第110話

「殿下への挨拶が皆すんで、自由時間になったら、これをプラスする予定です」

 お兄様に、薄い布で作ったオレンジ色の花があしらわれたスカートカバーと、同じ布で作ったコサージュを見せる。

「オレンジ……か。なるほど、殿下の髪の色に合わせることで、殿下への勝利を祝う気持ちを伝えようと言うわけか。それはまた粋な演出だな」

 お兄様が、オレンジ色を見てすぐに「殿下の髪の色に合わせた」と言ったので、心の中では大慌てだ。

 だって、お兄様が言っている理由とは違うんですもの。

 大好きな人の髪の色を身にまといたいって……。そう思ったの。

 オレンジ色のドレスを着る人は多いだろうから、不自然じゃないだろうと……。思い切って、デザイナーさんにお願いしたものだ。

 ブーケ・ド・コサージュの男性用の物も準備いたしましょうかとデザイナーさんに言われたけれど、今回はお兄様にエスコートして貰うから必要ないと断った。

 だって、流石に、いくら婚約するとはいえエミリーと私の仲は誰も知らないもの。

 私はまだお父様にもお兄様にも話していない。

 あ、ローレル様は知ってたわ!あとアンナ様とハンナ様も。でも、その3人が言いふらすわけもない。

 でもって、エミリーの方は、婚約したい人がいるという話は誰かに話をしたかもしれないけれど、リリーが、私……公爵令嬢のリリーシャンヌということは知らないから「誰と」という話はしてないはずだ。

 いやだって、もし、私の正体を知っていて話をしたなら、すでに宰相であるお父様の耳にも入り、お父様から話があるはずだ。

 いや、話はなくとも、遠回しに探りをいれるような、何かしら不自然な態度が見えるはず。

 だって、男性アレルギーがあるのに、皇太子から婚約の話が来ているとなれば……ね?

 独断で断る可能性もあるけれど、だったらそれを話題にするだろうし。

 というわけで、きっとエミリーの周りの人も、公爵令嬢リリーシャンヌと皇太子エミリオ……いえ、シェミリオール殿下の仲は知らないはず。

 そんな状況下で、いきなり私とお揃いのブーケ・ド・コサージュを差し出して渡すわけにはいかない。

 手紙であれば、開いて見なければその内容は分からないし、実際に受け取るのはおつきの者だ。会場で騒ぎになるようなことはない。

 そう、手紙も持って行かないとね。忘れないように。

 結局、誰かに見られても問題がないように。

 お祝いの言葉と、公爵令嬢であることを強調するような内容と、それから……お会いできた幸運に感謝といったような……。

 エミリーが見れば「祝勝会で会ったこと」ではないことが分かるように。またお会いできる日を楽しみにしているという……。他のご令嬢も書きそうな当たり障りのない内容で書いた。

 でも、エミリーなら。

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