11月8日 <KRGP報告書>

 かじかむような冷たい風が吹き荒れ、まるで今の心境を写すように灰色の分厚い雲は、帝都の中心地をすっぽりと覆いおおい隠していたこの日。

 5人組の一人、首相ヨーゼフ・アルバートは、首相官邸の執務室で深いため息とともに頭を抱えていた。憂鬱ゆううつな気分となった原因は、目の前に投影されたウィンドウにある昨日の事件の報告書にある。

 昨日の事件。つまり執政殿下暗殺未遂みすい事件である。

 この大事件はいまだ世間に公表されていない。そんな状況で警察を動かすことはできず、代わりに”秘密警察KRGPカラゲポ”によって捜査が行われており、この報告書はその秘密警察長官ヘムルート・ハイドリヒから送られてきたものであった。


「はぁ……」


 大きなため息を履くはくアルバート。

 彼をここまで悩ませていたのは、やはり捜査の進展が思わしくない……というわけではない。むしろ、1日も経っていないのに犯人の身元を暴き出したのは、想像してた以上の成果であろう。

 だが、問題だったのはその犯人の素性。報告書には、犯人の顔写真を含めた詳細なプロフィールが記載きさいされているが、その中の一つ、


「……『社会労働党の党員である可能性が高い』」


 そうつぶやくと、再び頭を抱えだす。

 アルバートの視点の先にある”社会労働党しゃかいろうどうとう”の党員証とバッジが自宅より発見、という内容に彼をここまで悩ませていたのだ。

 ”社会労働党(SAP)”

 帝国の二大政党である社会労働党は、恐ろしいことに現在の政府与党。すなわちアルバートは党員どころか、この政党の党首を務めていたのだ。

 党員数は7200万人ほどで、これは保守党に次ぐ勢力を持つこの党は、残念なことに、一枚岩というわけではない。

 穏健派の社会民主主義者。急進派の社会主義者……左派左翼の連中による政党。アルバート自身は社会主義者であり急進派に所属していた。今回の大きな問題は、この犯人がどこに所属していたということ。頼むから、せめて無所属の人間であってほしい。というか、そうであってほしい……そうあらなければならない……そうでないと困る。

 これでわかっただろう、彼が頭を抱えているのは党員が不祥事を……それも、君主を暗殺しようとした犯人が、与党の党員とかいうヤバめの事態。

 そのヤバいことが書かれた報告書の中身を抜粋ばっすいすると以下のようになる。



 【5716-1報告書-執政殿下暗殺未遂事件に関する中間報告】

 警告:本報告書は第1級機密文章であり、保管は禁止される。

 ヨーゼフ・アルバート帝国首相宛


 昨日の事件発生後、首相からの要請に基づき、KRGP内部で捜査本部を発足。帝都保安局を中心とした191名で捜査を開始した。その結果、以下のことが判明したので報告する。


 1.容疑者について

 グランドクロス・ホテルの監視カメラ、従業員、宿泊客等の証言から容疑者を特定、その後メディウス※1に登記されている住所を捜索の結果、いくつかの動かぬ証拠と共に犯人の身元が完全に特定。

 オスカート・ヴュルツェ。

 年齢は28歳、住所は帝都xxx地区xxxxxxx。

 前科、19歳のころに徴兵忌避ちょうへいきひ※2で逮捕。

 職業は不明であったが、過去にグランドクロス・ホテルにおいてアルバイトをしていた経歴を持ち、土地勘並びにホテルの構造を把握はあく済みだった模様。

 家族は母と弟の三人暮らしであり、父親は内戦で10年前に戦死。母親はxxxx=xxxx州在住の会社員でこちらで身柄を確保。弟はxxxx=xxxx州在住とされているが、連絡が取れず消息不明。

 また協力者等々に関しては、今のところ直接的なかかわりは見えず。


 2.容疑者の足取り

 事件発生後、レンタカーによって現場から逃走。

 国道1号を北進後、xxxx辺りで車を乗り捨てる。なおその車は現在こちらで確保済みであり、車内よりOの指紋およびDNAが検出。

 その後、路地裏などを利用した可能性が高く、足取りがつかめず。


 3.家宅捜索の結果

 オスカート・ヴュルツェ(以下犯人O)

 前述の通り、メディウスに登記されていた住所の自宅を捜索。なお令状は請求せず、また大家の許可はとっていないため、以下の報告に法的な証拠能力はない。

 a:

 ポストには5日前に発送された郵便物が残っており、数日はOの出入りがないと推測。

 b)

 部屋は2DK。キッチンには賞味期限切れの食材が散乱。

 c)

 ダイニングは弁当の容器が散乱、またノーコン(ノートブックコンピューター)がテーブルの下で破壊された状態で発見、現在データ復元中。

 d)

 一部屋は寝室。またクローゼット内の引き出しより”社会労働党党員バッジ”および”社会労働党党員証”が発見。バッジ、党員証ともに正規品であることが判明。また党員証にはOの氏名と自宅の住所並びに連絡先、顔写真と宣誓書へのサインが記載されており、上記の証拠からOが”社会労働党の党員”であると結論。

 また、別の引き出しより、事件に使用された拳銃のケースと弾薬が発見された。

 e)

 またもう一方の仕事部屋より、クリップボードに貼られた『対象者』の顔写真と帝都中央区の地図が発見。関係者の顔写真には殿下を始めとする皇族方、首相含めた政府関係者、アルベルト元帥はじめとする軍部の、非公式写真(盗撮)が貼られている。その中でも”フィルゼスヴェリア”との記載された箇所には、赤いペンで大きく×が書かれており、暗殺対象であるとの結論に達する。

 f)

 家宅捜索の結果、自宅より計34枚の写真を入手。うちいくつかは対象者に貼られていた物と一致。またその他にはグランドクロス・ホテルの内観や地下駐車場などを移したものがあり、事前に下見をした計画的犯行であることで間違いない。


 4.証言

 事件当時に関する証言は有益なものはなし。

 また個別に母親、ホテルの元上司と同僚、友人AとBを拘束。それぞれに対しての尋問の結果を報告する。

 -人物像

 結果として、真面目な青年

 -性格に関して。

 結果としてOは温厚な性格であり、また滅多なことでは怒らないが、人前に出るタイプではなかった。

 -職業について

 統一された解答なし。母親はバイトは続けていたと証言。上司同僚らはOより『やりたいことが見つかった』と聞いていたと証言。友人らとは仕事に関して連絡を取っていなかったと証言。

 -バイトを止めた理由

 上記の通り、『やりたいことが見つかった』と本人が発現していたことから、それを実行するために辞めたと推測。

 それが今回の事件である可能性が高いが、現状は不明。

 -SAPに加入した理由

 友人A寄りの証言。友人Aもまた徴兵忌避で逮捕歴があり、その際のOは『血が流れるのは国のトップが戦争狂ばかりだからだ』と語っていたと証言。

 SAPも内戦およびそれ以外の戦争を支持しており、なぜSAPに加入したかは不明。

 -動機について

 上記のことから考えるに、無意味な正義感からの犯行である可能性が浮上。

 一連のテロの一環としての可能性が高い。


 5.総評

 上記の証拠、証言等々からOが本事件の犯人であり、また国家転覆を企てるテロリストであることは明白である。

 現在、KRGPエージェントによってOの居場所を突き止める最中である。逮捕され次第速やかに速報を行う。

 首相に対する提言としては、事件を公表するか否か、また犯人がSAPの党員であったことにどう対応するか速やかに決定していただきたい。それ次第で、我々の対応や行動が左右する。


 KRGP長官ヘムルート・ハイドリヒ。

 



 追伸。

 首相の指示があれば、我々は貴方が望むの勢力による犯行だと濡れ衣を着せることができる。証拠の捏造等も可能であるが、判明した場合の責任は取らない。













・・・・・・・・解説・・・・・・・・・・




※1、メディウス

この国で一般的に使用されている端末の名称。地球のスマホに近いが、これ一つで何でもできる。Webページの閲覧や電話通信、動画の配信、家電も動かせる。また脳内にナノチップがあり、住民票や国籍の代わりともなるため、決済も可能。


※2、徴兵忌避 

兵役逃れともいわれ、最初っから兵役義務(軍隊に所属する)を行わない者を指す。

この国では18歳~60歳までの男女が、計400日間兵役に服さなければならず、違反すれば刑務所か、または懲罰部隊に問答無用で送られる。

良心的兵役拒否という、信条や信仰などの事情で、ボランティア活動と引き換えに兵役が免除される仕組みもあるが、審査基準が厳しいため非現実。

 

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Order19/Black Dawn:黒い夜明け <闘争世界の滅亡をかけたグレートゲーム> 11月光志/月村光志 @11Tuki_Mitushi

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