42話 タレーラン伯爵家の舞踏会 混雑

 カザリア王国の大使館の馬車で、タレーラン伯爵家に着いたが、馬車泊まりから渋滞していた。




「何だか、凄い人ですね」




 エドアルドはユーリをエスコートして車から降りたが、タレーラン伯爵家は招待客でごった返している。




 女性の控え室は二部屋用意されてはいたが、侍女達だけでもいっぱいだ。マリアンヌは、これは40人以上の令嬢が招待されているかもと眉を顰める。




 王宮でもあるまいに、これほどの招待客を呼んでダンスする大広間はごった返すだろうし、控え室の不備に早々に帰ろうとマリアンヌも考える。


   


 エドアルドにエスコートされて、タレーラン伯爵夫妻に挨拶すると、ユーリは大広間に入った。




「ユーリ、あちらに行きましょう。ロックフォード侯爵夫人が、席を確保して下さっているわ」




 ユーリはマリアンヌに連れられて、後見人の貴婦人達が座っているコーナーに向かう。




「今晩は、マリアンヌ様、ユーリ嬢。今夜のドレスも、とても美しいですわ! それにしても、凄い招待客ですわ」




 ロックフォード侯爵夫人とは、マウリッツ公爵家のお茶会で何度となく会っていたのでらユーリも気楽に挨拶する。




「侯爵夫人、今晩は」




 ロックフォード侯爵夫人は、ユーリとマリアンヌに席をとっておいてくれた。




「エリシア様、今晩は。席を取って下さってて良かったわ、ありがとう。こんなに招待客もが多かったら、椅子も足りないわね」




 公爵も従兄のロックフォード侯爵と挨拶を交わしながら、これは招待客を呼びすぎではと眉を顰める。




 ユーリがエドアルドとダンスフロアに向かうのを見ながら、マリアンヌとエリシアは扇で口元を隠して、アンリとのダンスを増やす計画を話し合う。




「アンリはユーリ嬢に夢中なのよ。でも、ユーリ嬢は国務省の先輩としてしか見てらっしゃらないわ。毎日のようにランチしてるみたいだけど、色っぽい話は無さそうね」




 ユーリの恋愛音痴ぶりに、マリアンヌは溜め息をつく。




「あの娘の恋愛音痴は重症ね! 私ならアンリ卿と毎日ランチしてたら、仕事どころじゃなくなるわ。ハンサムな青年だし、優しくて、頭脳明晰なんですもの」




 若い頃からのロマンチック趣味は、変わってないわねとエリシアは笑う。




「なんたる事だ! ファーストダンスから、令嬢方が壁の花になりそうだぞ。バランスを考えて、招待するべきだろうに」




 ロックフォード侯爵は妻の知り合いなのでタレーラン伯爵家とも付き合っていたが、余り好ましく思っていなかったので配慮の無さに怒りを覚える。




「ユージーン、フランツ、アンリ卿は、もう令嬢をエスコートしているし、エドアルド皇太子殿下の御学友達も皆様出ているわね。もうじきエミリー嬢の紹介でしょうに、デビュタントの令嬢が壁の花なんて駄目よ。既婚者でも良いわ! 貴方も誘ってあげて下さいな」




 グレゴリウスのそばにいたジークフリートも、令嬢方がパートナーを見つけられず後見人達と壁の花になっているのに気づいた。




「皇太子殿下、今夜の舞踏会は令嬢の方が多いみたいです。私もダンスに誘ってきますから、殿下はエミリー嬢と礼儀正しくダンスして下さいね。くれぐれもユーリ嬢ばかり見てはいけませんよ」




 何人か令嬢が壁の花になっているのに気づいた紳士がダンスを申し込み、デビュタントの白いドレスで大広間はいっぱいになる。マゼラン卿は、フェミニィストのジークフリートがグレゴリウスの側を離れたのにほくそ笑む。




「何か面白い事でも、有りましたか?」


   


 独身のパーシー卿には令嬢を誘いに行かせたが、既婚者のラッセル卿はダンスを遠慮してマゼラン卿と、コーナーで大広間のごった返しをウンザリしながら眺めていた。




「いや、子守りが離れたなと思ってね。エミリー嬢は、皇太子殿下を少しはユーリ嬢から引き離してくれるかな?」




 ちょうど、その時にタレーラン伯爵夫妻とエミリーが大広間に入場した。豪華なダイヤモンドのティアラと、重そうなダイヤモンドのネックレスがシャンデリアの灯りをきらきらと反射する。




「凄いダイヤモンドのネックレスですね」




 ラッセル卿が驚きの声をあげるのを、マゼラン卿は苦笑する。




「社交界にデビューされる令嬢には相応しく無い豪華さですな。あのダイヤモンドのネックレスは、年配の貴婦人に似合うでしょう」




 マゼラン卿は、今夜のユーリ嬢の華奢な金鎖にあしらわれた小さなダイヤモンドの煌めきの方が、若い令嬢の装いに相応しく思えた。 




 ファーストダンスが始まると、礼儀正しくグレゴリウスはエミリーと踊ったが、豪華なダイヤモンドのネックレスの印象しか残らなかった。




 一方のエドアルドはユーリの華奢な鎖骨にクラクラしてしまい、ドレスのリボンごとプレゼントして貰えたらと妄想大爆走中だ。




「こんなに綺麗な貴女を、他の男と踊らせたくないですね。ずっと私と踊って欲しいです」




 ユーリは露出が多すぎると言われたのだと勘違いする。




「やはり露出が多すぎますよね。恥ずかしい、もう帰りたいわ!」




 愚図りだしたユーリに、エドアルドは慌て、妄想モードから脱出して、宥めにかかる。




「何か揉めてますよ」




 ラッセル卿に指摘されるまでもなく、エドアルドが必死でユーリに話しかけているのにマゼラン卿も気づく。




「グレゴリウス皇太子狙いの令嬢がいっぱいの舞踏会なのに、ユーリ嬢の機嫌を損ねるとは。こんなに令嬢が多かったら、ある程度の方と踊るまでは、ユーリ嬢と踊る機会は無いのに。まぁ、グレゴリウス皇太子ほどは、キッチリと踊る義理はないがな」




 なんとかユーリの機嫌をとった様子にホッとしたが、ファーストダンスが長いのに、タレーラン伯爵家の野望を勘づいたマゼラン卿だ。




 エドアルドはやっと自分が褒めていたのだとユーリにわかってもらえて、ホッとしながらダンスしていた。




「エドアルド皇太子殿下? 少し曲が長くないですか」




「私には長く感じないのに、ユーリ嬢は冷たいですね。というのは冗談ですが、確かに2曲分はありますね。エミリー嬢はグレゴリウス皇太子と長く踊っていたいのでしょう」




 ユーリは、少し胸がチクンとした。




「エミリー様は、皇太子殿下が好きなのかしら? 普通は、令嬢は皇太子殿下に憧れるものなのかしら? エドアルド皇太子殿下も、ニューパロマで令嬢方に憧れの目で見られているの? 皇太子妃になりたい方が、多いのかしら? 私にはよくわからないわ、フォン・アリスト家の跡取りだと言われただけでもウンザリなのに」




 皇太子本人に、皇太子妃になりたいなんて理解できないと言うユーリに、苦笑するしかない。




「ユーリ嬢、普通の貴族の令嬢は皇太子妃になりたがりますよ。私は、そんなの御免ですけどね。皇太子妃になりたいのであって、私を愛してくれるわけでは、ありませんからね」




「皇太子殿下も大変なんですね! 少し気の毒に思いますわ。その上、じゃじゃ馬な政略結婚の相手を押し付けられて。エドアルド皇太子殿下、断って下さって良いのよ。どう考えても、皇太子妃のガラでは無いわ」




 恋する青年の心を打ち砕くような残酷な言葉を発するユーリを、少し引きつけて耳元に囁く。




「私は貴女を愛してますから、諦めませんよ」




 ユーリはエドアルドの好意を知っていたが、突然の愛の告白に驚いて真っ赤になってしまう。


 


「冗談ですの?」




「鈍い方ですね! カザリア王国に一歩降り立たれた時から、一目惚れしてるのに。ユーリ嬢、貴女を愛してます」




 ちょうどダンスの終わりで、エドアルドはユーリの手を取ってキスをしながら告白する。




「グレゴリウス皇太子に、貴女を渡したく無いな! このまま逃げ出したいですね」


   


「エドアルド皇太子殿下……」




 ユーリは、エドアルドの突然の告白に動揺する。




「ああ、残念だな、グレゴリウス皇太子が来られた。ユーリ嬢、今度、踊る時まで、私が言ったことを覚えてて下さいよ」


 


 マゼラン卿は、エドアルドがなかなかエミリーの所に行かないのでハラハラする。




「エドアルド皇太子、パートナーチェンジですよ」


   


 グレゴリウスがユーリをエスコートしに来たので、渋々エミリーとパートナーチェンジをした様子に招待客の全員が気づいた。




 ユーリは、ウィンクしてエミリーをエスコートしに行くエドアルドの真意をつかみかねていた。ファーストダンスはデビュタントの令嬢が全員踊ったが、混雑し過ぎなので、2曲目からは人数が減った。




「ユーリ、何かあったの? 頬が紅いよ」




 グレゴリウスは、エドアルドがユーリを口説いたのだと察していた。長すぎるファーストダンスの間、エミリーと踊りながらユーリの事が気になって仕方がなかったのだ。




「人混みで、踊っているからだわ」




 エドアルドから愛の告白をされたなんて言ったら、火に油を注ぐようなものだと、鈍いユーリにしては感じて誤魔化す。




 グレゴリウスはユーリの誤魔化しには気づいたが、エドアルドのことなどどうでも良い気分になっていた。いつになく露出の多いドレス姿に、クラクラしてしまったのだ。




「ユーリ、とても綺麗な鎖骨だね。繊細な感じがするよ」




 ジークフリート卿から女性は細かい所を褒めると喜ぶと教えられて、グレゴリウスはユーリの鎖骨を褒めた。




「鎖骨? 胸が無いと言いたいの」




 グレゴリウスは、全く自分の思いが届いてないのにガッカリする。今夜のユーリは胸から上がオープンになっているので、肩の綺麗なラインや華奢さを強調する鎖骨に見とれていたのだ。




「胸があるのは、12才の時から気づいていたよ。ユーリに氷の張っている池に突き落とされた時にね」




 ユーリは子どもの時の喧嘩を思い出して、スケベ! と真っ赤になって怒った。




 あの時も、口喧嘩から小突きあいに発展したのだ。ユーリが小突いたのに怒ったグレゴリウスが小突き返した時、膨らみかけた胸に手が当たったのだ。柔らかさに真っ赤になったグレゴリウスを池に突き落としたのを、少し反省したユーリだ。




「あの時は、池に突き落として悪かったわ。風邪をひいてたかもしれないものね」




「悪かったと思ってるなら、キスしてくれたら嬉しいのになぁ」


 


 図にのったグレゴリウスにツンとしたユーリの様子を、ジークフリートは何をやってるんだかと、出来の悪い弟子に溜め息をつく。








 グレゴリウスに後見人のマリアンヌのもとにエスコートして貰ったユーリは、アンリからレモネードを受け取った。




「全員が踊るのは、無理ですね」




 アンリは次にユーリと踊ることにして、後見人の許可をとってテラスにエスコートする。




「少し混み過ぎですわ、ああ、風が気持ち良いわ!」




 舞踏会が始まったばかりなのに、テラスには混雑する大広間から退避した人達がかなりの数いたので、ユーリもアンリと風に当たりながら話す。




「ユーリ嬢、今宵はとても綺麗ですね。見習い竜騎士の制服姿も凛々しいですけど、ユーリ嬢はドレスが似合いますね」




 ユーリは、アンリの褒め言葉に頬を染めて抗議する。




「今夜の主役はエミリー嬢なのだから、地味にしたかったのに叔母様は聞いて下さらないの。このドレスは、露出が多すぎるから嫌なの。知らない人と、ダンスしたくないわ。何だか無防備な気持ちになるんですもの」




 アンリもこんなに魅力的なユーリを、他の男性と踊らせたく無かった。




「どこかへ逃げ出しましょうか? 皇太子殿下達とのダンスは終わったのだから、義理は果たしてますよね」




 アンリ卿の誘惑に、ユーリはついて行きそうになる。




「そうしたいわ、社交界は苦手なの。でも、叔母様が心配されるから無理よね」




「なら、許可を頂きましょう、屋敷に来られたら良いですよ。ここから近いですから」




 侯爵夫妻の留守に屋敷に行く意味を全く考えもせずに、ユーリは舞踏会から逃げ出すアイデアに心惹かれる。




「ユーリ、ここに居たんだね。やぁ、アンリ、気持ちの良い風だね~」




 アンリは、偶然を装って邪魔しにきたフランツに苦笑する。




「ねぇ、フランツ、凄く混み過ぎじゃない? もう帰りたいわ。アンリとロックフォード侯爵家に行こうかと話していたのよ」




 フランツは、アンリを良い人だと信じきっているユーリにクラクラする。実際に良い人であるから家族の一押しなのだけど、だからといって侯爵夫妻の留守中に屋敷に行くのは危険だとは考えないのかと、怒鳴りたくなる。




「まだ舞踏会は、始まったばかりだよ。余りに早く帰ったら、失礼だ。それにロックフォード侯爵夫妻の留守に、お邪魔してはいけないよ」




 アンリも屋敷に連れ込めるとは考えて無かったが、ユージーンとフランツがグレゴリウス派だと再認識した。




「そうですね、フランツの言うとおりだ。もう少し居ないと駄目だろうが、早めに帰って屋敷に寄りませんか? 大丈夫だよフランツ、両親も一緒だし、マウリッツ公爵夫妻も一緒に少し休んで行かれたら良いですね。話して来ましょう」




 ユーリをエスコートして、両親のもとに連れて行くアンリを止める理由も無かったので付いていきながら、ややこしいことになりそうだとフランツは溜め息をつく。

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