第91話

★★エミリーサイド★★

「あはははっ、勝ったと思って油断するからこうなるんだ!」

 油断。そうだ、確かに油断していた。

 いいや、違う。油断ではなく浮かれていた。

 王都に帰ったら、リリーと会える。

 戦争を勝利に導いたとして、父に……いいや、陛下に一つ望みをかなえてもらえる。

 だから、自ら進んで戦争に行くと言ったのだ。

 望み……それは皇太子の地位を降りること。幸いに優秀な弟が僕にいる。

 皇太子の座から降り、なんなら王族からも抜け、適当な爵位を貰って、ただの貴族の一人として……。

 リリーと二人で幸せに暮らすことを想像して、浮かれていた。

 まさか、味方に敵が紛れ込んでいたとは。

 両手両足を縛られ、どこかに運ばれた。

「交渉が終わるまでここに入ってろ!」

 廃屋だろうか。ところどころ荒れた屋敷の、小さな明り取りの窓のある狭い部屋だ。

 どんっと、背中を押されてよろめく。

「おい、武器を隠し持っているかもしれない。確かめてから放り込め」

 頭の回る男の言葉に、思わず舌打ちをしそうになった。

 ブーツに小さなナイフが仕込んである。それを何とか取り出して縄を切って脱出を試みようと思っていたところだ。

「ありました、ナイフです」

「他にもないかよく探せ」

 残念ながらそれ以上は探しても出てはこない。

「なんだこれは?」

 胸ポケットから、小さな四角い木を盗られた。

「うわっ、不気味な絵だな、魔除けのお守りか?」

 リリーが私のためにくれたのよっ!汚い手で触らないでちょうだい!返してよっ!

 と、叫びたい声を必死に抑える。

「あははっ。お守りを持っていても、役に立たなかったな!ざまぁ!」

 男が、リリーから貰った大切な裁縫セットを床に投げつけた。ガシャンと音を立ててバラバラになった。

「おい、行くぞ」

 身体検査をしていた男は他に何もないと確認すると、部屋を出ていく。

 ガシャリとドアに鍵がかけられる音がした。

 朽ち果てかけている屋敷のドアなど、体当たりを何度も繰り返せば鍵ごと壊して出て行けそうだ。だが、あいにくと両手両足を縛られた状態では十分に力をドアにぶつけることができない。

 今頃、僕が攫われたことで、騒ぎになっているだろうか。

 交渉とは何を要求するつもりだろう。

 くそっ。

 小さな窓から差し込む月明かりがリリーのくれた裁縫セットの残骸を照らし、キラリと何かが光った。

「……これは……」

 壊れた裁縫セットから、3センチほどの刃が出ていた。

「そうなのね……糸を切るための刃を、木で挟んであったのね。そうよね、糸の幅だけの刃物なんて逆に作れるわけがないものね……」

 両手両足の縄を切りながら今後の行動を考える。

 縄を切って自由になったことは知られないようにしながら、機会をまとう。入口には見張りが立っているだろう。

 助けは来るはずだ。来ないとしても、交渉が進めば、僕が無事な姿を見せろだとか、人質と交換だとか何らかチャンスは訪れるはずだ。

 リリー……。待っていてね。

 バラバラになったお守りをもう一度組み立てて胸ポケットにしまう。

 大丈夫よ。私にはあなたがついているんだもの。リリー。ぜったいにあなたの元に帰るから、待っていてね……。

 リリー、私の、リリー。

★★





次から視点戻ります。

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