第33話 赤の聖女候補ルーナ

 二等客車と三等客車の間にある二等食堂車にそいつは降り立っていた。

 バチバチと赤い雷を身に纏い、ゴツイ篭手とシリンダーがついた巨斧を手にした赤い短髪の少女だった。

 童女のようにも見えるが、その身に纏う武具は最上級のものだろう。

 総身を覆う気の量は、俺が見た中ではディランに次ぐほどで、かなりの実力者であることがわかる。


「よっし、到着到着。さっすがオレだな!」

「ニメア様おさがりください、この者、かなりの手練れかと。私が盾になっている間にお逃げください」

「あなたを置いて逃げるわけにはいきませんよ」


 アイリスが前に出て剣を構えたので、俺は隣に立ってガリオンの剣を抜く。

 さて、どう出る。


「お、なんだ、出迎えか? グレイ王国の聖女ってのは律儀だなー」


 こちらのことを知っているとなると、俺狙いか?


「あなた、何者ですか?」

「オレか? オレは次の筆頭聖女候補のルーナ・プレーナ様だ」


 聖女候補。

 他国では聖女がふたり以上いるから見習いとかは聖女候補と呼ばれるのだ。

 その中でも国の代表になるような聖女を筆頭聖女と呼ぶというのは、アイリスが車掌さんから聞いた話だ。


 グレイ王国の場合は、俺が筆頭聖女ということになる。

 ふつうならイコナを留学に出すところだが、彼女は他国に出すには不安要素が大きすぎるため筆頭でも俺が留学しているわけだ。


 しかし、本当に聖女候補なのだろうか。 

 髪の手入れに頓着していないのか、ボサボサに跳ねまわっているし、服装もどこぞの蛮族みたく胸周りのチューブトップとショートパンツくらいにしかない。

 一応は、ケープなのか、ボロボロの外套なのか判断に困る代物を装備してはいるが、可愛らしいおへそやら、ぷにっとしてそうな二の腕やら、ふわっとしてそうな太ももやらを隠すには足りておらず、惜しげもなくさらされている。


 これで見た目が童女でしかなければ、完全に痴女である。

 さぞや眼福だったことだろう。

 俺は子供は守る対象でしかないので、そんな風にせいぜい常に見守る程度である。

 ストーカーではない。これは庇護欲のオーバーフローである。


 そんなくだらないことを考えていたらアイリスが前に出て警戒を露わに問いかけを行っていた。


「聖女候補というのならば何故、天井から飛び乗って来た! これがクラースヌィの流儀か」

「あん? そんなんアレだ。こっちの方が面白いだろう?」

「真面目に答える気はないということか」


 いや、これ本気で言ってますね? 

 なんでそんなこと聞くのかわからないって顔してらっしゃる。


「あああ、ルーナ様、また天井を壊しましたね!」

「ゲェ、オマエが車掌かよ!」


 やってきた車掌さんが声を上げると、ルーナと名乗った聖女候補? は露骨に嫌そうな顔をしていた。

 どうやら知り合いらしい。

 様づけしていたし、本当に聖女候補だったらしい。


 俺とアイリスは頷き合って武器を収める。


「ただでさえグレイ王国の聖女様がいらっしゃって警戒中なのに、何をやっているんですか、アナタは!」

「いーだろ、わざわざ乗り継ぎすんの面倒なんだよ。でも、ほら、これで次の駅に停まらずに済んだろ?」


 だから、怒らないでくれよとでも言わんばかりの笑みを浮かべるルーナに車掌は顔を手で覆う。

 次の彼の一言でルーナは、大いに狼狽する。


「サリール様にご報告させていただきます」

「あ、てめぇ! そりゃねえだろ!?」

「いいえ、今回の件は全て報告させていただきます」

「え、ちょ、ま、待て待て。時間短縮になってるし、ちゃんと人のいないところ狙っただろ? だから、報告の必要ないって」


 ふむふむ、どうやらルーナという女の子はサリールという人に頭があがらないらしい。


「車両に穴が開いてますが?」

「き、きちんと金は払うし……」

「その前に、言うことがあるでしょう」

「………………オレは悪くないし……」

「では、サリール様に電信してきますね」

「あああ! ま、ぐ、ぐぬぬぬぬ! …………わ、悪かった」

「まあいいでしょう。今後は静かに――」

「よっしゃ、やっぱ話が分かるな! なあ、灰の聖女、部屋どこだ? 案内してくれよ」


 最後まで話を聞かずにコロっと態度を元に戻したルーナに、車掌さんは盛大に溜息を吐いていた。

 心中お察しします。頑張ってください。


 俺は心の中でエールを送って、ルーナの相手をすることにする。


「良いですよ。こちらへ」


 車掌さんにお任せくださいとでもいうように、アイコンタクトを送ったら感激されてしまった。

 こういう積み重ねが聖女らしさを補強してくれるのだ。


 あとは、ついでに時間魔術で車両を元通りにしておいた。

 車掌さんが泣き崩れていた。

 なんでうちのルーナは! とか慟哭が聞こえるが、ルーナは素知らぬ顔である。

 彼をアイリスに任せて、俺はルーナと一等客車へと戻る。


「ここのどれかと思いますよ」

「オマエは?」

「わたしはここですけど」

「んじゃー、オレもここーっと」


 なぜか、俺のところに入って来て荷物を空いているベッドに投げ出していた。


「ええと、一緒の部屋にするんですか?」


 広さ的には問題ないし、ベッドもふたつあったから困りはしないのだが……こう知らない人に対していきなり心を赦し過ぎでは?

 俺だったら財布とか盗まれないかと警戒しまくるし、聖女ロールしてなかったら部屋にもいれたくないのだが。


「良いだろ、ひとり部屋とかつまんねえよ。あとグレイ王国の聖女なんて、聖女留学にでてくんの初めてだろ。そっちのことなんも知らねえから教えろよ。サリールに自慢してやるんだ」

「なるほど」


 グレイ王国はいままで聖女がひとりしかいなかった。

 だから、国を開けるわけにはいかず、ずっとこの聖女留学にいけなかったのだ。

 しかし、今年は聖女がふたりもいる、まあ、片方は偽物の俺なのだが。

 ふたりはふたりだ。


 そういうわけで今年が初参加。

 他の国にはグレイ王国の聖女の情報はほとんどないということらしい。


「で、グレイ王国ってのはどんなとこなんだ?」


 荷物を置いて、外套を脱いでもうほとんどこれ下着では? という格好にしか見えない姿になってからルーナは俺の隣に座って来た。

 距離感! 距離感が近い!

 粗野で粗暴な感じがするのに、なんだか良い匂いがしてる!


 待て待て、落ち着け。

 ここはクローネを思い浮かべて落ち着こう。


『クローネちゃんというものがありながら、浮気だなんて! ヨヨヨヨ……』


 なぜかそんなよくわからないことを、想像のクローネが言ってくれたおかげで俺は平静である。

 ヘイセイ。


「どんなとこと言われても、普通の国、でしょうか……クラースヌィと比べたら、本当になにもない国ですね」


 クラースヌィみたいに蒸気機関車とかあるわけではない。

 途中に通過した駅の具合からも発展度合いは雲泥の差だ。

 真面目になにもないな、うちの国……。


 それでもなぜだか余計なことを喋ったらあとでメリサさんに殺されそうな気がするので、当たり障りのないことだけ言うように心がける。


「普通ねぇ。なんかおもしれーもんとかねえのかよ」

「面白いものですか、例えば?」

「あん? そんなもん自分で考えろよ。オレはオマエの国のことなんざ、なんも知らねえんだしよ」

「えぇ……うーん……」


 面白いもの、何があるだろうか。

 ローロパパガイの群生地とか……?

 いや、面白くないな、おぞましいだけだ。


 じゃあ、天国の森とか……?

 いや、面白くないな。

 幻覚パーティー会場は面白いというよりは、おかしいだな。


 うちの地下水道……?

 食料が取れるハンティングゾーンになってるけど……。

 うん、他の国に話したら同情を誘ってしまいそうだ。


 というか、1番面白いのは、聖女の中に入ってる俺なのでは?

 こんなの他のどこにもいない特産じゃないか。

 いや、絶対誰も信じてくれないから話さないけどさ。


 あっ、そんな話をする前にやることがあった。


「その前に、まずは自己紹介をしませんと。わたしはニメアです。よろしくお願いします、ルーナさん」

「うわ、きも。さん付けとかやめてくれよ、ルーナで良い」

「わかりました、ルーナ」

「ほんと律儀だな、オマエ。サリールみてぇ」


 ほほう。

 丁度いい、俺の国の話など特に面白いものはないのだ。

 ならばここで話題を変えて、こちらが探ることにしよう。

 サリールというのはおそらくこのクラースヌィの聖女だろうし、どんな感じなのか聞いて参考にするのだ。

 俺の参考はほとんどヴェルジネ師匠と俺の理想だからもうちょい参考資料が欲しい。


「サリールさんって、どんな人ですか?」

「あーん? まー、そーだなー。クソ真面目で面白みがなくて、クッソ律儀。でも、めっちゃツエーな。20人の聖女隊とタメだぜタメ」


 それは、めちゃくちゃ強いじゃないか。


「えっと、どのような戦いをするのですか?」

「魔術でどっかん、近付いてばっこん」


 ……説明下手か!


「え、ええと、もっと詳しく」

「えー、良いだろ、サリールのことなんかさ。どうせ、このオレが超えるんだからな。お、アショーカじゃん。やろうぜー」


 その後も特に情報を得ることができず、アイリスが夕食に呼びに来るまでアショーカをやった。

 今度は俺が勝った。

 なるほど、力押しで来る素直な奴ってこういうやつのことかーとわかってしまった。


 これを参考にすればきっと次はアイリスに勝てるだろう。

 次は負けぬ。


「ぐぬぬぬ……」


 負けたルーナは心底不機嫌ですと言わんばかりの、ぶっすーとした表情で唸っている。


「ほら、ご飯ですよ、ご飯。機嫌直してください」

「何をやったんですか、ニメア様」

「アショーカでボロ勝ちしてしまいまして」

「ああ、だから負けたニメア様と同じ顔をしているのですね」

「わたしこんな顔してました!?」


 ぶっすーとした子供みたいな表情をしていた、だと……!?

 いやいや、まさかそんな……。


「はい、割と。負けず嫌いなんですね、ニメア様」

「ぐ……」


 いやああああ、恥ずかしいいいいい!


「だああああ、ムカつく、飯だ飯! じゃんじゃん持ってこい! 食わなきゃやってられっか!」

「はい、持ってきてください」


 これはもう、食って忘れるしかない。

 やけ食いだ。

 でも綺麗に食べることは忘れない。

 聖女イメージは是が非でも崩さないぞ。


 と俺がやっている横で、運ばれてくる端から食っていくルーナであったが、こいつは食い方が汚かった。

 本当に聖女候補かこいつ……。

 それともクラースヌィではこういうことが赦されるのだろうか。


 車掌の方を見ると、嘆かわしいという表情をしている。

 どうやら普通ではないらしい。 


 そんな俺たちの大食いを見てアイリスがあの、と手を上げる。


「あ、あの……大食いは身体に悪いかと……」

「知るか!」

「知りません」

「はい……」


 アイリスには悪いが、男には食わねばやってられない時があるのだ。

 今の俺は女だけど。


 ●


 そんな感じにもやっとした食事を終えたら、就寝だ。

 少し食べ過ぎたかもしれない。

 でも、やらなければならなかったんだ。


 結局、ルーナは俺の部屋で寝るらしい。


「それじゃあ、そちらのベッドは好きに使ってよいですよ。では、おやすみなさい」

「おう」


 もう疲れたのでそそくさと寝ようとしたら、なにやらベッドにもぐりこんでくる者がいた。

 というかルーナだ。


「……あの?」

「気にすんな」

「気になるんですけど」

「気にすんな」

「ひとりで寝られないのですか?」

「ばっ、ちっげーし! オマエがひとりだと寒そうだなって思っただけだし!」


 あら、お顔が真っ赤で可愛い。


 ただその言い訳はちょっと。

 うちの国クラースヌィよりも寒いから、全然この程度どうってことはない。

 しかも、絶賛列車は南下中で、気温は徐々に上がっている。

 寝巻でも肌寒さは感じないほどだ。


「むしろ、暑くないですか?」

「くかぁ……」

「寝てる!?」


 ひしっと抱きしめられてて、これを引きはがすのは少し可哀想か。

 仕方ない、このまま寝よう。

 よしんば眠れなくても、俺は数日なら何とかなる。

 港までそれほどもかからないらしいから、十分耐えられるだろう。


 でも、この子の胸、俺よりあるくない?

 聖女留学するなら同い年だよね、俺より少しだけ大きくない?

 おなじ貧の部類だけど、俺より少し大きくない?


 いやいやいや、落ち着こう。

 俺はまだまだ成長する。

 きっともっと大きくなるしはず。

 大丈夫だよね、そんなところまで何もないというお国柄が反映されたりしないよね?

 待ってろ、数年後にはっきっと大きくなっているに魂を賭けておいてやる!


 そんな感じに列車旅は続き、俺たちはヴィヴロス港へ辿り着いた。

 

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