第20話
アンナ様とハンナ様も、私を男爵令嬢……つまり、自分よりも下位貴族だと思ったからこそあのような言葉を口にしたはずだ。下の位の者が上の位の者に失言すればどんなに理不尽であろうとも、罰せられても文句は言えない。
逆ならば、上の位の者が下の位の者に何を言おうが、謝罪などする必要もない。文句があるの?と睨みつけられて反論はできないからだ。
もちろん、度が過ぎたいじめをすれば、それを理由に婚約破棄された上に、修道院に入れられることもある。
あら?修道院ルートを発見してしまいましたよ?
とにかく、ローレル様も二人も、私を自分たちより下だと思っていて謝罪をしたということだ。ありえない。まさか、公爵令嬢だとバレた?
「あの、アンナ様、ハンナ様、そしてローレル様、その、あの日のドレスは誰が見てもあの場にふさわしい物ではありませんでした。同じような言葉を聞えよがしに口にしている方がたくさんいらっしゃいましたし、まったく気にしておりません」
私の言葉にアンナ様とハンナ様がほっとした表情になった。
「逆に、あの場ではっきりおっしゃっていただいたおかげで、ローレル様ともお話することができるようになれましたし」
ローレル様が笑った。
「あら、確かにそうね。あの時、お話ができたからこそ、今こうして私は青いドレスを着ることが出来ましたし」
話ができたから?
意味も分からず、首をかしげる。
「あの日、実は会場でも貴方を見かけていたの。とても目立っていましたから」
悪目立ちですね。
「周りの人に色々言われているのはすぐに分かったわ」
チラチラ見ながらクスクス笑って扇で口元をかくしていれば、そりゃ良からぬことを言っていると、聞いていなくてもバレバレですよね。
「だけれど、貴方は、恥じ入って下を向くようなことはなく、自分のドレス姿に満足げに笑っていたのよ」
ああ、確かに。言われて流行のものじゃないと分かったけれど、フワフワ可愛いのは嫌いじゃないんだよねと思って笑ったような気がする。
「そして、あのあづまやで、好きなドレスを着てはダメなのかと貴方に言われて、一瞬であなたのことが好きになりましたの」
え?ローレル様が、私のことを好き?
思わぬ言葉に、顔が赤くなる。
学園に通わなかった私にとって、お友達は憧れの存在だ。
これは、お友達ゲットのチャンス?そうなの?
「色々と貴族社会はめんどくさいしきたりがあって、こういう時は本当に嫌になるけれど……」
ローレル様の言葉に、ハッとなる。
そういえばローレル様は何家の方だったのか、確認するのを忘れていた。
私を男爵家だと思っているなら、伯爵家や侯爵家の方なら友達という立場になるのは難しいと思っているだろう。
公爵令嬢だと知られたら逆に、恐縮して距離を置かれてしまうだろうか?
「あなた、お名前は?
「リリーです」
「リリー、花の名前ね。だから、貴方はそんなに愛らしいのね」
愛らしい……。その言葉に頬が暑くなる。
ローレル様、私、家族以外に褒められることが慣れてなくて心の準備なく唐突に褒められると、嬉しいやら恥ずかしいやら。
「ろ、ローレル様も、アルストロメリアオニックスのように、素敵ですっ!」
慌てて思い浮かんだ花の名前を口にする。
「あら、アルストロメリア オニックス、よくご存じね。花言葉は凛々しいでしたかしら。リリーの目には、私はそのように見えているということなのね?」
うわ、しまった。
愛らしいと言ってもらったのに、凛々しいですねなんて褒めてない。美しいとか綺麗とかもっと相応しい花がいくらでもあるのに。
どうしようと思っていたら、ローレル様がニコリとほほ笑んだ。
「嬉しいわ。私、花に例えられたことは初めてよ。しかも、その花が私の一番好きな花なんですもの。ふふ、そうだわ、今度はアルストロメリアオニックス色の、紫のドレスを作りましょう。胸元に、アルストロメリアオニックスの形をしたブーケ・ド・コサージュを飾ったら素敵だと思わない?」
ローレル様が、アルストロメリアオニックス色の深い紫いろのドレスを身にまとっている姿を想像する。きっと、フリルも控えめで、体の線を美しく見せる形のドレスだろう。シンプルな飾り気のないドレスに、胸元にアルストロメリアオニックスのブーケ・ド・コサージュ。
あまりに素敵な姿に、ため息が漏れそうだ。
私、赤や黒や紫は怖いなんてそんなふうに思っていた自分が恥ずかしい。
ちゃんと似合う人が美しく着こなせば、何も怖いことなんてない。美しさにため息が漏れるだろう。
絶対に似合いますと口にしようとする前に、アンナ様とハンナ様が口を開いた。相変わらずどちらがどちらか分かりません。
「絶対に似合うと思います!」
「是非、見て見たいです!ですから、そのブーケ・ド、コサージュのことを知っている仕立屋を教えてくださいませ!」
二人の言葉に、ローレル様が困った顔を見せた。
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