第89話

「もちろん、正式に皇太子殿下の婚約者になった後は、ちゃんとした家庭教師が付くでしょうが、それまでなら」

「お願いします!あの、あの、うれしいです。皇太子妃になっても家庭教師になってほしいです!」

 思わずローレル様の手を両手で握って前のめりにお願いする。

「あら、それもいいわね。皇太子妃の教育係になったとなれば、皇太子妃になれなくてもお母様は鼻を高くして自慢するんじゃないかしら?」

 うんうんと、アンナ様とハンナ様が頷いている。

「でもね、残念だけれど、私には無理だわ。頑張ってはみたんだけれど、うちの領地の隣の国の言語は小さい頃から習っていたから話せるのだけれど、他の国の言語が習得できていませんの。隣国の情勢は知っていますが、文化風習の習得もいまいち自信がありませんし……」

「それなら、大丈夫です!私5か国語が話せます。他国の文化風習、料理や特産物なども学びましたし、それから」

 アンナ様がうわーと声を出した。

「すごい。公爵令嬢って、そんな勉強するんだ。よかったぁ、私、公爵家に生まれなくて……」

 ハンナ様が大きく頷いた。

「そうですね。でも王妃になるためにしなくちゃいけない勉強は大変っていうけれど、リリー様ならもうほとんど終わってるんじゃない?」

 え?そうなのかな?

 私は学園に通ってないので、家庭教師に学んだ。学園に通う子たちも同じように学んでいると思ったんだけれど、そうじゃなかったの?

 私が学習していたことと内容は違ったのかしら?

「あの、学園だと、どのようなことを学ぶんですか?」

「んー、国の歴史とか。すごく眠たくなる声でもそもそと歴史を先生が語るのを、寝ないように聞き続ける訓練ができるんですよ」

 寝ないための訓練!

「ああ、体力をつけるためとダンスの基礎レッスンだからとステップを踏みながら校内の廊下を10週なんてものもありましたわね」

 ステップで校内10週?

「楽しそうですわね!」

 私がワクワクしたまなざしをむけると、ハンナ様とアンナ様は複雑な表情を見せた。


 王都まであと2日というところで急使が現れた。

「公爵令嬢リリーシャンヌ様へ、手紙を預かっております」

 え?馬車の外で対応に当たっていた者と急使の会話を聞いて首をかしげる。

 ローレル様の馬車にわざわざ私宛の手紙?誰から?

 あと、2日もすれば、王都に戻るのに。

「大切な手紙かもしれませんわね。ちょうどいいですわ。休憩しましょう」

 私が手紙を受け取ると、ローレル様たちは馬車を出て一人にしてくれた。

 封印を見ればお父様からだと分かる。公爵家の印にならんでお父様の印も押されているからだ。

 いったいなんだろう。

 封をあけ、手紙を開く。

『リリーシャンヌへ

今はどのあたりを進んでいるのだろう。久しぶりに会えるのを、私も妻も楽しみにしているよ』

 から始まる文章が書かれていた。

「あ……」

 これは、暗号だ。

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