第12話 感傷的なシンセシス


  ※※※※


 アヲイはベッドの上に立ち上がったまま、周囲を見回した。ミンミとビリーが驚いた顔でこちらを見ている。ニーニャとタマキもゲームの手を止めていた。そして、キッチンにいるハナコが心配そうにこちらを見つめている。

 どうやら夕食は終わり、ハナコはアリスと二人で片づけをしていたらしい。

 左側のこめかみが、キーンと鳴る。

 夢の中では、さっきまでアヲイの脳に、六人の女たちの記憶が流れ込んでいた。

 赤羽の路地裏で従業員に蹴られ続けた風俗嬢のアリス。川越市の道端で恋人に殴られたニーニャ。地元の不良にマワされていたハナコとタマキ。片想いをしていた男に騙され借金を肩代わりしていたビリー。

 そして、芸能界の夢を見ながら、いつかデビューできると信じて事務所経営者の愛人をしていたミンミ――。

 彼女たちには、それぞれトワに拾われるまでの経緯があって、トワから離れていかない動機があった。

 その全てをアヲイは自分のことのように「思い出す」ことができる。

 哀しい、と感じる。

 けれど、以前のようには、その哀しみを吐き気とともに拒絶しなかった。

 なんでだろう。

 アヲイはミンミに「トワは?」と訊いた。

「あいつはいないの?」

「仕事に出てるよ」とタマキが説明した。「まだ帰ってきてない。レインさんと飲んでるんじゃないかな」

「ふうん」

 アヲイはベッドから降りた。自分が裸足だと気づく。

「ま、いいや」

 アヲイはそう呟いて、誰に言うともなく言った。「じゃあトワに伝えといて。私がずっとこの部屋にいたことは誰にも言わないから、安心しとけって」

「なにそれ?」

 訊いてきたのはニーニャだ。アヲイは向き直る。

「――えっと、話をおおごとにしたら、皆がここに居づらくなっちゃうかなって」

「はぁ?」

「皆の生活を壊したいわけじゃないんだよ。皆はここにいたいんでしょ?」

 アヲイが微笑むと、ニーニャはそれ以上は追及してこなかった。

「ねえ」とハナコが言う。「アヲイちゃん、ホントに出ていっちゃうの?」

「うん、そうだよ」

 アヲイは頷く。「できれば、今すぐにでも出ていく」

「そんな――」

 ハナコは慌てた様子だ。

「この話って、トワ様が帰ってきてからじゃダメ? 私たち、アヲイちゃんが出ていこうとしたときのことなんて、聞いてないよ」

「私が暴力をチラつかせて強引に出ていっちゃったことにすりゃいいよ」

 アヲイはそう答えた。

「そうすれば、まあ、皆は悪くないしさ」

 静かになった。

 ――たぶんトワの考えでは、今の私は薬の副作用でぐっすり眠ってる予定だったんだろう。だからこの子たちは何の指示も受けてない。

 アヲイは軽くため息をつく。

 ――トワ。お前は私に執着してたみたいだけど、私はお前に何の関心もないんだよ。だから、この子たちと仲良く暮らしててくれ。

 さよなら。

 そうして、アヲイが部屋の出口に向かって歩こうとするかしないかのうちに、

「イヤだ」とビリーが叫んで、彼女のことを後ろから抱きしめた。

「アヲイ、出ていくなんて言うなよ。ずっといっしょにいようよ。なんでここで皆で暮らしていくのじゃダメなんだよ!」

「ビリー?」

「好きだよ」

 とビリーは言った。

「好きなんだよ。男の人への好きはトワ様だけど、女の子への好きがアヲイで埋まっていっぱいになってるの」

 アヲイは彼女の腕を優しく引き離して、向き合う。ビリーはもう泣き出しそうな顔をしている。

 アヲイはビリーを正面から抱きしめた。

「好きって言ってくれて、ありがとう」

 彼女の褐色の背中を撫でて、肩のあたりをぽんぽんと励ます。

 アヲイはビリーの耳に口を寄せた。

「嬉しい。でも、ごめん」

 そうして、スローモーションで離れる。

「私、好きな男の子がいてさ。そいつに会いたいから、ここは出ていかなくちゃいけない。今日やっと分かったんだ、それが」

「そんな――」

 ビリーが顔を両手の平で押さえる。

 そんなアヲイに、


 アリスが「馬っ鹿みたい!」と吐き捨てた。


「何の意味もないよ。そんなの。ここでトワ様に守られてるのがいちばん安全なのに、何で分かんないの!?」

「アリス?」

「アヲイが好きなその男の子が、アヲイの気持ちにいつだって報いてくれるわけ?」

「私は、報われたいわけじゃないよ」

 とアヲイが答えると、アリスは腕の包帯を引き剥がして立ち上がった。

「その男の子が、同じくらいアヲイのことを想ってるなら、なんで今ここにアヲイを助けにきてないの!? どうでもいいんだよ、アヲイのことなんてさ!」

「私は、助けてほしいわけじゃない」

「本当の愛情と偽物の区別なんかつかないじゃん! あたしバカだもん! どうせ自分の頭で考えたって幸せになんかなれない! じゃあずっと不自由でいいの! トワ様がいればバカでもいいもん! ほんとはアヲイだってそうなんでしょ!? なんでアヲイは信じられるの、そんな男の子のこと!」

 アリスが癇癪を起こして、何度も地団駄を踏んだ。

 アヲイは首を振る。

「アリス、あのね、――私は別に幸せになりたいわけじゃないよ」

「はあ?」

「幸せなときも不幸なときも、ユーヒチといっしょにいたいんだ。たぶん、それだけ」

 そう答えると、アリスが両目からぼろぼろと涙を溢れさせる。

「アヲイの言ってること、ぜんぶ間違ってるよお!」

「だろうね」とアヲイは言った。

 別に、正しい生きかたをしたいわけじゃない。

 アヲイはハナコを見て、「ごはん、美味しかった。あんまり食べられなくって、ごめんね」と言った。

 返事はない。

 ――さてと。

 アヲイはマンションの玄関を目指し、とりあえず、その場にあるサイズの近そうなスニーカーを履く。

 そうして、ドアを開けた。


 正面にトワが立っていた。

 仕事から帰ってきたんだ。

「どうしたアヲイ? 買い物か?」と彼は言った。


  ※※※※


「トワ、あのさ――」とアヲイが話そうとすると、

「買い物なら他の女にさせとけよ」

 と、ほとんど遮るようにトワが喋った。

「アヲイ、お前はまだ有名人だ。誰かに見られたら騒ぎになるぜ」

 そうして、彼はその場を動かない。立ちふさがっているとアヲイは感じた。

「トワ、私はここを出てくよ」

「え?」

 トワは、きょとんとした顔を浮かべた。ほとんど予想外という感じだったらしい。

 アヲイは部屋のほうを親指で示す。

「あの子たちともちゃんと話はつけといたよ。皆いろいろ引き留めてくれたんだけど、私は、ユーヒチのところに帰るよ」

「ユーヒチ?」

 そう呟いてトワはこめかみをかく。

 アヲイは、不思議とトワへの憎しみを抱けない自分に気が付いた。以前の彼の言葉にも、なんとなく納得しているからか。

 ――たしかに、私とトワはほとんど同じだ。脳ミソはイカれているし、どこに行っても世間の邪魔者だ。

 でも、ユーヒチは私を見つけてくれた。

 どれだけ大勢の人に疎まれても、悪意まみれの誤解をされても、私を生きる理由にしてくれる人がいるなら、死なないでいられる。

 私たちは、お互いをお互いの生きる理由にしたから。

「トワ、安心しろよ」と彼女は言った。「ここにいたことは誰にも言わない。あの子たちの生活は脅かしたくないんだ。お前もせいぜいあいつらと仲良くやれよ。私のことは、忘れろ」

 トワはアヲイを見つめた。

 彼の両目が奈落の淀みに戻っていくみたいだった。

「ユーヒチって誰だ」

「え、私の好きな人」

「お前はおれの女だろ、アヲイ」

「誰がいつ認めたんだ、そんなこと。バーカ」とアヲイは言った。「お前のことなんか何とも思ってねえよ。いいからさっさとその道開けろよ」


 ――バシッ!


 という音が響いた。視界が揺れる。アヲイは数秒間、何が起きているのか分からなかった。体がバランスを崩して後ろに倒れようとする。慌てて足を動かし、土足のままフローリングの廊下を二歩、三歩と後退していく。左の頬に鈍い痛みが走った。

 トワが平手でアヲイの顔を殴った衝撃だった。

「てめっ――」

 アヲイが体勢を立て直す間、トワは律儀に靴を脱ぎ、距離を詰めてくる。

 ――六人の女たちは固まっていた。

 アヲイはダイニングテーブルにジャンプして上がり、――靴が脱げる――手近にある椅子を掴んでそれでトワを殴りつける。彼はそれを左腕のガードだけで防いだ。ごとん、と音を立てて椅子が床に落ちる。

 アゴがガラ空きだよ、ボケ! アヲイはトワの顔面を蹴り上げた。まだだ、こいつは一発じゃノびない。もう片方の足のつま先で、今度はトワの喉仏を突いた。

 その勢いで、トワが壁に背中をぶつける。架けられていたカレンダーが外れてバサササ――と崩れ落ちた。

「なんだよ、アヲイ」と彼は言った。「遊びたいなら最初からそう言えよ。はは」

「死ね! ゴミ野郎!」

 アヲイはダイニングテーブルの上で別の椅子を選び、トワの顔面めがけて投げつける。今度は両手でガードされる。その間隙に飛び掛かって、椅子が落ちるか落ちないかの刹那に鼻っ柱に膝を当てる。

 着地。

 からの上段回し蹴り。

 トワの首筋、頸動脈付近にアヲイの足の甲が当たる。

 やったのか?

 ――油断するな。

 アヲイはトワに当てた足の指を彼のうなじに引っかけ、もう片方の足で反対側から蹴り上げる。両足で挟むと、体を起こしてトワの頭を両手で掴んで、そのまま体重をかけて引き倒した。

 フローリングの床、びたんっ、と鳴る。

「はぁ、はぁ――」

 薬と栄養ゼリー頼みな生活のせいで、体力の消耗が激しい。めまいがする。トワは顔面から床に叩きつけられ、動かない。アヲイは呼吸を整えながら、ゆっくりと立ち上がった。

 さっきまで暖かった部屋に、血反吐が広がっている。

「トワ」と彼女は呼びかけた。「私はお前のモノじゃない」

 ミンミのすすり泣く声が聞こえた。

 アヲイは言葉を続ける。「私はユーヒチのモノだ。何回生まれ変わったって、このカラダはあいつのものなんだ。私の意志で決めたんだよ。お前の好きにはできない」

 そのとき。

 トワがアヲイの左足首を掴んだ。

 反応する間もなくアヲイは引き倒され、次の瞬間、力任せにベッドに向かって投げつけられた。

 頭をヘッドボードにぶつけ、意識が混濁する。

 その隙を狙って、トワが覆いかぶさるように四つん這いになって彼女の自由を奪う。

 細い首をゆっくりと絞められ続けた。

「アヲイ、だめだ」とトワは言った。「お前は、ずっとここにいるんだよ」

「がああああっ!」

 アヲイは自分の首を絞めるトワの両腕を掴む。爪を立てて、血が溢れ出す。なのに、彼は全く力を緩めてくれない。

 トワは嘲笑った。

「そんなにユーヒチが大事か? だったら、助けを求めてみろよ。ここには来ないぜ。代わりにおれが呼んでやろうか?」

「てめえ!! ブッ殺すぞ!!」

「ハハハハハ!!」

 そうしてトワは、わざとらしい大声で、

「ユーヒチ! なあユーヒチ! お前の大好きな女の子がおれに犯されちゃうぜ!? いいのかあ!?」

 と叫んでから、当然、何の反応もないことを確認して、

「いいんだってさ」と笑った。「ゴミ野郎だな」

 アヲイは悔しさで歯を食いしばる。

「クソッ! クソッ! クソッ!!」

「アヲイ、素直になれよ。お前に帰る場所なんかない。おれと同じだ」

 ぎりぎりぎり、と、絞める力が強くなる。

 アヲイは最後の声を出す。

「ユーヒチが、私の居場所だ」

「ああ?」

「ユーヒチが、私の帰る場所になるんだ! ――お前なんかといっしょにすんな!!」

 と彼女は絶叫した。

 喉の奥に血が溜まっていく感覚がある。

「だめだ。なんだよそれ、だめだ」

 トワはそう言った。

 アヲイの顔に、ぺしぺしと液体が落ちる。

 トワの涙だった。

「アヲイ、お前、お前もおれを捨てるのか? おれのこと、ゴミみたいに見捨てるのかよ、アヲイ!」

「かはっ」

 アヲイの脳に酸素が足りない。意識が遠のいていく。体に力が入らない。ぜんぜん動けなくなっていく。

 アヲイは、不意に、

 ――ああ、これマジで死ぬかもな、

 と思った。

 だから、最後くらいカッコつけてやろうとボンクラな脳ミソで思って、ニヤニヤと笑ってみせた。そうして、トワの顔面に唾を吐きかける。

「くたばれ、バカが」

 アヲイの言動に、トワが逆上していくのが分かる。

 彼が「そうかよ」と言った。

「じゃあ――死ねよ」

 首を絞める力がさらに強まる。

 あ、やばい、ガチで死ぬ――。

 アヲイがとうとう抵抗できなくなる、そのときに、


「嫌ああああああああ!!!!」

 アリスが泣き喚きながら、作業部屋から持ち出したGibson Flying V 2016のエレキギターでトワの後頭部を殴りつけた。


  ※※※※


 Gibson Flying V 2016 で後頭部を殴られたトワは、しばらく動きを止めた。そして、アヲイの首を絞めるのを止めて振り返る。

 アヲイも動けなかった。

 ――アリス、何やってんだよ。

 トワが「アリスか?」と訊いた。幼い子供が母親から急に殴られたような、邪気のない、悲しい瞳で彼女を見つめた。

「なんでだ、アリス」とトワは言った。「なんでお前が邪魔すんだ」

 彼は、無防備だった。

「ああああああああ!!!!」

 アリスはもういちどフライングⅤを振りかざして、今度はトワの顔面をそれで殴りつける。彼の体がベッドから離れて、部屋の片隅に吹っ飛んだ。近くにあった本棚から文庫本が崩れ落ちる。

 本は、ミンミのコレクションだった。志賀直哉。川端康成。大江健三郎。坂口安吾。古井由吉。ドストエフスキー。カフカ。プルースト。ジョイス。ベケット。そしてヴァージニア・ウルフ。

 トワはアリスに殴られた衝撃で意識を失ったのか、もう起き上がらない。それでも、アリスはエレキギターを抱えたまま彼に近づいていく。とどめの一撃だ。

 ミンミが、アリスの振りかざすギターを掴んだ。「もうダメ! アリス! これ以上やったらトワ様が死んじゃうよ!」

「うううううううう!」

 アリスの顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになる。「なんで! あたし、なんでこんなことしてるの!?」

 混乱。

 タマキが歩み寄ると、アリスの頬を張り倒した。

「アリス!」と彼女は怒鳴った。「てめえトワ様殺したら今度はアタシがてめえ殺すぞ!それでいいのか!なあアリス!マジで殺るぞコラ!!」

「あ、う、ああ」

 タマキの啖呵で、ようやくアリスは勢いを失い、ギターから手を離した。

 がしゃん、と弦が鳴る。

 アヲイは、咳き込みながら起き上がった。

 助かった。生きてる、と思った。

 部屋ではトワが気を失っていて、アリスが泣いてうずくまっている。

 と思うと彼女はアヲイを睨んで、

「お前のせいで」と言った。「お前のせいでトワ様が変になっちゃった! 出てけ! さっさと出てけよ! アヲイ!!」


「ごめん」

 アヲイは立ち上がる。

 そうしてやっと、トワの部屋から出ていくことができた。


 内廊下は、ほとんどビジネスホテルの外観を変わらないように見える。迷宮っぽい。どっちが階段で、どっちがエレベーターなのか初見では分からなかった。

 すん、と嗅ぐ。廊下は新車みたいな独特の匂いがした。

 どこに行けばいいんだろう?

 そう思っていると、

「こっちだよ?」という声がする。

 聞き覚えがある女の子の声だった。

 そちらを向く。

 神薙ナクスがその場に立っていた。「アヲイ、エレベーターはこっち。はやくおいで?」

「あー、うん」

 アヲイは歩いていく。でも一瞬だけ、トワの部屋があったほうを振り返った。きっと六人の女たちはずっとあそこにいるんだ。

 ――トワ。

 とアヲイは思った。お前、男に殴られていた女を助けてそれ囲って、その小さな城で王様になったつもりだろ。でも、お前がやってることはそいつらといっしょだよ。

 じゃあな、クソッタレが。

 そうしてアヲイは、ナクスに導かれてエレベーターに乗った。ここが42階なのだと初めて知った。

 先にエレベーターにいたナクスが「1階でいいよね」と言って、ボタンを押した。

 アヲイはふと気になって「どうして来てくれたの?」と訊いた。

「ユーヒチにふられちゃったの」とナクスは笑う。「だからね、まけおしみにきたんだ」

「勝ちとか負けとかじゃないよ」とアヲイは言う。これは本心だった。

「あーあ」とナクスは言ってから、「アヲイ、あいつのこと、よろしくね?」と微笑んだ。

「おうよ」とアヲイは頷く。

 エレベーターが動き始めた。

「ナクスは成仏しないの?」

「なにそれ」とナクスは歯を見せる。「しんだにんげんはしにつづけるだけだよ。じょうぶつは、いきてるがわのはなし」

「へえ」

 この世に未練がある幽霊はいない。あの世にいかないでほしいと願う、生きた人間がいるだけだ。そういうことなのだろうか。

 ナクスはスカートをいじっている。「ユーヒチと、もうあえないのはさみしいけど、アヲイのこと、きにいったから、ときどき、あいにいってあげるね?」

「ありがとう」

 エレベーターが1階に着く。

「ねえ」とナクスが訊いた。「もう、ユーヒチとえっちした?」

「した」

「ユーヒチのちんこ、いいでしょ?」

 ナクスにそう言われ、アヲイは思わず笑った。結局、そういう体の相性みたいなことも含めてユーヒチが好きなのだと改めて思えた。

「良いね」とアヲイは答える。

 そうして彼女はエレベーターを出た。しばらく歩き続けてから振り返っても、ナクスは、エレベーターの中から手を振り続けていた。

「ツァイチェン」とアヲイは言った。

 浅草の夜の街に出た。空気が冷たくて気持ちいい。体の感覚がゆったりと都内ぜんぶに広がっていくのをアヲイは感じ、目を閉じる。

 これ、あのライブのときと同じだ。空気の振動を全部感じて、音が分かる。この東京の全てを自分のステージみたいに感じられた。喧噪。車の音。宣伝の声。

 ――リョウが泣いている。

 それだけ分かった。

 アヲイは目を開く。ここに生きている。ここに存在して息を吸う私の肉体が私の意識とズレていない。

 そのとき、一台のモーターバイクが爆走してマンションの前に停まった。

 カワサキのNinja250だ。ライダーがフルフェイスヘルメットのバイザーを開く。

 その顔は西園カハルだった。

「――アヲイか!」とカハルが言う。「こんなとこでなにやってんだよ!」

「え」

 私は、なにやってんだろ? ははは。

 アヲイはカハルのバイクに近づく。「帰ることにしたんだ。ちょうどよかった。後ろに乗せてよ」

「アホか?」とカハルは毒づいた。「今までどこで何やってたんだ。全部説明しろよ」

「走りながらね」

 そうアヲイは笑う。そして、カハルの許可を得ないまま後部席に腰かけた。「いいねー、出発レッツゴー!」

 カハルが舌打ちしながらエンジンを吹かす。「しっかり掴まってろ、アヲイ、ブチ飛ばしてくぜ!」

「オッケー」

 アヲイはカハルの体にちゃんと両腕を回し、その身を委ねる。二輪のタイヤがアスファルトと摩擦を起こしてギャギャギャギャギャみたいな音を鳴らした。そうして浅草の道路を走り出す。

 カハルは笑った。「いいね! 最高の気分だ、このクソカスが」

 アヲイも笑った。「街が静かすぎるよ」と言った。「せっかく無敵のロックスター様が戻ってきたって言うのになあ!」

 ――こうして二人はリョウの住む阿佐ヶ谷に向かう。


  ※※※※


 同時刻。

 結局酔いの回りすぎたモモコは、肩や腰をガロウに支えられながら国分寺、彼のアパートに転がり込んだ。

「モモコ、風呂入れるか?」

「んー、無理です」

「しょうがねえな。T大の女って皆こうなのか?」

「だと思いますよ。えへへへへ」

 モモコは機嫌よく、へらへらと笑った。

 ガロウはモモコを丁重にベッドに寝かせる。男の人の匂いと、少しだけ煙草の香りがした。

「オレはシャワー浴びてくるから、寝てろ。水飲みたかったら冷蔵庫は勝手に開けていい」

「はーい」

 そしてガロウはシャツを脱ぐ。NirvanaのバンドTシャツ。両目がバッテンマークになった、顔文字みたいなやつだ。

 モモコは顔を起こす。ガロウが風呂場の明かりを点けると、彼の、筋肉質で適度に引き締まった細い上半身が光に照らされて見える。

 背中に傷跡があった。大昔のものだろう、今はちょっと色が変わって皮が突っ張っているだけで、暗闇では目を凝らさないと分からない。

「ガロウさん」とモモコは呼んだ。

「ああ?」

「何です、それ」

「見てたのか?」とガロウは振り向く。

 照れくさそうな、というか、モモコには知られたくなかったというような表情だった。

「母親に刺された」

「なんで」

「『もうアンタとはセックスしたくない』って言ったら逆ギレされてよお」

 そうしてガロウは、なぜか、恥を隠すみたいに笑った。「母親の性処理係だったんだよな、オレ。父親は転勤族だったから、そんなの知らねえし」

 ――ガロウの話では、運よく帰ってきた父親のおかげで彼は助かって、母親は今は病院で適切な治療を受けているということだった。

 モモコは、完全に酔いが醒めていく自分が分かった。上半身を起こす。

「そんなこと」と彼女は言った。

「ああ?」

「そんなこと、ヘラヘラ喋ることじゃないですよ!」

「うるせえなあ」

 ガロウは言った。「全部終わったことだよ。オレは気にしてないんだし、どうでもいい。だって、バカみてえだろ?」

「何がバカなんですか? 私がですか!?」

 モモコは、自分の痛みに気づくこともできないガロウが許せない、と感じた。感情的になるな、と自分に言い聞かせても、酔いのせいで頭が緩んだせいだろう、涙が溢れて止まらなかった。

 ガロウが焦る。「おい、何だよ。どうしたんだよ」と言いながら、彼はモモコに駆け寄った。「なんで泣くんだよ。意味わかんねえよ」

「どうしてそこで慌てるんですか!」

 モモコは、それがさらに悲しくて、取り乱す自分を抑えられない。

「ガロウさん、ナンパでいっぱい女の子を食いものにしてきたくせに、だらしないクズ男だったくせに! ガロウさんの傷で泣いてくれた子は今までいなかったんですか! そんなの酷いですよ!」

「――はあ? マジでどうした、モモコ?」

 ガロウはずっと慌てふためいたままだった。

 自分のために泣く女を、彼は知らないのだ。

「早く泣き止めよ、どうしたらいい? ああもう、分かんねえよ、モモコ。――頭いいなら教えてくれよ」

「分かんないよお」

 モモコは蹲って声を漏らす。この人、ほんとにバカだなと思った。すごい大バカだ。

 ――私は、いつの間にかこの人が好きなんだ。とんでもない話だ。

 この人が、どうしようもない、自分の痛みにさえ寄り添えない、そのせいで周囲すら顧みられない人なら、私が代わりに寄り添いたいって思ってる。

 じゃあ、チユキちゃんのこと笑えないな。

 モモコは「私も、ガロウさんに、本気で惚れてますよ」と言った。

「ええ?」

 ガロウが戸惑っているあいだ、モモコはやっと顔を上げることができた。

 モモコは、意趣返しにこう言ってみせる。

「だから、簡単にそういうことは、する気になれないですね」


  ※※※※


 カハルは阿佐ヶ谷のアパート前にバイクを止めた。アヲイは後ろの席から「よっ」とか言って飛び降りる。

「カハル、ありがとね」

「礼なんかいいんだよ」とカハルはバイザーを開けた。「それより、本当にトワとのことは周りに言わないつもりか?」

「うん、言わない」

 アヲイは六人の女を思い出した。

「私、なんつーか、気に入っちゃったんだ。トワじゃなくて、周りの子。その子たちに迷惑かけたくないし」

「だったら」とカハルが睨む。「お前は勝手に何日もいなくなって、そんで気が済んだらフラッと戻ってきて会社のプランをブチ壊しにした。そういうヤツって扱いになるぜ?」

「いいね」とアヲイは笑った。「ロックじゃん」

「ハハハハハ」

 とカハルは声を上げる。

「お前、アタマのネジ外れてんだな?」

「まあね」

「じゃあ、好きにしろ」

 カハルはそう言ってバイザーを閉じる。

「次はまたステージで会おうぜ、好敵手」

 テールランプを引きずって、バイクは爆音で去って行った。

 アヲイはリョウのアパートを見上げた。

 ――さてと。


 チャイムを鳴らす前に、ドアノブを引いてみると、あっさりと開いてしまった。

 リョウ、こんなに不用心だっけ? アヲイは靴を脱いで廊下に上がると、

「誰っ!?」という声がした。

 リョウの声だとは最初は分からなかった。掠れていて弱っている。

 アヲイは唾を飲んだ。リョウが私に対して抱えている感情を私は知っている。

 ――女の子が女の子を好きになる苦しさに私は寄り添えるだろうか?

 いや、向き合うんだ。ここで逃げたら、私はユーヒチを迎えに行けなくなる。

「私」とアヲイは答えた。

 部屋は真っ暗だ。室内灯のスイッチへと手を伸ばすと、

「だめ!」

 と悲鳴が上がった。

「明かり点けないで! やだ! アヲイ、やめてよ!」

 切実な叫び声だという感じがする。

 アヲイは「分かったよ」と答えた。

 だから、真っ暗なままリビングの中央に歩いていった。

 何も見えない。

 分かるのはリョウの心臓の痛みだけだ。

 リョウはへたり込んで泣いていた。

 その気配がする。

「ただいま」とアヲイはとりあえず言った。「心配かけちゃってごめん」

「ア、ヲイ――」とリョウがこっちを見る。視認できたわけではない。その気持ちが伝わるだけだ。

「アヲイ、とっくに気づいてるんでしょ? 私がアヲイに思ってること」

「うん、まあね」と頷いた。分かったよ。

 少し考えて、アヲイは、素直な気持ちを喋ればいいんだと気づいた。

「ごめんね」と言った。「リョウの気持ちに、もっと早く気づきたかった。なのに、ずっと甘えてた。幼馴染の親友がいつでも助けてくれてるって思ってた。本当はリョウは、ずっと私のせいで苦しかったのにね。だから、本当ごめん」

「やだ!」

 リョウが泣き叫んだ。

「そんなことを聞きたいわけじゃないの!」

「そっか」とアヲイは言う。そして膝をついた。リョウはタオルケットで体を包んでここで一人ぼっち、ただ蹲っている。

 ――私の幼馴染は、私が思うよりずっと弱虫だ。

 アヲイはリョウを優しく抱きしめた。

「ね、ありがとう」

 アヲイの言葉にリョウは返さない。だから、アヲイの側で勝手に想いを繋げる。

「私のことを好きになってくれて、ありがとう」と彼女は囁いた。「私、リョウがいたからこの世界を全部は嫌いにならずに済んだよ。ギターもできた。色んな人に出会えてよかった。全部、リョウのおかげ。お礼、ちゃんと言うね」

「違う」

 リョウは呻いた。「私が巻き込んだの。私が、私の書く歌詞を歌ってほしいって思って、アヲイにギターを持たせたの。そのせいでアヲイが傷ついて、何度も酷い目に遭ったのだって全部私のせいで、なのにアヲイは、なんで私を責めないの? ――だって私が全部悪いのに、全部私がよくないのに!」

「バーカ」とアヲイは言った。「リョウが何したって私はリョウを責めないよ。嫌いにならない。だって、親友じゃん」

「あ、う、ああああ!」

 リョウが声を上げて泣いている。アヲイは、彼女の背中を何度も優しく撫でた。しょうがねえ奴だ、というのは最大級に愛情の言葉だ、とアヲイは思った。

 リョウがアヲイの体に触れる。

「好きなの」

「知ってる」

「アヲイは友達として好きでいてくれてるのに、私の好きは違うの。ずっと、いやらしい目で見てたの。こんなの、気持ち悪いよね。ごめんね、ダメなのにね、アヲイのことがすごく好きなの」

「知ってる、リョウのことなら」とアヲイは言った。

 アヲイはタオルケットを少し外してから、リョウの頭を撫でる。たぶん、お風呂に入っていないのだろう。彼女の髪は少し湿気っていた。

「でも」とアヲイは言う。「私は、ユーヒチが好きだからリョウの気持ちに応えられない。だから、だけど、ずっと親友でいてほしいんだ」

「ずるいよ」

 リョウは泣く。

「生殺しじゃん」

「そうかもね?」とアヲイは答える。

 甲と乙は same space をoccupyできない、と夏目漱石は書いた。誰かを愛することは、別の誰かを愛さないことなのだ。

 アヲイは「今日は、いっしょに寝ようよ」と提案する。リョウは、縋るように彼女の手を握った。

「私」とリョウは言った。「この手を離したら、もう誰にも恋しない」

「――そっか」

「何年経ったって、おばあちゃんになったって、ずっとアヲイのことだけ好きなの。一人で生きるの!」

「――そっか」

 アヲイはもういちどリョウを抱きしめた。「リョウが私の世界にいてくれて、嬉しい。ありがと」

 リョウが泣き疲れて眠るまで、アヲイはずっと彼女のそばにいた。

 親友だぜ。当然だろ?


  ※※※※


 翌朝。

 沖田レインが六本木の自宅でEVH Striped Series Frankyの手入れをしていると、スマートフォンに、西園カハルからこんなメッセージが届いた。

『アヲイは帰ってきたぞ』

 それを読んで、レインは溜息をついた。

 そうかい。

 トワと僕が久しぶりにワルやって楽しく遊ぶのもこれで終わりか。

 あーあ、と思った。

 面白かったのにな。二人で地元の不良どもを殴ってたあの頃が懐かしいよ。

 続いてメッセージが届く。

『アヲイの奴は、アンタとトワがやってたことを周りに言わないつもりらしいぜ。あのクソ野郎が囲ってるメスイヌどもの生活を守りたいんだってさ。良かったな、命拾いできて』

「お、こいつ僕を脅す気か?」

 レインはちょっと面白かった。

 だけどカハルは勘違いしてる。僕はもともと、社会的にであれ生物的にであれ、自分の命は別にどうでもいい。――トワの友達として、やるべきことをしたかったんだ。それに比べたら今の立場に価値はない。

「何が望みだい?」

 そうレインは返信した。

 カハルのメッセージは早かった。

『八木のオッサンに掛け合って、アヲイのバンドの活動再開を即日で認めろ。あいつとはレコードとステージ上で決着をつけるんだ。それから、大量の仕事をアタシにもアヲイにも寄越せ。風評が問題なら、失踪のカバーストーリーを適当にでっちあげろ。分かったか?』

 レインは苦笑する。

 こいつ、厄介だな。頭が妙に回るくせに、世間の常識に対する躊躇を知らない。アヲイはイカれてるけど、こいつは正気のまま凶暴だ。

 ――ああ、分かったよ、と回答してすぐ送信ボタンを押してから、一分以内に新しいメッセージが届いた。

 画像ファイルが一件だけ添付されていた。

 カハルの自撮りだった。艶のある長い黒髪で、インナーだけを金に染めている。サイケ色調のメイク。白い歯を見せて笑いながら挑発的に舌を出して、中指をこちらに突き立てていた(ちなみに、後ろに顔面蒼白の朴セツナがいた)。

 添付メッセージは次のとおりだった。

『ハッピーエンドだぜ! ざまあみろバカ野郎!』

 レインはスマートフォンを暗転させた。

「ははは」

 少し笑い、エレキギターを定位置に戻してから、腹立ちまぎれに思いきり部屋のゴミ箱を蹴り飛ばした。


 レインがそのままトワのマンションを訪ねると、珍しくビリーがドアを開けてくれた。

「やあ、ライブ以来だよね?」とレインは言い、「僕の親友であるトワの様子を見に来たんだけど、入れてくれるかい」

「はい」とビリーが答える。

「そいつはどうも」

 レインは13センチのハイヒールを脱いだ。

 部屋に入ると、トワはダイニングのすぐ隣にあるベッドで上体を起こしたままボーッとしていた。額に大きなガーゼを貼られている。

「どうした?」

 とレインが笑いながら訊く。

 トワはレインを見てから、

「朝起きたら、デカいたんこぶが頭にできてたよ」

 と答えた。

「ついでに、なんかオデコから血が出てた」

 へ~え、と、レインは思った。

 後ろからミンミが寄ってきて、レインの腕を取る。

「トワ様ったら昨日、泥酔しちゃってさあ! 帰ってすぐに転んで、頭ぶつけちゃうし血も出しちゃうし大変だったんだよ!」

 すごい言い訳だな、とレインは思いつつ、

「じゃあ、皆が手当てしてくれたの?」

 と訊いてみる。

「ううん」とニーニャが答えた。「アリスが一人で手当てしてくれたんだよね?」

 そう言って、部屋の隅に座ってじっとしたままのアリスを見つめた。

 トワは「そうだったの?」と呟いてから、アリスを見て無邪気に笑った。「悪かったな、アリス。許せよ」

「――うん」

 アリスは、ぐずったまま頷いた。

 レインは部屋を見回した。どうやらトワは、アヲイをこの部屋に閉じ込めていた数週間をほとんど忘れてしまっているらしい。

 ハナコがキッチンから出てきた。

「レインさん」と彼女が呼んだ。「よかったら、お昼ごはん、私たちといっしょに食べませんか?」

「悪いけど、人の家庭の団欒を邪魔する趣味はないよ?」

「えへへ」

 ハナコが照れ笑いして、それからレインの耳に近づいて内緒話をした。

「あの、最近は毎日八人分つくってきたから、今日からまた七人分に戻るのが少しだけ寂しいんです」

「――そうか」

 レインは頷いた。

 そうか。寂しいのは嫌だよな。

「しょうがないね。ごちそうさせてもらうとしようか」

 

 そうして一時間ほど経って、皆のためのキムチギョーザと青椒肉絲が出来上がった。

 トワが椅子に座って、「そういえば」と言った。

「なんか寝てる間に夢を見てたなあ、おれ」

 ミンミが飛びついた。

「おお! トワ様の夢? どんな夢なの?」

「あのね」

 トワは笑った。

「おれにお嫁さんができる夢」

 六人の女たちが声を上げる。レインは箸を止めた。

 トワは天井を見た。

「すげえ可愛くてさ。髪長くて、顔が、ちょっと男の子っぽいんだよ。そんな子が、おれたちの家のベッドですやすや眠って、ぜんぜん起きないんだ。お前らがお世話してあげてた。よかったな。ものすごく幸せな夢って感じだったんだ」

「そうかい」とレインは言った。「まあ、トワも適齢期だからね。そういう願望が出たんだろう」

 そんなレインの言葉に、納得したのかしないのか、トワはキムチギョーザを飲み込んでまた話す。

「だけど、どこかに帰るって言ってこの部屋を出ていったんだよ。夢が覚める前だっけ。そこは悲しかったな」

「ふうん」

 トワは青椒肉絲も口に入れて、静かに噛んでからまた飲み込んだ。

「そいつの名前、もう思い出せないな。なんか、それが寂しいって思う」

「――夢なんてそんなものさ」

 レインはビール瓶を栓で開けた。

「僕たちは現実で生きていかなくちゃさ。なあ、トワ。それはただの夢だったんだよ」

 そんなレインの言葉を、トワは不思議そうに聞き入れていたが、やがて、

「あんた誰だ?」

 と訊いた。

 レインの動きが止まる。

 目と目が合う。

 トワは冗談を言っているわけではない。

 ――彼は、また僕を忘れている頃の彼に戻っている。

 ああ。

 なんだよ。結局は、こんな風に振り出しに戻るってわけかい?

 しょうがないな。

 レインはまた笑って誤魔化そうとしたが、

 ちょっと、今回の冒険で疲れたのだろう。立ち上がって近寄ると、

 静かに泣きながらトワの体を抱きしめた。

「僕は――沖田レインだよ」

 そう告げる。トワはピンときていない様子だった。

「どうしたの?」と訊いてくる。

 はは、なんだよもう。

「僕は君の、たった一人の親友だよ」

 レインは彼を抱きしめる力を強めた。

「僕にとっても、君だけが僕の友達だよ。君が、何回僕のことを忘れてしまっても、何回僕らの出会いをなかったことにしても、僕は君だけの親友だし、僕だけは最後まで君の味方だ」

 トワの、ウェーブのかかった髪を撫でる。

「だって」とレインは鼻水をすすった。「こんな僕を生かしてくれたのは君じゃないか、トワ」

 ――六人の女たちは何も言わなかった。

 トワはしばらくは黙っていたが、おもむろに立ち上がって、レインの顎を左手で掴むと、右手の親指で、乱暴にその涙を拭いた。力加減がおかしいから、ちょっと痛いよ。

「泣くな」とトワは言った。「お前が泣いていると、おれは痛い」

 なんだよそれ――。

 と思いながら、レインはしばらく感傷的に涙を流した。


  ※※※※


 同時刻。

 ヱチカが近所のコンビニで焼きそばパン二個と野菜ジュースを買って帰り、三階左手最奥のマイルームでもそもそと食べていると、スマートフォンが振動した。

 ――今度は誰? と思いつつ画面を見ると、モモコからの電話だった。

 モモコちん?

 パンを飲み込んでから通話ボタンを押す。

「どしたの?」と訊くと、

 モモコの「急にごめんね」という、明るい声で、でも今までのモモコと少し違うような響きかただった。

「ヱチカ、今からそっちの家で遊べないかな?」

「んー、元気ない」

 彼女はそう答えた。モモコの連絡は嬉しいけど、今はなんだか色々あってちょっと疲れてしまっていた。

 ヱチカは野菜ジュース付属のストローを伸ばす。

「急にどうしたの?」

「あー、うん、ごめんね。言いかた変だった」

 モモコは言い淀んでから、

「シンセシスのスタジオがそこにあるって聞いたんだ。私のギターの練習、付き合ってくれない?」

「――練習?」

 呆気にとられてしまった。モモコちんがギター?


 家に来たモモコを見て、ヱチカはもっとびっくりした。

 まず彼女は男サイズのSlayerのバンドTシャツを着ていた。下顎が三つある骸骨が高笑いしているやつだ。

 下は白線の入った黒ジャージ。丈が長いのがめくりあげていて、しかも非対称だった。サイズもブカブカで、腰のあたりをきつく紐で締めている。

 そして、靴だけいつも通り淡色のスニーカーだった。背中には普段使いのリュックサックと、ギターバッグ。

「どーしちゃったの?」

 とヱチカが訊くと、モモコがちょっと頬を赤らめた。

「いや、泊まりだったんだけど、着替えがなくって。それでその人の洋服を借りたって感じ」

「ガロウさんじゃん!」

 ファッションの感じですぐに分かる。

「うん」

「外泊じゃん!」

「あ、いや、そういうことはしてないから!」

 モモコが必死になって否定するから、ヱチカもなんだかおかしくなって笑った。

 笑ったのはいつぶりだろうとちょっとだけ彼女は思う。実際は、大した時間は経っていない。でも、だとしても、救われた思いがする。


 防音室に通すと、モモコはフェンダーのデュオソニックにクリップ式のチューナーを付けて、真剣な顔でチューニングを始める。

 ヱチカは笑った。

「なんか、本格的じゃん?」

「うん」とモモコは言った。

「こういうの絶対にサボるなよって、ガロウさんに言われちゃったからさ」

「付き合ってるの?」

 ヱチカが訊くと、モモコは顔を上げて、そのせいで簡単に音が乱れてしまう。

「あ、とと」

 と言いながらまた戻して、モモコは、

「そういうことになるのかなあ」

 と答えた。

「ふうん?」とヱチカは肩を落とした。「モモコちんも大人になっちゃったのかあ」

「何その言いかた?」

 モモコは笑う。モモコが笑うと、鼻筋のところに、くしゃっとしわができる。ヱチカはずっとそのしわが可愛いと思っていた。

「大人じゃないよ」とモモコは言って、チューニングを終える。「ガロウさんなんかもっとガキなんだよ。あのひと何にも知らないんだもん。ギターとFPSとお酒の話ばっかりでさ」

「あはははは」

 とヱチカは軽くウケる。

「相手の愚痴とか言うようになったら、それ、本当にカップルじゃん」

「――もお!」

 モモコはギターをアンプとエフェクターに繋ぎ、足でがちゃっと音を立てて歪みをオンにする。

 ヱチカは「もしかして何か弾けるの?」と質問。

 モモコは「弾けないから練習するの!」と回答。

 そうして、NirvanaのSmells Like Teen Spiritのリフを弾こうとして、最初からずっこけた。

――ガロウさんが「技術的には簡単な曲だから」と紹介したらしい。

「あ」

 モモコは失敗しても、また最初からやり直す。また失敗する。もういちどやり直し。今度は上手くいきそうかなと思ってまた挫ける。

 ヱチカは腕を組んで、モモコをじっと見つめる。モモコは三十分でも、一時間でも、休みなく練習した。

 モモコはおでこの汗を拭う。クーラーは効いているはずなのに、彼女は勝手に熱くなっている。

「落ち着け」

 と自分に言い聞かせていた。

「やれるやれるって、私、次はやれるし」

「ふふ」とヱチカは笑う。

「モモコちん、それで上手くなったら、バンド始めてみたら?」

「え?」

「友達たくさんいるじゃん?」

 ヱチカがそう言うと、モモコは、開放弦のままギャーンとギターを鳴らして、ちょっと笑った。

「友達、もう、皆いなくなっちゃったよ」

 ――予想外の答えにヱチカは固まった。「え?」

「でも、それはもういい」

 モモコはまたギターを構えた。

「だって、私にはDUO-SONICがあるし――」

 そう言ってピックを持ち直す。

「――Smells Like Teen Spiritを弾けるようになるんだから!」


 ヱチカは、モモコが根を上げるまで三時間、ずっと練習を眺めていた。そしてモモコが指が吊って、汗だくになりながら横になると、

 ――やめてよ、もう。

 と、ヱチカは思った。

 ――ヱチカちゃんも、何かやりたくなっちゃうじゃん。

 ピアノの蓋を開ける。椅子に座る。モモコが怪訝そうに彼女を眺めた。

 さっきまでモモコが練習していた曲は、楽譜と模範演奏を見たから、もうインストールしてる。

 あとはピアノの鍵盤に起こし直すだけ。

 ヱチカは即興でニルヴァーナのグランジナンバーをピアノ版にして弾いてみせた。

 もちろん、こんなことは何でもない。

 アヲイねーちゃんは、大昔、もっと上手く弾いたのだ。

 でも、楽しかった。観客がモモコちんだからかな。パパとかママとかはすぐに誰かと比べちゃうから。

 ヱチカが弾き終わると、モモコは上半身を起こし、無心で拍手をしていた。

 凡才・ヱチカの独擅場だった。

「すご!」とモモコは叫ぶ。「さっきまでので全部できるようになったの?」

「まあね」とヱチカは笑う。

「えー、すごい!」とモモコは両頬を紅潮させた。

 ヱチカは歯を見せる。「褒めても何も出ないよ?」

 モモコは意に介さず、笑った。

「決めた! 私がバンドやるときはヱチカのことを真っ先に誘う!」

「何それえ」

 ヱチカは腹を抱えて、「あ、でも、アヲイねーちゃんの妹がメンバーにいるっていいかもね! アマチュアでも、絶対に話題になるって!」と言った。

 ――が。

 それに対して、モモコは首を傾げて、ただ黙っている。

 ――?

 ヱチカは彼女の心が急に分からない。あれ? ヱチカちゃん、けっこう良い感じの提案したのにな。何か間違ったこととか言ったかな。

 自分の落ち度が分からずヱチカが不安になっていると、

「あのね」とモモコは言った。

「ヱチカがアヲイ先輩の妹だから、とかじゃなくて、ヱチカがどこの世界でヱチカをしてたって、どんな人の家族だって、私、ヱチカを誘うから」

「えっ?」

「――そのくらい、すごいよ! さっきのピアノ! ねえねえ! もっかいやってよ! ヱチカのピアノがいいんだよ!」

 モモコは熱に浮かされたようにヱチカの手を握る。

「ちょっと、もう」とヱチカは笑った。「彼氏の音楽バカがさっそく感染ったんだ、モモコちんってば!」

「そうだよ、そういうこと!」

 無邪気に笑うモモコ。

 ――なんでこんなに可愛いかなあ、モモコちんは。

 ヱチカはただモモコを抱きしめて、

「よし、バンド結成だ!」と声を出した。


  ※※※※


 群馬。

 栗原基督教会・児童養護施設。

 庭門にユーヒチは立っていた。太陽はとっくに高くなっている。見送りは、ヴェニと菫が来ていた。

「お昼もご馳走になるなんて、すみません」とユーヒチが言うと、ヴェニはふるふると首を振った。

「ユーヒチさん、ちょっと顔色よくなりましたよ?」

「そうですか?

 ――たぶん、ヴェニの料理のおかげ。ありがとう」

 ユーヒチはそう言って笑うと、彼女の手を握った。ヴェニは顔を赤らめる。「そう言って頂けると――あの、大したもてなしもできなくって」

 すぐ隣の菫が悪戯っぽく笑う。「ユーヒチさんは、また来るんスよね? 今度は演奏聴かせてよ?」

「うん、約束」

 ユーヒチはそう答えてから、不思議な感じだった。皆のバンドはまだ終わったままなのに、俺は、必ずまたここに戻ってこれると思ってる。

 ――なんでだろう。

 ユーヒチは、バス停方面の空を見上げた。雲は昨日と比べてさらに少なく、空気も透明な匂いだ。

 ――アヲイ、帰ってきたのか?

 ユーヒチは二人に顔を戻した。

「行ってきます」

 そう言ってから、なんだそりゃ、と自分でおかしくなった。――まるで、遠い昔、ここを自分の家にしていたみたいじゃないか。

 宿舎のベランダに葵が立っていて、彼のことを遠くから見下ろしていた。バイバイと手を振っている。ユーヒチも手を振り返す。

 そうしてバス停の前まで歩き、スマートフォンを久しぶりに点けた。

 誰からの連絡も来ていないが、ひとつ、おかしなことが起きていた。日時設定が自動から手動に変わっていて、現在時刻がちょうど十年前の今日に巻き戻っている。

 ――なんだ?

 ユーヒチは設定アプリを開いて時間を元に戻そうとした。

 そのとき。

 向こうからヴェニが走ってきた。バスの到着はもうすぐだ。

「ユーヒチさん!」と叫び、彼女はすぐ近くで立ち止まる。バスの走行音が遠くから響いていた。

「ヴェニ、どうした」とユーヒチは訊く。

 彼女は息を軽く整えながら、「あの、これは、どうしても言いたかったんですけど」と言う。

「何?」

 ユーヒチの問いに対して、ヴェニは真っすぐ目を合わせながら、子供たちとの生活が強く残った黒髪の香りを漂わせて、

「幸せに生きてください!」

 と強く言った。

 ――びく、と心臓が跳ねる。

 バスが停車して自動のドアが開いた。のどかな雰囲気の運転手がユーヒチとヴェニのほうを見ている。

 ユーヒチは、これを最後の弱音にしよう、と思った。東京に帰れば、アヲイの想いを受け止めて、もっと強くならなくちゃいけないから。


「――俺なんかが、幸せになってもいいんですか?」


 それだけを言葉にできた。

 ヴェニは目をそらさない。それから、ゆっくりと彼の肩を叩いた。

「当たり前ですよ」

 もし、さらに言葉を交わしたら、きっと感傷に耐えられず泣くだろうと分かって、ユーヒチは野球帽を深く被り直す。

「ありがとう。頑張ってみます」

 そういう風に礼を言って、彼はバスに乗った。

 ドアは閉まり、出発する。

 最後部の席に腰を下ろし、エンジンの振動を感じながら群馬の美しい緑を眺めた。

 そして、スマートフォンの時刻設定を、十年前の今日から今年の今日この日に正しく戻した。


 バスが駅に着き、そこから電車に乗って東京に戻り、アパートの最寄り駅である山手線大塚で降りる頃には、すっかり日は暮れていた。

 異界に旅してたみたいだ。これは不謹慎な感想だろうか?

 改札を出る。

 ユーヒチはいつもどおり、スーパーで野菜と肉を買い足した。米とパックの味噌汁は残ってるから、まあいいとして、だった。

 ただ、レジに並んだあと、自分がなぜか二人分の食料をカゴに入れていることに気づいた。あと、酒については自分のものだけではなく、アヲイの好きな酒もいっしょに入っている。

 謎めいていたが、その行動は正しいと思えた。

 ユーヒチはレジ打ちのおばちゃん(ユーヒチの容姿を覚えていてすごく親切にしてくれる)に、ピースだけではなくハイライトも頼む。

 スーパーを出て都電の踏切を越え、坂を上って自分のアパートに帰ると、


 玄関ドアの前でアヲイが座り込んで待っていた。


「おせーよ、バーカ」とアヲイは毒づいてから、目を優しく細めて「おかえり、ユーヒチ」と微笑んだ。

 ユーヒチは、はははっ、と笑った。

 ――おかえりって言うのは俺のほうだろ、バカ。いや、違うのかな?

「ただいま」

 と彼は言う。

 アヲイは立ち上がると、ユーヒチが被る野球帽に気がついたらしく、

「それ、ユーヒチが持っててくれたんだ?」と両眼を輝かせた。

「うん」

 ユーヒチは野球帽を脱いで、彼女の頭に返した。

 美少年顔で、だけど背丈は低くて、ギターと歌がバカみたいに上手いだけの、ただの天才。すぐに問題を起こして、喧嘩っ早くて、――そうして、俺がこの世界でいちばん大切にしたいと思える女の子に、正しく帽子を返した。

「メシ、二人分用意するけど、食べてく?」

 とユーヒチが訊くと、アヲイはぴょんぴょんと跳ねて、

「うぇーい! ご馳走だぜ!」

 とはしゃいだ。

 ほんと、こいつ――。

 玄関の鍵を開けてドアを開き、廊下のスイッチを点けて部屋を明るくすると、アヲイは真っ先に靴を脱いで奥のベッドにダイブする。

 ははは。

 ユーヒチが遅れて部屋に入り、スーパーのレジ袋を台所近くに置くと、アヲイが、

「私が帰ってこれたのは、ユーヒチのおかげだよ」

 と言った。

「俺の?」

「ユーヒチが、私のために祈ってくれた。それが分かったから、もう今度こそ、何も怖くないんだ」

 そうしてアヲイは、ゆっくりと左手を差し出した。

「Shake my left hand, man(こっちの手で握手してくれ)」

 とアヲイは言った。

「Why?(どうして?)」とユーヒチが訊くと、

「It’s closer to my heart(心臓に近い)」

 そう彼女は答えた。

 ユーヒチは、もう少し笑ってから、たしかにアヲイと左手同士で握手した。アヲイはそのまま抱きついてきて、

「結婚しようぜ、相棒」

 と言った。

「当たり前だろ」とユーヒチは言おうとして、でも、上手く言えなくなって、彼女の肩に顔を埋めた。


  ※※※※


 季節は変わり、冬になろうとしていた。

 感傷的なシンセシスは、あれから、マイヤーズミュージックの下で正式に活動再開を宣言。沖田レインが矢面に立ち、普段の彼らがどれだけ「感じのいい」連中なのかとか、当時のアヲイがどれだけ誠実に悩んでいたのかをマスメディアで強調し続けた。

 それでも、風評被害は消えない。もともと沖田レインに反発するリスナーもいたし、だいいち、人は信じたいものを信じるだけだ。叩けるものは叩く。

 聴衆だけではなく、少なくない業界関係者やアーティストが長い間シンセシスに不信感を抱くのは、やむを得ないことだ。

 文句を言っても仕方ない。

 それでも、そのお騒がせ体質は、彼らに一定の立場を与えていた。

 ――その日は、生中継・生演奏・生トークを是とする音楽番組に出演していた。

 舞台裏でガロウがエゴサをしている。

「うわあ、今日シンセシスかよ。チャンネル変えるわ」

「アヲイくんキターー!! 全裸待機!!」

「一生推します!」

「バンド乗っ取りアバズレ女がよお! 事務所の権力に守られてぬくぬく演奏して、何がロックだよ。ふざけんな!」

「結局ライブハウス経営者やインディーズのレコード会社の営業社員を性的に誘惑して仕事を得ていたというのは事実なのですか? なぜ未だなお回答をしないのか理解に苦しみますが?」

「つーか何週間も失踪とか、社会人として責任感なさすぎでしょ。芸術だったら何やってもいいわけ? ま、私は真面目な会社員だから文句を言っても嫉妬扱いでしょうけど?」

「アヲイ、前より美人になったよな」

「西園学派の金魚のフンみてえな仕事ばっかりで恥ずかしくねえのか? 勝て! 戦えよ若者なら!」

 ツイートの群を眺めて、ガロウはギャハハハと笑い転げる。

「だいぶ言われまくってるぜオレら! めっちゃウケるわあ! なあアヲイ!」

 彼がそう呼びかけると、舞台袖でアヲイは笑った。

「へえ、そうなんだ。やべえ」

 シシスケが「下らん戯言に乱されるな。いつもどおりにやればいいだけだ」と言う。

 リョウが栗色の髪を後ろでまとめる――という仕草はしなかった。

 彼女は秋の始まり頃から、ずっとベリーショートだ。

「今日はいつもどおりよりもちょっと頑張ろうか?」と微笑んだ。「ゴチャゴチャ言ってる奴ら、全員蹴散らしてやろ?」

 アヲイは、ハハハと笑ってから、野球帽を被り直す。

「大丈夫」

 彼女はそう言った。


「だって、皆がいるから」


 そうしてアヲイは、ガロウ、シシスケ、リョウ、そしてユーヒチを見つめ、最後のユーヒチに対して拳を突き出した。

「一曲目の最初、激ムズのベースソロ。任せた」

 ユーヒチも笑って彼女に拳を合わせる。

「――任せとけ、相棒」と、彼は微笑んだ。

 リョウがガロウに耳打ちする。「モモコちゃん、ヱチカといっしょに来てるってさ?」

「おう!」

 ガロウは犬歯を見せて笑った。「彼氏兼師匠として、カッケェところ見せてやるぜ!」

 スタッフが近寄った。

 そろそろ時間だ。

 シシスケは眼鏡の位置を直す。

 ステージがいったん暗くなるのを待ち、五人は歩き出した。


 オルタナティブロックバンド「感傷的なシンセシス」のテレビステージが始まった。




 Synthesis into Her Sentimentalism.

 END.

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感傷的なシンセシス 籠原スナヲ @suna_kago

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