第100話

「ただいま。お兄様。あの、こちらはローレル様です。ローレル様、兄です」

 流石に紹介しないわけには行かないかとローレル様に兄を紹介する。

 あまり好きではないかもしれないけれど……。

 ローレル様が、開いたままになっていた馬車のドアから優雅な仕草で出てきた。

 それから、流れるような仕草で、丁寧にカテーシーをした。

「ローレルと申します」

「ああ。妹がお世話になった。ありがとう。妹は、事情があって学園にも通えていない。友達らしい友達もいなかったんだ。是非、これからも仲良くしてほしい」

 お兄様の言葉に、ローレル様がニコリとほほ笑んだ。

 うわー、背景に花が見えたわ。

「ええ、もちろんですわ。舞踏会でも私たちがちゃんとお守りいたします」

 ほほ笑んだままなのだけれど、ローレル様の声が少し冷気を帯びているように感じた。

「ロ、ローレル様……」

 やっぱりお兄様のこと嫌いなのかしら?

「私たち?リリーシャンヌには、他にも仲の良い友達が出来たんだね」

 お兄様が嬉しそうに笑った。

 いや、あれ?冷気は気のせいかしら?

「……あら、随分と、リリー様のお兄様は鈍くていらっしゃいます?」

 ローレル様の言葉に、お兄様が首を傾げた。

「え?私が鈍い?」

「何でもありませんわ。では、私も家族が帰りを待っておりますので、失礼いたしますわ」

 丁寧に頭を下げて、ローレル様は再び馬車に乗り込む。

「あっ!」

 いったい、ローレル様は何をお兄様に言ったのかと、思い出してみると「私たち」の「たち」ってまさか……。

 アンナ様やハンナ様のことではなく、エミリーのことなんじゃ……。

 婚約すれば、確かに舞踏会でのエスコート役は婚約者のエミリーがすることになる。

 もしかして、ローレル様、私が婚約しようとしていることに全く気が付いていない兄に鈍いなぁと言ったのかしら?

「リリー、私の何が鈍いのだろうか?動きかな?屋敷から出て馬車までの動きが鈍かっただろうか?領地では屋敷にこもってずっと仕事をしていたからね。ちょっと鍛えなおすべきかな……」

 お兄様が真剣な顔をして腕やお腹をさすり始めた。

 いや、ローレル様は体の動きのことを言っていたわけではないと……。うん、確かに、こういうところは鈍いのかもしれませんね。

「お兄様、色々話を聞かせてください。王都を離れていたので、戦争もどうなったのか気になりますし」

「あ、ああ、そうだな。だが、まずはゆっくり休みなさい。馬車に乗りっぱなしで疲れただろう?……そういえば……」

 お兄様が、ローレル様の馬車が走り去った方に視線を向けた。

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