第2章 偽聖女の学園編

第31話 第2章プロローグ

 パナギア大陸の南西領域には、歴史の海とも呼ばれる砂漠が広がっている。

 その砂漠にはヴェルデ歴代王朝の王墓が存在しているからだ。

 国の父とも呼ばれる王たちの墓は、今もなお大切に保護されている。


 しかし、全ての王墓を見張ることなどヴェルデ国でもできない。

 砂漠に存在する大量のモンスターの影響もあって、未だ未発見の王墓も存在している。

 そういう墓は、よく盗掘家によって掘り返され副葬品が盗み出されたりする。


 王墓には多くの副葬品があり、値打ちものは高値で売れたりするのだ。


 だから盗掘家という連中は、危険を承知で砂漠を渡り歩き、お宝が眠る未発見の王墓を探してさすらっていた。

 砂漠の蛇と名乗っている盗掘団は中でも経験豊富で、今までも数多くの王墓を発見してきた。


 彼らは今、ヴェルデ国でも辺境と称される領域で盗掘作業の真っ最中であった。

 砂を掻き出し、埋まっている王墓を探して辺り一面を掘りまくっていた。

 日も高く暑さがさらに厳しくなってきた頃、誰もが本当に見つかるのかと親方の判断を疑い出した時、ひとりの団員が大声を上げた。


「おーい。みんな、見てみろよ!」


 盗掘団はすぐに、声を上げたヒゲ面の盗掘家が今まで掘っていた場所をのぞき込む。

 そこにはヴェルデ国王家の紋章が描かれた壁画があった。

 どの時代のものかはわからないが、間違いなく王墓の一部である。


 描かれた壁画の内容はどこか不吉さがあったが、なにやら重要な墓のようであると盗掘家たちは経験でかぎ取っていた。

 こういう墓には大いなる宝が眠っているものだ。


「おら、野郎ども掘り出せ!」


 期待できるとわかれば作業もはかどるというもので、日暮れ頃には墓への入口を掘り出すことができた。

 盗掘団はさっそく中に入ってお宝を漁ろうと松明をつけだしたが、ひとりだけ気が進まないと声をあげた。


「なあ、本当に入るのか?」


 臆病な声をあげたのはヴェルデ首都のアクダルの大学を出ている、この砂漠の蛇では珍しく学のある男だった。

 食い詰めて盗掘団に入るしかなかったというのが実情で、生まれながらのアウトロー連中と比べいつもおどおどしていて臆病者だ。

 王墓に入る時には大抵このように声を上げる。


「ここまで掘っておいて帰るってのはなしだぜ、先生様よ」

「だ、だがこの入口の石像はオルディネ神の像だ」


 彼が指さしたのはコウモリの頭を持つ人の姿をした神の像だった。

 それを見た砂漠の蛇の頭は首をかしげる。


「このコウモリ頭がどうかしたのかよ」

「オルディネ神は、裁判と秩序を司る神だ。責任感が強く、夜は罪人を自ら見張ると言われているんだ」

「つまり?」

「この王墓の眠っている死者は何かの罪を犯しているんだ」


 罪人の墓というのにも押し入ったことがある砂漠の蛇であったが、その手の墓は副葬品も墓も貧相であまり良い稼ぎにならなかったことを思い出す。

 さらに身分の高い罪人は時に残酷な方法で埋葬されていて、そういうところには何らかの呪いや魔術が残っており、侵入者に手痛い代償を払わせるということは盗掘家の間では通説だった。


「でもよ、罪人たって王様の墓っぽいんだぜ。お宝もたんまりあるだろうよ」

「だ、だが、こういうのを無視するのは……」

「うーむ」


 たんに臆病風に吹かれ過ぎていると砂漠の蛇の面々は思うが、彼の知識とその臆病さが自分たちの危機を何度も救い、利益をもたらしてきたのも事実である。


「わかった、とりあえず中に入って見てくるだけだ。お宝があっても触らない」

「えー、そりゃないぜお頭」

「問題ないって確認がとれりゃ取って行けばいい。大した手間じゃねえ。それに死んだら遊べねえんだ。わかってんだろ」

「へいへい、言ってみただけっすよ」


 砂漠の蛇は経験豊富な盗掘団だ。

 触ってはならないものがあることを知っている。

 そういう禁忌にされている話はバカにできないものだ。


 モンスター溢れる砂漠の中でお宝を探し当てて、金を稼ぐには慎重すぎるくらいがちょうどいい。

 先生が、危ないかもしれないというのならそれは本当に危ない可能性があるということだ。


「それじゃあ、全員松明と武器を持っとけ。宝には触るんじゃねえぞ」

「「うーっす!」」


 武装と松明をしっかり持って砂漠の蛇は墓の中へと進入を果たす。

 長い階段を入った先は大広間が待っていた。


 ひんやりとした空気が充満している。

 砂漠の夜は冷えるし、こういう墓の中は日の光が入らないし地面の下だからより一層冷える。

 古びた古代のカビとホコリ臭さが鼻孔を突く。


「旧い墓だこりゃ」


 頭は鼻をすんとならして呟く。

 経験豊富な盗掘家はそこに充満する臭いで大まかな時代がわかったりする。

 頭が嗅いだのは、どこの墓でも感じたことがないような古さだ。


「もしかしたら、初代王朝時代かもしれねえな」


 頭が髭をかきながら部下どもへ言う。

 主にそれを理解できるのは先生だけだ。


「初代王朝……ヴェルデ1世の時代ですか。ヴェルデ国の黄金時代ですね。その時期は砂漠はなく、緑豊かでたくさんの鉱山などがあり金銀財宝で作られた宮殿が建っていたなどと言われています」


 望み通りの答えが返っていて頭は笑みを作る。

 部下どもも金銀財宝と聞いて浮足立つ。


「落ち着けよ。墓の中に何があるかわかんねえんだ。言ったことを忘れるなよ」


 念押しして、墓の中を進む。

 壁画には数多くの文字や絵が描かれているようであるが、長い年月の末、ほとんどが薄れてしまったようだ。

 ここには柱と空間があるだけで他には何もないようで、盗掘団は落胆しながらも奥へと進んでいく。


 暗く澱んだ空気の充満した狭い通路を進めば、再び広い場所へと出る。


「おい、見ろよ、お宝がたくさんあるぜ!」


 そこには莫大な量の金銀財宝が山となっていた。

 一生を何度繰り返しても遊んで暮らせる額になるだろう。

 煌びやかな宝石で着飾れば、あらゆるすべてが思い通りになるに違いないという魔性の輝きを秘めていた。


 他にも朽ちてはいるが、様々な日用品なども置いてあるようだった。

 そちらは学者に売れば金にもなるだろう。

 ここは古い遺跡だ。

 そういうのが好きなアクダル大学の学徒どもは、我先にと歴史的発見を求めてこぞって買い取りに来るに違いない。


「冥界に行くために、現世の持ち物を置いて行く間だ」

「だろうな。ってことは、この先にこの墓の持ち主様ってのがいるわけだ。さっさと確認して安全だったら宝を持って出るぞ」


 団員は全員が頷いて問題が起きないことを祈って先へと進む。

 次の広間は広大すぎる空間だった。


 部屋の中央には棺が安置されており、それ以外は全て奈落のように床がない。

 わずかな一本道だけが、棺へと繋がっている。


「おう、こりゃすげえな」

「こんな墓は見たことないぜ……。先生、棺を見に行くぞ」

「あ、ああ」


 頭と先生が棺を見に行く。

 通路は狭いがしっかりしているらしく崩れる心配はなさそうだった。

 棺には一文だけ文字が刻まれていた。


「どうだ、先生。なんて書いてあるんだ?」


 棺に残った文字は、旧い文字であるが読めないことはなかった。


「ええと、この者の名を呼ぶべからず。この者、この棺を開けた者を殺し、魂を喰らい、この世に舞い戻るであろう。さすれば世を滅ぼす災厄となる」

「警告って奴か。まあ、棺を開けなければいいってことだな。なら、宝は持って行っても構わんだろう。お前ら! 宝を運び出せ!」


 危険はあるかもしれないが、山となった金銀財宝を頭とて諦めきれなかったのである。

 部下たちは喜び勇んで元来た部屋に戻り、金銀財宝を運び出しそうとする。


「……」

「どうしたよ、先生。棺さえ開けなきゃ大丈夫だって」


 その中でも先生だけは心配そうな顔をしていた。

 臆病は良いが、すぎるのもな、と頭が思ったところで部下どもが本を先生の前に持ってきた。


「見ろよ、先生! 先生の好きそうなもんがあったぞ!」


 そうやら浮かない顔の先生を気遣ったのか部下たちが、彼の好きそうなものを持ってきたようであった。


「おお、これは!」


 先生もようやく暗い顔からいつもの調子に戻る。


「ほう、これはこれは……イードールム・ヴェルデ1世の書……?

!」

『我が名を呼んだな』


 良いことだと、頭が思った時、急にすべてのたいまつが消えて暗闇が訪れた。


「おい、なんだ!」

「わ、わからねえ、急に火が消えちまって!」


 右往左往している間に、地獄の底から響くような声がした。


『ほう、生者がこれほどとは……素晴らしい。素晴らしい供物だ。我が子らは良い働きをするものだ』


 何を言っているのかまるでわからない声とも違う奇形の咆哮が響き渡る。


「ぎゃああああ!?」

「ぐあああああ!?」


 部下たちから悲鳴があがった。


「おい、どうした、何があった!」


 悲鳴は次々にあがり、どんどん静かになっていく。

 慌てて剣を抜いたが、暗い中で振り回しても何にも当たらない。


「あ、ああああ、やはり、入るべきじゃああ!?」


 最後に先生の悲鳴の後に部屋の中は静まり返った。


「なんだ、おい、何かいるなら出てきやがれ!」


 そう剣を振るった瞬間、腕を掴まれた。


『貴様で最後である』


 そこには砂の怪物がいた。

 悲鳴と同時に、己の中の全てが奪われたと同時に頭の意識は潰えた。


 怪物は人の形をしていた。

 どうやら人の骨と砂でできているらしい。

 ごきりごきりと首を慣らして声の調子を確かめていた。


「ふむ、随分と時が経ったようだ。しかし、こうして余は冥界より舞い戻った。待っているが良い、我が最愛のエスタトゥア」


 そう地の底から響くような声で砂を揺らしながら怪物はゆっくりと歩き出した――。

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