第70話

 ああ、そうか……。

 殿下がいらっしゃると言う舞踏会で、オレンジ色のドレスをまとっていた人が多かったのはそう言うことか。

 意中の人の瞳や髪の色の物を身に着ける。

 馬が歩みを進めれば、騎乗の殿下も上下に揺れる。

 ふわり、ふわりと、光を浴びて美しいオレンジ色の髪が揺れている。

「エ……ミリー」

 馬車の前の大通りを殿下が通過するときに、思わず声が漏れた。

「シェミリオール殿下バンザーイ、シェミリオール殿下バンザーイ」

 歓声はますます大きくなる。

 いつしか私の頭にその音は届かなくなっていた。

 頭が真っ白になるというのはこういうことなのかと。

 兵たちが北門から出て行き、パレードが終わる。

「リリー様がよろしければ、アンナとハンナもご一緒しても?隣の領地なので、普段は一緒に馬車で移動するんです。……その、今回は公爵令嬢と一緒にと言われて、遠慮してもらったのですが」

 南門に向けて、馬車が動き出したところでローレル様が遠慮気味に切り出した。

「まぁ、アンナ様とハンナ様も?嬉しいわ!私、学園にも通っていなかったので、お友達とおしゃべるする機会も少なくて。色々お話できるなんて素敵」

 はしゃいだ声を出す。

 無理にでも気持ちを上げて行かないと、すぐにでも考え込んでしまいそうだ。

 エミリーが……皇太子殿下だったなんて!

 エミリーが!

「まぁ!公爵令嬢様って、リリー様でしたの?」

「ごめんなさい、黙っていて……これからも同じように仲良くしてくださるとうれしいわ」

「もちろんです、あの、失礼があったらごめんなさい」

 アンナ様とハンナ様と合流して、4人で移動するのはありがたかった。

 色々な話に気持ちがまぎれるから。

 夜、宿の部屋でベッドに入ると、エミリーの……いいえ、皇太子殿下の凛々しい騎乗姿を思い出す。

 まっすぐ前を向いている”エミリオ”の表情はとても凛々しくて素敵だった。

 たくさんの女性たちがうっとりと見ていた。

 オレンジ色の髪に、赤い服がとても似合っていた。誰がどう見ても、立派な男性がいた。

 エミリーの面影なんて少しも無くて。私の知らない、別の人みたいだった。

 だけれど、皇太子であれば、国民に不安を持たせるような振る舞いなどできるわけもない。

 できるだけ男らしくふるまっていたのだろ。

 ……エミリーは、弟に家を継いでもらうって言ってたけど。

 それって、王位は弟に譲る。皇太子の地位を降りるって話よね……。ただのお家問題と違う大ごとだわ。

 めんどくさいことを片付けたら婚約しましょうって言ったけれど、まさか、めんどくさいことというのが……皇太子の地位を降りるということだったなんて。

 うーんと、固く両目を瞑る。

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