第32話 赤の国クラースヌィの鉄道旅

 グレイ王国で偽物ながら聖女よりも聖女、奇跡の体現者などと呼ばれてもてはやされた俺こと聖女ニメアは、今、馬車に乗りドナドナされている最中であった。

 クソ親父のたくらみを潰して、この国を救った俺は、新しい上に本物の聖女がいるからと他国へ輸出されようとしていたのである。

 悲しいよよよよよ……。


 ――なんて、なにやら不幸そうに語ってみたが、何のことはない。

 メリサさんに嵌められて聖女留学なる八大国条約に従って1年ごとに各国持ち回りで開かれる学園へと向かっているだけである。

 成人した聖女候補たちを集めて、聖女の歴史やら他国文化やらを学ばせるのが目的ということらしい。


 そう、これから俺は1年外国に留学するのである。

 何かあったら帰っていいらしいので、心配はない。

 グレイ王国には俺と同じ浄化――浄化ではない――が使えるイコナがいるので本当に問題ない。


 俺について来ることを拒否したディランとクローネが向こうにいるので、むしろ心配は俺の方であろう。

 やだ、俺ってば人望なさすぎィ。

 今の俺の頼れる味方は、友達100人作ったアイリスだけだった。

 最悪、友達の友達は友達理論で水増ししよう。


「それで、これから向かっているのはクラースヌィでしたよね。どんな国なのですか?」


 今年の学園は深淵の南西領域に存在しているヴェルデで開かれる。

 俺たちのグレイ王国は深淵の北東側に存在するので、陸路で行くなら3つ国を通っていくことになる。

 まず通るのはグレイ王国と国境を接するクラースヌィだ。


「クラースヌィは東の大国とも呼ばれる軍事大国です、ニメア様。友人の兵士から聞いた話なのですが、最近は産業革命なるものが起こってとても発展しているのだとか」

「産業革命ですか」


 え、何か時代を間違えてませんか?

 産業革命ってもしかして蒸気機関みたいなものとか色々あるってことですか?

 うちの国との差が半端なくない?


 いや、でもうちの国も俺のおかげで、俺のおかげで! 深淵から出土したものを使えるようになったし、モンスターも食えるようになってるし。

 ……負け惜しみじゃないんだからね!


 しかし……通過するだけだと思っていたけれど、俄然興味が出て来た。


「それは実際に見れるのが楽しみですね」


 それから馬車に乗って数日、国境の砦に辿り着いた。

 ここからクラースヌィ側の砦に行って、そこの責任者に後の案内を頼むことになっている。


「よくおいでくださいました、聖女ニメアを迎えられて光栄です」

「こちらこそ、皆さまと出会うことができてうれしいです」


 責任者に挨拶をした後は砦の兵士たちを慰撫するなどして、調整の為に1日を過ごした。

 それから、そそくさとクラースヌィへ向かう。


「お待ちしておりました、グレイ王国の聖女ニメア様、クラースヌィへようこそ」

「お出迎えありがとうございます」

「では、参りましょうか」


 そこでも出迎えを受けて、クラースヌィに入国する。

 砦の内部は、グレイ王国とそんなに変わらなそうに見えたが、案内された先は時代が違った。


「我が国が誇るドラゴン鉄道です」


 石造りで作られた天井の高い駅らしき空間に、まごうことなき蒸気機関車が鎮座していた。


「これは……すごいですね……」

「噂には聞いていましたが……これほどのものが作れるとは……クラースヌィ、恐るべし……」


 俺は見たことがあるから驚きもそれなりだが、初めて見たアイリスは驚きで口が閉じなくなっている。

 それも仕方ないだろう、グレイ王国は中世真っ盛りみたいな感じなのだ。

 そこにいきなり蒸気機関が登場したら驚きどころではないのは想像に難くない。


 俺たちの案内をしている兵士はしてやったりという表情で、これからの旅程を説明してくれる。


「これでヴィヴロス港まで向かい、その後は船での移動です。ナランハ、キトゥリノでそれぞれの聖女候補様を乗せてから、ヴェルデへ入ります」

「船旅ですか……」

「ふふ、そちらも驚かれると思いますよ」


 きっと蒸気船とかあるのだろう。

 アイリスは死ぬほど驚くに違いない。


「では、客車へご案内いたします」


 ドラゴン鉄道の列車にはやはり三等客車とか二等客車とかあるようであった。

 もちろん俺が案内されたのは一等客車である。

 個室である。豪華な個室である。備品とか壊したら、すんごい額請求されそうである。


 そんなことを考えている間に列車はがたんごとんと出発した。


「うわ、すごいですよニメア様、動きました! こんなに大きなものが動くとは……」

「ええ、本当にすごいですね」


 ぜひうちの国にもほしい。

 どういう構造なのか教えてもらいたいくらいである、たぶん機密だけど。

 聖女パワーで実物を持ち帰るのが1番早いが、流石に国際問題すぎるし、戦争になったら確実にまけるだろう。

 まさか、俺のワンマンアーミーで圧倒するわけにもいかん。


 局所的には勝てるかもしれないが、戦域を広げられるとどうにもならないし、戦略的に大敗しそうなので戦争はしたくない。

 そもそもうちが戦争したら確実に物資問題やらなんやらで滅びるでしょ。


 などと考えながら列車の窓から景色を眺める。

 特にモンスターが襲ってくることがない。

 蒸気機関車のレールとか普通に破壊されたりしそうな気がするのだが。

 そんな疑問を口にしたらアイリスが聞いて来たらしい。


「先ほど友人になった車掌に聞いて来ました」


 でかした!


「どうやらこの鉄道というものを作る時に赤のドラゴンが手伝ったそうなのです」

「ドラゴンが……?」

「はい。赤のドラゴンは珍しいものが好きで人間の発明に興味津々で喜んで手伝ったそうですよ。そのおかげでこの鉄道にはモンスターが近づかないのだとか」


 なるほど、そりゃドラゴンの匂いが染みついたものに何て近づかないだろう。

 マーキング済みのものに触れてドラゴンの怒りを買いたくないのはどのモンスターも同じだ。


「これがドラゴンのいる国なんですね……」


 うちの国死んでまだ次世代が見つかってないからね。

 次世代がいるのかすら不明。

 このままいなかったらモンスターどもがまた増えて、人間の領土がなくなるのではともいわれている。


「早くドラゴン出て来てくれませんかね」

「そうですね」


 そんな会話をしながら列車の旅を楽しむ。

 食堂車もあって、そこで食事を楽しむことともできた。

 味は……まあ、うん……微妙だった。


 こればかりは、モンスター食とクローネ料理に慣れた俺たちの舌が肥えすぎているのだろう。

 モンスター食は、素材が良くなるのかどれも美味しいからな。


「ニメア様、アショーカをやりませんか」


 食事を終えてコンパートメントに戻ったら、アイリスが備品の棚の中から板を取り出しながら言った。


「ええ、良いですよ」


 アショーカとは盤上遊戯のことだ。

 俺的に言わせれば、リアルタイムストラテジーと言った方が良いかもしれない。

 このアショーカでは、状況を設定してやることでモンスターと人間の戦いをやることもできるし、人間対人間の戦いをすることもできる。

 特殊な魔術がかけられていて、駒のステータスを設定することもできるし、ゲーム中にステータスが変化したりもする。


 クラースヌィで流行りの遊戯で暇なときに是非どうぞと車掌がルールブックとともに渡してきたのである。

 どうやらアイリスはやりたくて仕方なかったらしい。

 俺としても娯楽に飢えていた分、やっぱり気になってやってみることにした。

 

「戦域を変更、魔境を拡大、種族進化」

「ちょ」

「砂漠の効果で、灼熱状況となります」

「うえ」

「あ、独自進化が起こるみたいです」

「ぎゃあ」

「えっと、これで詰みでしょうか」

「ぎゃふん……」


 アイリスにコテンパンにされました。

 俺と一緒に初めてルールを覚えたばかりなのに、コテンパンにされました。

 どうやらアイリスにはこういう才能があったらしい。


「フィールドそのものが、モンスターってどういうことですか!?」


 今回は俺が人間側、アイリスがモンスターとして勝負を始めた。

 とりあえず守りを固めつつ、火力を伸ばしていこうとしていた矢先にあちらは一足飛びに進化をかまして物量で押してきた。

 気がついたらフィールド自体がモンスターと化していた。

 フィールドなので直接的な攻撃はほぼ無効。

 俺にはデバフをまき散らし、味方にはバフをつける。


 さらに攻撃対象にならないのを良いことに、俺のユニットを孤立させて連携を崩してくる。

 そういうわけで、あえなく俺の負けになってしまったのである。


「どうやら、そういう進化もあるということらしく」

「これどうやって倒すんですか」

「地形破壊効果のある魔術師とかで削れるらしいですよ。あとは戦域を拒絶し、戦域効果を吸収したり変更することで自分に有利な状況を作り出せば良いらしいです」

「なるほど……」


 やはり火力。

 火力はなんでも解決できる。


「わかりました、もう1度やりましょう。今度は負けません」

「頑張ってください、ニメア様!」


 負けました。


「むぅ……もう1度」

「あ、はい」


 負けました。


「むぅぅう……もう1度」

「ええと……」


 負けました。


「…………もう1度」

「あの、そろそろ夕食のお時間」

「もう1度」


 負けました。


「……………………もう」

「とりあえず寝ましょう!」

「むぅ……わかりました。続きは明日にしましょう」


 悔しいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!

 何度やっても勝てないんですけど!

 くそ、なぜだ……。


「ええと、ニメア様は力押しが過ぎるといいますか、素直といいますか……」


 だって基本殴った方が速いんだもん。

 基本ぶっぱした方が強いんだもん。


 まあいい、俺もムキになりすぎた。

 次からは搦め手も使って勝ってやる。

 俺、搦め手ダイスキ。


(――明日は搦め手で行こうって思ってるんだろうなぁ)


 などとアイリスが考えていることなど知らない俺は、ふんすと気合いを入れて明日の戦略を考えるのであった。


 そんな楽しくも敗北に塗れた列車旅の途上、俺はクラースヌィの首都を眺める機会を得た。


「見てください、ニメア様。あちらがクラースヌィの首都ラプロですよ」

「おぉ……」


 ラプロはらせん状にどこまでも高く伸びる階層都市だった。

 どうやら都市中央には穴が開いているらしいが、そこからとてつもない気配を感じる。


「あそこは竜の巣でもあるらしく、実際に赤のドラゴンが住んでいるのだとか」

「本当に共存しているのですね」


 赤のドラゴンは珍しいものを見る為に人間の首都に居を構えたという話らしい。

 それで鉄道の敷設まで手伝ってくれるのだから、ありがたい存在すぎる。


「おや、あれは……?」


 ドラゴン飛んでこないかなー、などと思っていたら何かがこちらに向かって飛んできているのが見えた。

 次の瞬間には、轟音とともに何かが列車に着弾した。


「敵ですか!? ニメア様、ご注意を!」

「わかっていますよ」


 ガリオンの剣に手をかけながら何かが落ちてきた車両へと俺たちは向かった。

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