幕間 お風呂はいいものである

 日本人にとって1番重要なことはなんだろう。


 美味しい食事?

 うむ、美味しい食事は大事である。

 他国では毒物だと言われているもので、執念で食えるようにしてきたのが日本人という民族である。

 味噌と醤油があれば、異世界だろうと日本人は生きていけるだろう。

 あとお米があればなお良し!

 お米の為ならば、ドラゴンにだって立ち向かい勝利するかもしれない。


 それくらいには大事だが、俺は違うというだろう。

 1番大事だと俺が思うもの、それはお風呂だ。

 お風呂、お湯をたくさん張った贅沢の極みである。

 

 特にグレイ王国は産業がボドボドである。

 風呂を沸かす薪もとても贅沢だ。

 聖女であってもおいそれとはできない。


 だが、12歳となり城の主となった俺である。

 お風呂場に大量の水を張り、薪のロガル文字を使って温度を上げる。

 ヴェルジネ師匠がいた時にはできなかった贅沢である。


 そうお風呂、ビバお風呂!

 ヴェルジネ師匠はこういう無駄は嫌いだったのでできなかったが、ようやくできる。

 といっては師匠に失礼だが、風呂場を見つけた時からずっと入りたくて仕方なかったのだ。


 そのためにクローネに掃除させて今、お湯も張った。

 石鹸などの備品の用意も完璧だ。


 なおこの石鹸であるが、実はニュムパの体液が使われているのだという。

 彼らの体液は汚れを綺麗に落としてくれる。

 あんな沼地にいるヒルだかナメクジだかわからないものの体液が石鹸などになるとは驚きである。


 クローネから聞いた話なのだが、本来のニュムパは幻惑の瘴気で感覚を麻痺させ、鋸の歯でブーツや皮膚に穴をあけて体内へ侵入し喰い破ってくるという恐ろしいモンスターだ。

 それの対策としてブーツなどに特殊な脂を塗るというのが沼地に入る時に必須準備となっている。


 しかし、ニュムパもまた進化しているらしく、体液で脂を分解して噛みついて来るようになったのだとか。

 その体液を汚れ落としに使ったら、これが大きな効果があったとかで石鹸にしたら大ヒットしたらしい。


 そんな来歴を持たれていたら俺としてはちょっと微妙な顔をせざるを得ないのだが、美しくなるため、ひいては風呂のため我慢である。


「さて、入りますか」


 服を脱いでお風呂場へ。

 大浴場である。

 これを独り占めできると思うと興奮する。


「まずは身体を洗ってからですね」


 染みついた煤を落とすように、石鹸で身体を洗う。気持ち良い。

 ニュムパ印の石鹸は、泡立ちも良く美肌効果もあるらしい。

 あの見た目から全く想像ができないほどとても良い体液だ。


「んじゃ、背中流すなー」

「ええ、お願い……」


 ん?


 振り返るとたわわが視界一杯に広がった。

 服の上からでもその美しさはわかっていたつもりだった。

 だが、生で見て、改めてわかるその神々しいまでの尊さ。


 ああ、これが誰もが求めてやまない母性の象徴。

 おっぱいなのだと……。


 そこまで一瞬で脳内を駆け巡り、クローネがそこにいることに気がついた。

 いつものツインテールが下ろされているのはすごくポイントが高い。

 なにより裸。

 なにも来てない、凄い。


「って、クローネ!?」

「クローネちゃんだよー? どしたー? そんなヤトゥマが大魔術喰らったような顔してー」


 ヤトゥマが大魔術喰らったような顔とは、いわゆる鳩が豆鉄砲を食ったようという意味合いである。


「な、なんでここに!?」

「フッ……こんな贅沢、クローネちゃんが見逃すはずないじゃーん。もちろんディラっちには言ってないぜー!」

「当り前です!」

「まーまー、ほら背中流したげるのもメイッドーの仕事だぞっ!」


 そうかもしれないが、それなら先に言ってくれればいいのに。

 心構えができていなかったところに、いきなり不意打ちを喰らっては危うく地がでてしまうところだ。


「ニメアっちゃん顔が真っ赤だぞー? 恥ずかしいのかー?」

「知りません」

「あはははー、ニメアっちゃんは可愛いなー。んじゃ、精一杯サービスしたるぜ~」


 とクローネが俺の背中を洗い出した。

 流石はスーパーメイドクローネである。


 ざぱりと背中に湯がかけられて、彼女の両手で作られたふわりとした泡で俺の背中をこすり始めた。


 ――うっ……気持ちいい……!


 クローネのしなやかな両手で背中を撫でられるだけで、得も言われぬ感覚がぞくぞくと腰辺りからら背中を昇って行く。


「いやぁ、常日頃からちゃんとしてっけど、ほんと綺麗な肌だなー。布でやるとかえって傷つくから手でやって正解だなー。どうだー、気持ちいかー? 気持ちいいなら褒めれー?」

「ん……とても、良い、です……」


 俺はまったく色々とそれどころではないので、もうヤバイ。

 女でまだ子供で幸いだった。

 これで男のままだったら、俺は狼になっていたところだろう。


 転生に感謝である。

 クローネの指を背中で味わうように集中していたら、終わったのか湯をかけられて泡を落とされる。


「んじゃ、次前なー」


 そのまま背中にのしかかるように、クローネが身体を預けてくる。

 背中にふにょんと最高のやわらかさが当たる。


 俺、ここで死んでもいい……。


 そんなことを想ってしまうほどの感触である。

 

 てか、こいつわざとやってないか? 

 挑発してるの? なんなの?


 そんな間に全身ぴかぴかに洗われてしまった俺である。

 これはもう筆舌に尽くしがたい色々があったが、鋼の精神で俺は耐えきったとも。

 ヘタレてはいないぞ。全部見たから、大丈夫だから。


「んじゃ、湯船にどーん!」


 その後、湯船にぶん投げられたのだがな。

 こいつは聖女をなんだと思っているのだ。


「んじゃ、背中つけて、頭こっちなー。髪と顔洗ってくかんなー。目ぇ、閉じとけー? 綺麗な目が傷ついたらクローネちゃんは悲しいぞっと~」

「わかりました」


 髪をしゅこしゅこ洗われるのは気持ちがいい。

 ただ、それ以上に使った湯船のことを俺は考えていた。


「ああ……」


 湯船はやはり素晴らしい。

 日本人には毎日の入浴はやっぱり欠かせないな。

 こんなお風呂に肩までつかるのは日本人だけだと、いつか誰かが言っていた気がするが、こんなに気持ちいのだから入るに決まっているだろう。


 もうこのままどろどろにお湯にとけてしまいそうである。


「お、気持ちいいのかー」

「ええ、とっても……」

「それは良かったなーっと。ん、良い髪良い髪」


 髪が終わったら顔を洗われる。

 なんだか妙にむにむにされたが、湯船に入った俺は無敵だ。

 そんなことも気にならない。


「はふぅ……」

「おお、これは大リラックス。んじゃ、クローネちゃんもおっじゃま~」


 いつの間にか身体やらを洗ったクローネが隣にやってくる。

 しまった、洗うシーンを見逃してしまった。

 今度は絶対見よう。


「なー、ニメアっちゃん」

「何ですか?」

「恋バナしようぜ!」


 唐突!

 

「恋バナ……?」

「そー、恋のお話ー。好きな人はーいるのかー?」

「いませんけど。そういうクローネはどうなんですか」

「クローネちゃんは秘密だよー! クローネちゃんは秘密が多い女だかんなー。覚えとけー?」

「じゃあ、この話ここで終了では?」

「そだなー?」


 終わった。

 特に何の考えもなく本当に唐突に切り出しただけのようである。

 脊髄で生きてるよ、この子。

 かわいいな!


「じゃあ、クローネのことを何か話してくださいよ」

「んー?」

「ここに来る前は何をしていたのか、とか。話せることだけで良いので」

「そだなー、あんま楽しいことはしてなかったなー」


 ヴェルジネ師匠が残したという時点で、おそらくはまっとうなメイドではないだろうと思っているから予想外の答えではない。

 明らかに服装が戦闘を想定していたりとか、短剣をスカートの中に隠し持っていたりとかするから、裏社会で生きてた殺し屋とかだろうか。

 ありがちかな?


「では、何か過去にあった楽しいこととかは?」

「ニメアっちゃんと出会えたことだなー。クローネちゃんは主人のご機嫌もとれるメイドー」

「別にご機嫌を取る必要はないですよ」

「それでもご機嫌を取ってしまうのがメイドー」

「好きな食べ物とかならどうです?」

「ニメアっちゃん」

「わたしは食べ物ではないですよ!」

「あはは~、わかってるってー冗談冗談。好きな食べ物は、リンゴかなー。ニメアっちゃんは?」


 ほほう、リンゴですか。

 ならクローネの誕生日を祝う時にはアップルパイでも作ってあげれば喜ぶだろうか。

 その時にはアップルパイの作り方を誰かに教えてもらって練習しなければならないだろう。

 この世界娯楽がまるでないから、料理の練習も楽しい暇つぶしだ。


「クローネのご飯ですね。どれも美味しいです」

「ニメアっちゃん好き!」


 ひしっと抱きしめられる。

 ふむ、柔らかい。

 いいね。

 柔らかい。

 良い匂い。

 柔らかい。


「クローネちゃんポイント荒稼ぎしたーぞぅー。誇っとけー?」

「そのポイント溜まったらどうなるんですか?」

「友達になれる」

「今は友達じゃないってことですか」

「今は主従だなー。クローネちゃんのお友達になるのは苦労するのだー」


 そう言われたら俄然、友達になってやろうと思えて来る。


「では、必ずお友達になりましょうね」

「クローネちゃんのお友達は苦労することになるかんなー、覚悟しとけー?」

「覚悟ならできてますから、安心してくださいね」

「……うん、安心したー」

「……さて、そろそろあがりましょうか。それなりに長く入ってしまいました。ディランにもお風呂をわけてあげないといけませんからね」

「水換えせんとなー」

「もちろん」


 聖女とクローネの出汁なんてディランには、分不相応すぎるからな。


「クローネ、明日もよろしくお願いしますね」

「おっまかせー!」


 こうして俺の風呂生活は始まったのだった。

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