったからである。


 「何故、私が世界一の大富豪と呼ばれているのかお分かりですかな? それは私自身が黄金の化身だからですよ。そんな私の命をタダで奪おうなどと……高くつきますよ? こんな風にね」

 「ぐわぁぁぁぁ!?」


 ゴールドラッシュさんが襲撃者に触れると、襲撃者は金貨や銀貨、宝石などの貴重品と化し、その場に散らばった。

 えぇ……世界一の金持ち怖すぎだろ。


 「見たかね? 虎鮫」

 「あ、ステインさん……やっぱ怖いですね、金持ちは」

 「フフ、そう怖がることはない。彼は基本的に善人なのさ。その莫大な財産を世界中の慈善団体にバラまいたりしているんだからな」

 「もし横領おうりょうしたら?」

 「オブリビオンが来るか、財宝になるかだな」


 まあ、世界一の大富豪なんて、敵も多そうだしなぁ。

 めたマネをするようなやからには、身をもって思い知らせるのがいいのかもしれない。


 そうして全体を見ていると、何かが高速で動いたような影が見え、その後に何人かの襲撃者がいきなり倒れ込んだ。

 白目を剥きながら気絶しているようだ。


 「あの、さっきから誰か、高速で動いてるのは……」

 「ああ、それはシラフだ。彼は虎の獣人だから、人間よりはるかに速い」

 「獣人って何です?」

 「話せば長くなるが……簡単に言うと、獣の力を持った人間だ。絶対数は少ないがね」


 この世にそんな存在がいたとは。最早、ファンタジーだ。

 俺らも空想サイエンス科学ファンタジーではあるんだがなぁ。


 「ぐっ!」

 「チィッ! 強いわねあの100万ドル!」


 そんなことを考えていると、腕で身体をガードしたキズナとアルルカンが、俺がいるところまで後退してきた。

 この2人を相手に? 一体どんな奴なのかを見ると、俺は納得した。


 肌なのかタイツなのか分からないが服の上からでも分かる、太く鍛え上げられた鋼のような筋肉。

 その重苦しいまでの筋骨隆々きんこつりゅうりゅうな肉体を支える、見上げるほどの巨躰。

 類稀たぐいまれな肉体を持つ、現代に蘇った巨人がそこにいたのだ。


 「……なるほど、お前か。殴打男オウダマン

 「ウォーッダッダッダ! 久しぶりなのだ、ステイン」


 知り合いなのか……ってなんだその名前は。

 殴打男オウダマンと呼ばれた男は、マスクで分かりにくいが、多分外国人。しかし、名前は日本語だった。

 キン〇マンにいそう。


 「ついにあのレイシスト共と手を組んだのか? お前も堕ちたな」

 「ダダダ! 勘違いするな、我輩わがはいの目的はサメにあるのだ。ここを襲撃すると聞いて、乗ってやったに過ぎないのだ。奴らのくだらん思想などどうでも良いのだ! オーダッダッダ!!!」

 「そうだろうと思ったよ」


 その野太い声で、語尾『なのだ』なのかよ。笑い方も特徴的だし。

 マジでキ〇肉マンにいそうなのだ。


 ん? 殴打……おうだ……なのおうだ……なのだ……!?

 もしかして、『おうだ』という語尾が訛ったか何かして、『なのだ』になってるのか?


 「ならば俺が出よう……と、言いたいところだが」

 「だが?」

 「今日は特別でね、もう1人来てるんだ」

 「!!!」


 あれ、これからステインさんが戦いそうな雰囲気なのに。

 殴打男は凄く驚いているようだ。


 「この子は虎鮫。新たなサメだよ」

 「『虎』なのだ!? もしや、タイガー・シラフが!?」


 すまない、皆が具体的に何をやったのか、何が凄いのかが全く分からないせいで、話について行けない。

 彼ら同士に面識があるのは分かるけども。


 「それは楽しみなのだ! ということは、我輩の相手はそこの虎鮫になるのだ?」

 「ああ、そういうことだ」

 「えぇ!?」

 「ふーん……ま、勝手にやってなさいな。無様に負けた姿をさらしてくれると嬉しいわね」

 「虎鮫。君が彼、殴打男に勝ったら、1000万ドルを払おう。そこの2人にもだ」

 「――アンタ! 絶対勝ちなさい!!!」

 「先輩!気を付けてくれ!!!」


 いや無理だろ。体格差どんだけあると思ってんだ。

 この部屋で一番背が低いのは、俺とアルルカンだぞ。


 対して、殴打男は230センチはありそうな大男。

 筋肉モリモリ、マッチョマン。

 あまりにもウェイト差が違いすぎる。俺を片手だけでミンチにできそうだ。


 「というか、そもそも殴打男って誰なんですか!?」

 「簡単に説明しようか」


 曰く、かつてプロレス界を沸かせた、500戦無敗のチャンピオンだった。

 しかし、あまりにも強すぎたため、人間同士の戦いでは満足できなくなった。そうして、様々な生物や無生物と戦う内に、行きついた果てがサメだった。

 その時、彼はチャンピオンからシャークパンチングチャンピオンになったのだ。


 「俺が勝てる要素、何一つとして無くないですか?」

 「だが、君はサメだ。戦いの中でそれを目させることができれば、十二分に勝機はある」


 そんな、土壇場の覚醒みたいな。キズナの仕事だろそれは。

 今からでも代わってくんないかな……


 「準備は終わったのだ?」

 「いや、まだっスけど」

 「おお! そうだったのだ。リングが無ければダメだったのだ」

 「リング? ……は?」


 殴打男が地面に手をつけると、そこからプロレスで使用されるような、リングせり上がってきたのだ。

 おかしい……ロボットものからプロレスものへと変化している。


 「は?」

 「オーダッダ!!! これで準備万端なのだ。さあ、上がるといいのだ、虎鮫の少年よ!!!」


 挑戦者チャレンジャーが先で、王者チャンピオンは後からド派手にってことかな。

 などと、ぼんやりと考えながらリングに上がる。ああ、せめて凶器ありならなぁ。1回くらい使っても許してくれそう……やっぱ無理かな。


 「殴打男! 何をしている!? 我々はここにいる劣等種族を殲滅せんめつするために貴様を雇った! そんなくだらないことをせず、早く奴らを――」

 「うるさいのだ!!!」

 「グボォ!? お、おぉ……う! ご、お……」

 「えぇ……」


 いずりながら、何かわめいていた男を、殴打男は蹴り飛ばした。凄い痛そう。


 「お前達など、最初からステインと会うために利用したに過ぎないのだ。契約の時も我輩は『好きにやらせてもらう』と言ったし、お前達も了承したはずなのだ」

 「ぐ……な、何だと!? ふ、ふざけるな! 通るかそんな理屈! さっさとあの下等種族共を…ぐグばぁっ!?」

 「そうやって我輩のことを見下してることに気づかないとでも思ったのだ!? おめでたい頭のだ! そんな頭は……こうなのだ!!!」

 「な、何を……ぐわああああああああ!!!」


 殴打男は、倒れた男の頭を太い腕でわきに抱え、思いっきりめ上げた。

 まごうことなき、ヘッドロックである。


 ようやく解放された男は、痙攣けいれんしており、まだ生きているようだ。

 しかし、白目を剥きながら泡を吹いている上、頭が若干へこんでいるので、無事ではない。


 「さあ、デモンストレーションも済んだことだし、試合開始なのだ!!!」


 殴打男が、ジャンプでリングに入り込む。するとどこかで、カーンとゴングが鳴った気がした。

 しかし、俺はヘッドロックの威力に戦慄し、動けずにいた。


 「何ボーっと突っ立ってんの!? 来てるわよ!!!」


 アルルカンの声で気づいた時には、眼前に大きな腕が……殴打男のラリアットが迫ってきていた。

 俺、死んだんじゃないか?



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