第51話こんなにも可愛いと思ってしまう

 目の前にいる彩音は暴力に魂を奪われたゴリラなのだから。


 いくら人に慣れていようとふとした瞬間に野生を取り戻し、一瞬の気の緩みが大事故につながる。


 それが家畜化されていない野生動物というものなのだ。


 しかし、それでも、どんなに目の前の彩音に隙を見せてはいけないと思い注意していたとしても、今日の彩音は大丈夫なのではないだろうか? というなんの根拠もない漠然とした思いが湧き上がって来る。


 きっとこれはわんぱく園という場所とノスタルジーに浸ってしまったせいに違いない。


 そんな事を思っていると彩音が腕を組んできて、俺の身体に彩音の柔らかい部分が当たって来る。


「なぁ、彩音」

「何?」

「胸が当たってるんですけど?」

「あ、当ててんのよ。 言わせないでよ恥ずかしいから」


 その事を指摘すると、彩音は当てているのだと返してくる。


 これは果たして彩音の言う『あの頃』に当てはまるのだろうか? 断固抗議したいのだが、この柔らかさを許されるのならば堪能していたいという欲望に負けてしまい俺は口を紡ぐ。


 今思えば暴力を振るわれるからという理由以外で諦めるのはいつぶりだろうか。


 しかしながらそれが自身の性欲というところが俺の情けなさを映し出す鏡のようでいたたまれない気持ちになって来る。


「ねぇ、先ずは動物コーナーから周らない?」

「良いけど、あそこ爬虫類多かった記憶があるのだが大丈夫なのか?」

「だ、大丈夫じゃないけど健介と一緒なら大丈夫」

「何だそりゃ」


 そして俺は彩音と一緒に動物コーナーへ向かうのだが、歩くたびに隣から女性特有の甘くて良い匂いが漂って来ては俺の脳を刺激して来ると共に彩音も女なんだなと意識してしまう。


「どうしたの? さっきから私ばっかり話ているけど、つまらない……かな?」


 そう不安げに上目遣いで聞いて来る彩音を見て俺は、自分でも分からないのだけれども何故だか無性に守ってあげたいと思ってしまう。


 むしろ何かあった時どちらかと言えば俺が守られる側だというのに、何故だかあの瞬間俺が守る方がシしっくり来てしまった。


「いや、むしろ普段より全然楽しいよ」

「ホントっ!?」


 そして聞こえるか聞こえないかくらいの声で「よかった」と呟く彩音。


 あぁ、今日の俺はどうかしている。


 あの彩音をこんなにも可愛いと思ってしまうのだから。


 きっとこれが俗にいう吊橋効果なのだろう。


 そう分かってはいても一度可愛い異性として認識してからはもう、前の感覚に戻すこともできず、なんとか彩音にその事を気付かれないようにするのが精いっぱいであった。

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