5

 選考に掛けられる六人はいずれも逼迫した実力を持つ。誰が西の魔女になっても不思議はない。


「では、どう決めるか?」

サリーが続ける。


 神秘力を扱うことにかけては六人とも比べようがないだろう。それぞれに得手不得手があり、違う力を持っている。それを秤にかけるのは至難の業だ。価値が違うのだから。


「たとえばニアは火に強い。マリの風を操る力は誰にも負けない。火は風により燃え上がり、風は火により熱を持って強化される。だが、火は風を燃え尽し、風は火を吹き消す。どちらがより強いと、どう判断できる?」

だから選考基準は神秘力を扱う力ではない。では何を基準とするか。


「知識と判断力。そして、西の魔女になるのに必要なもの」

「西の魔女になるのに必要なもの、って?」

いつの間にか泣き止んでいるニアが問う。


「うん、それが僕にも判らない」

サリーの答えに、

「ひょっとしてマリにだけ教えるつもりとか?」

とニアが食い付く。


 そんなつもりならマリにだけこの話をすればいいんじゃないかな? とサリーが微笑めば、それもそうか、とニアも納得する。


「僕が思うにはだね」

サリーが私見を披露する。

「現西の魔女の得意なことは何かを考えれば答えが出るんじゃないかな」


もちろん、神秘力そのものってわけじゃなく、それ以外で。でも付随する力は関係するかもしれない。


「たとえば西の魔女は動物との会話が得意だって聞いているから、そんなのも必要かも」

私、動物、苦手なのよね、とニアが言う。


「だったら練習しよう。丁度いい先生を知っている」

と、サリーは赤金あかがね寮の寮長ホビスを連れてくるようになった。


 ホビスは何も聞かされず連れてこられたようで、ニアとマリを見て

「二大魔女が揃っている」

と最初は青くなった。

「あら、私が怖いの?」

とニアが脅すので、余計縮こまる。


 自分で脅しておきながら、ニアは

「大丈夫、私は怖くない魔女よ」

と笑う。ホビスは

揶揄からかわないでよ」

と半泣きだったが、サリーに促され、周辺から小動物を次々呼び出してくる。


「ホビス、あなた凄いのね」

混ざりのないニアの称賛に悪い気はしないようだった。


 そんな日々が何日か続き、ニアはサリーとも打ち解け、ニアとマリはホビスとも打ち解けた。


 相変わらずニアとマリの内緒話は続いたが、そこにサリーとホビスが加わるときも増えていった。そんなある日、思いもよらない客をサリーが連れてきた。


「ビリー……」

呆気に取られてニアはビリーを見つめる。ビリーは気まずいのだろう、そっぽを向いてニアを見ない。


 何でビリーを連れてきたの? 大人しいマリもさすがにサリーに抗議する。

「ビリーがニアと話がしたいって」

僕たちは少し席をはずそう。有無を言わさず、サリーがマリの腕を取り、秘密のベンチがある囲いからマリを連れ出す。残されたビリーはしばらくそっぽを向いたままだった。ニアはどうしてよいか判らず、ドギマギするだけだ。


 やっと忘れかけたのに……今さら何を話したいというのよ? そう言いたいのに、言いたくない。言えばまた泣き出しそうだ。


 そしてビリーがやっとニアに向き合い、口を開いた。

「サリーのヤツ、余計なことをキミに言ったそうだね」

そんなこと、そんなこと。ビリーがギルドの制約に縛られたって、私には関係ない。だけどニアは言葉にできない。


「そしてヤツは僕にこう言った。『ニアを騙したままでいいのか』ってね。その時、僕はようやく気が付いた。サリーに感謝している」


 僕がキミに送った手紙に嘘はない。もっと早く手紙を書けば状況はまた変わっていたかもしれない、とも今さら思う。だが過ぎたことは取り返せない。ずっとキミに憧れていた。そしてキミは僕が思っていた通り、強く逞しく気高い人だった。


「思っていたような人ではなかった、というのは本心じゃない。僕が自分にそう言い聞かせたかったんだ」

そしてキミは決して我儘なお嬢さんではない。誰よりも誇り高い魔女だ。


「キミが僕に詰め寄ったとき、そう言えればよかった。だけどあの時はまだ、自分の処遇に戸惑っていた」

求められるように行動することは幼いころから身についている。だからジョゼに近づくのはさほど辛い事ではなかった。けれどジョゼに笑顔を向けるたび、何かが違うと感じていた。そんな時にキミは僕に詰め寄った。


 キミの顔を見た時、僕がジョゼに感じる違和感はキミを諦めきれていない自分にあることに気が付いた。


「僕はキミを諦めるために、あの言葉がキミを傷つけるのだと気が付かないまま、あんなことを言ってしまった」

全て言い訳に過ぎないと判っている。僕はキミに謝りたい。キミを傷付けるために、あんな事を言ったのではなかったんだと。そして、それとは別に、僕はキミの幸せを本心から願っていると、キミに伝えたい。


「今さら何も変わらず、キミが傷ついた事実も消えない。キミを騙したままでいたくない、そんな僕の自分勝手な我儘だ」

キミに許しを請うほど僕も図々しくはできていないようだ。恨まれても憎まれても仕方ないと思っているよ。最後にビリーはそう言った。


 去ろうとするビリーをニアが呼び止めた。

「一つ訊いていい?」

振り返るビリーにニアはこう尋ねた。


「それで、今は? 今はジョゼを愛しているの?」

「ジョゼは……僕が守らないと生きていけない。そんなジョゼを僕は守りたい。その思いが愛ならば、僕はジョゼを愛している」

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