33話 竜との相性

「おはよう、ユーリ、寮に帰っていたんだ」




 グレゴリウスは、エミリーの件でかなりショックを受けたが、こうして顔を見るとやはり好きな気持ちがこみ上げてくる。




「グレゴリウス皇太子殿下、おはようございます」




 ユーリとしては少な目の朝食を食べていたのだが、グレゴリウスも後からくるフランツも、トレイの上にはお茶とパン一個だけだ。




「もしかして、凄く騎竜訓練がハードな内容になっているの?」




 ユーリが心配しているうちに、エドアルドや、ハロルド達も、お茶のみをトレイに置いて持ってきた。




「ユーリ嬢、おはようございます……そんなに食べて大丈夫ですか?」




 ユーリはいつもより少ないハムエッグとパン一個だけの朝食を眺めて言いよどんだ。




「え~、いつもより少な目にしてるのよ。パンだって一個だけだもの。


 今、何を練習しているの? 先週は休んだから……凄く進んだの?」




 食べるのを止めて尋ねるユーリに、グレゴリウスは右旋回と左旋回だと教えた。




「僕は少し左旋回が苦手なんだ。またイリスを貸してくれる?」




 フランツのお願いに、ミューゼル卿が許可してくれたら良いわよと簡単に答える。




「あっ、まだお祖父様が騎竜訓練に来ているとか無いわよね?


 エドアルド皇太子殿下がいらっしゃるから、見にくるかしら?


 機嫌が悪そうだから、嫌だわ」




 ユーリの情報は、見習い竜騎士の先輩方にも広がって、騎竜訓練の前から混乱してしまった。








「ジークフリート卿にユージーンも?」




 カザリア王国の指導の竜騎士であるラッセル卿や、パーシー卿が騎竜訓練に参加するのはイルバニア王国の訓練方法を学ぶ為かなと理解できた。外務省勤務のジークフリートや、ユージーンまで何故とユーリは訝しんだ。




 まだ、ジークフリートはグレゴリウスの指導の竜騎士で、普通の竜騎士とは違う立場なので少しは納得できる。ユージーンやシュミット卿と、ジークフリートは全く見習い竜騎士に係わる時間が違ったし、優先順位も違った。


 


 ジークフリートにとって最優先事項はグレゴリウスの安全を守る事だったし、外務省での本来の仕事より指導の竜騎士の方が重く考えられていた。 




「ユージーン? 何故、騎竜訓練につき合うの?」




「ああ、たまには文官でも騎竜訓練をしなくてはいけないんだ。


 どうせなら、ユーリの騎竜訓練の手伝いをしろと、アリスト卿に言われたからさ」




 嘘つきは外交官の始まりかも知れないと、ジークフリートはユージーンの大嘘に尤もらしく頷く。 


  


「ヘェ、そうなんだ、もしかして、武術訓練も?」




 恐る恐る聞くユーリに、義務では無いが自主的に参加するのを推奨されていると、半分真実交えて答える。ローラン王国の脅威が迫る政情なので、文官の竜騎士も騎竜訓練や、武術訓練を自主的に受ける者が増えてきていたのだ。




 ユーリはお祖父様とマゼラン卿が話しながら、騎竜訓練を眺めているのを遠くから見て、エドアルドがいる間はずっとかしらと溜め息をつく。




「グレゴリウス皇太子殿下、ユーリは、ジークフリート卿と、ユージーン卿と、私と5頭で飛行をする。


 エドアルド皇太子殿下と、フランツは見学していてくれ。


 次に同じのをするから、よく観察しておくように。


 右旋回と左旋回を交互にしたら降りるからな」




 ユーリもグレゴリウスも、ジークフリートとユージーンの竜騎士の能力を信じていたので、安心してミューゼル卿の指示通りに右旋回、左旋回をこなして降りてきた。




「ユーリ嬢は見事な騎竜ぶりですな」 




 マゼラン卿は基礎的な飛行訓練だが、綺麗な5頭飛行を誉めた。




「一緒に、ジークフリート卿や、ユージーン卿が飛んでいるから安心したのでしょう。彼等なら、接触とかは避けてくれますからね。


 次は、エドアルド皇太子殿下とフランツですな。フランツは少し左旋回のタイミングが遅れがちだな。


 エドアルド皇太子殿下はマルスとの絆も深いし、見事にこなしておられますな」




 マゼラン卿もエドアルドが張り切って騎竜訓練に臨んでいるのがわかったので、褒め言葉を喜んで受け取った。




 だが、イージス卿に指導を受けている息子達に目を向けて、あまりの下手さにクラクラしてくる。こちらも、竜騎士のイージス卿、ラッセル卿、パーシー卿の三人と、二人づつが飛行訓練していた。




「真っ直ぐ飛ぶだけなのに」


 


 等間隔に飛ぼうと相手を意識して、結果として近づきすぎたり、遠ざかり過ぎたり、酷い有り様だ。




「ミューゼル卿、イージス卿と交代してくれ」




 見かねたマキシウスは、指導の上手なミューゼル卿にハロルド達を任した。




 イージス卿は、竜騎士隊長の孫娘のユーリ嬢の指導は肩の荷が重いと溜め息をつく。しかし、安定した飛行隊形を維持する能力の高さを直ぐに認めて、流石は尊敬する竜騎士隊長のお孫さんだけあると賞賛する。




 フランツは、イージス卿から許可を得て、イリスに左旋回のコツを教えて貰った。ユーリは、フランツがイリスと飛んでいるので、大使館で元気の無さそうな様子だったカイト達の飛行訓練を眺めて、真っ直ぐ飛ぶだけなのに接触しそうなのに驚いた。




「エドアルド皇太子殿下、彼らは騎竜訓練が苦手なのかしら?


 それとも竜達の体調に問題があるのかしら?」


 


 エドアルドは竜達の体調と聞かされて驚いた。




「何故そのように思われるのですか?」




 ユーリの竜騎士としての能力には一目置いているので、自分が気づかない点があったのだと思った。




「大使館でカイト達が元気が無かったら、心配してましたの」




 エドアルドは大使館でカイト達がユーリ嬢に会って喜んでいたとしか見えなかったが、全幅の信頼を置いているので放置できないと考える。




「マゼラン卿、カイト、コリン、キャズの体調はどうなのだろう? 何か元気の無くす要因とかは無いのか?」




 エドアルドは、アリスト卿と下手な飛行をしているのハロルド達を眺めているマゼラン卿に尋ねる。




「何かユーリが失礼なことを言いましたでしょうか?」




 エドアルドとユーリが話しているのを見ていたマキシウスは心配して尋ねた。




「いえ、ユーリ嬢はカイト達が元気がない様子を心配して下さっただけなのです。


 でも、彼女は私より竜達の気持ちに敏感だから、気になってしまって」




 マキシウスはユーリを呼んで説明させた。




「カイトとコリンは、パートナーの相性はどうなのかしら?


 何かチグハグな感じなの。もっと話してみれば、この違和感の正体が掴めそうなのだけど……キャズはジェラルドに信頼されてないと、いじけてる感じを受けとったけど、これも印象だけだから……」




 他国の竜と竜騎士の問題は慎重に扱わなくてはいけないが、マキシウスも同じく違和感を感じていたので、マゼラン卿に提案する。




「差し出がましいですが、一度あの三頭とユーリに話をさせて貰えませんか? 私も気になって仕方ないのです」




 確かに他国の竜騎士が口を出す問題では無いが、マゼラン卿はユーリの竜騎士の能力を買っていたので、竜騎士隊長のアリスト卿の申し出を受けた。それに酷いハロルド達の飛行訓練を、見ていられなかったのだ。




「イリス! ハロルド、ユリアン、ジェラルドを乗せて真っ直ぐ飛び方を教えてくれ」




 イリスはあまり嫉妬しないと約束はしたが、微妙な話し合いに邪魔をされては困るし、自信を無くしかけている三人には良い結果が出るかもと指示した。




 ユーリは一頭づつ話して、カイトとコリンはお互いのパートナーを交換したがっているのに気づいた。




『私はハロルドも好きだけど、ユリアンの方が気になって仕方ないんだ。


 ハロルドはほって置いても平気だけど、ユリアンからは危なっかしくて目が離せないのだ』


 


 カイトはハロルドとよく似合た世話焼きの性格で、末っ子で甘えん坊のユリアンが心配で仕方ないと訴えた。一方のコリンは少し甘えん坊で、しっかり者のハロルドに惹かれていた。




 ユーリは、この二頭はパートナーを交換すればハッピーになれるわと安堵する。


 


 でも、キャズの悩みは深かった。




 キャズは誇り高い性格で、ジェラルドも同じように誇り高かったので、お互いに惹かれ合いながらも、上手くコミュニケーションが取れて無かった。




『ジェラルドは、私を信頼してくれていない。


 私が駄目な竜だと疑っているのだろう』




 ユーリは、キャズに貴方は良い竜だわと何度も言い聞かせる。


   


『ユーリがそう言ってくれると、ホッとするよ。


 このままジェラルドとパートナーを解消されても、相性が悪かったのだと納得できるかもしれない。


 初めてジェラルドに会った時は、絆の竜騎士を見つけたと嬉しかったのだけどね』




 ユーリは竜の直感を信じているので、キャズがジェラルドを一目惚れしたのを重く考える。




『キャズ! ジェラルドも悪いけど、貴方も悪いわ。一目惚れした相手を、簡単に諦めては駄目よ。


 イリスなんか、凄く強引だったのよ。このまま引き下がったら、ジェラルドを他の竜に取られるわよ』




 ユーリの叱咤激励で、キャズは落ち込んでる場合じゃないと目を覚ました。




『ジェラルドが他の竜の絆の竜騎士になるなんて嫌だ。


 ジェラルドは私の絆の竜騎士になるんだ』




 丁度、イリスとの飛行訓練から降りてきたジェラルドは、熱い告白を聞いてキャズの元に走ってきた。一頭と一人がラブトークに思える熱い愛の籠もった言葉を交わすのに遠慮して、ユーリはイリスに走り寄って抱きついた。




『また、他の竜と話していたんだ』




 少し嫉妬しているイリスに、カイトとコリンのパートナー交代と、キャズが多分ジェラルドと絆を結ぶ事を話して聞かせる。




『今回は仕方ないけど、なるべく他の竜と話さないでね』




 やはりイリスの嫉妬深さは変わらないなと、ユーリは溜め息をつく。




『人の竜の心配をしている場合じゃないわね。


 イリス、大好きよ! 愛しているから信頼してほしいの』




 熱烈な愛の告白を端で聞いていた両皇太子殿下達は、最大のライバルはイリスかもと苦笑する。








 昼食の間にユーリはマキシウスとマゼラン卿に、カイトとコリンがパートナー交代を望んでいる事を説明した。




「竜が、パートナー交代を望んでいるのですか?」




 流石のマゼラン卿も半信半疑だったので、マキシウスは昼からパートナーをそれぞれ交代して騎竜訓練をすると言って、試してみようと提案する。




「午前中にイリスに騎竜したから、変には感じないでしょう。


 エドアルド皇太子殿下にも、イリスに乗って貰えば参考になると思いますよ」




 ジェラルドがキャズの絆の竜騎士になるかもしれないと聞かされて、マゼラン卿は疑う。




「失礼ですが、ジェラルドは一番年上ですし、あまり騎竜訓練も上手だとは言えません。


 パートナーを変えるべきかもと、私も悩んでいたのです」




 三人の中でもジェラルドとキャズは一番上手くいってなかったので、それが絆を結ぶかもと言われても信じ難いマゼラン卿だ。




「だって、キャズはジェラルドに一目惚れしたのよ。


 お互いにプライドが高くて上手くいって無かったけど、ラブラブなんですもの。


 もう少しジェラルドが、キャズを信頼すれば絆を結べると思うわ」




 人間の恋心にあれほど鈍いユーリなのにと、内心で突っ込んだマゼラン卿だった。








 昼からは打って変わったキャズとジェラルドのラブラブモードに全員が呆れてしまう。ハロルドとコリン、ユリアンとカイトも相性が良く、真っ直ぐに飛ぶのは全員が合格点を貰えた。


 


 マゼラン卿、ラッセル卿、パーシー卿は、コリンとカイトと話し合って、ハロルドとユリアンにパートナーの交代を告げた。 




「何故ですか? カイトは好きなのに」




「え~? コリンと仲良くなりかけているのに」




 ハロルドとユリアンは、突然パートナー交代を言われて、驚いて抗議した。




「ハロルド、コリンと飛んでどう思った? ユリアンも、カイトと飛んでどう感じた? 大切な事だから、正直に答えなさい」




 二人とも2ヶ月パートナーとしていた竜より、交代した竜と飛ぶ方が楽しいと後ろめたく感じていたので、俯いて小声で了解した。




「これで竜達も幸せになるな。ユーリ嬢が、竜達が元気がないと心配されたのだ。


 ハロルド、コリンは甘えん坊だから、ちゃんと世話を焼いてやらないと拗ねるぞ。


 ユリアン、カイトは世話焼きで少し口うるさいかも知れないが、君のことが好きなのだから我慢してやりなさい」




 ジェラルドがキャズとラブラブモードなのは、ハロルドとユリアンも気づいていたので、これもユーリが何か手を打ったのだと察した。




「父上、他国の竜と竜騎士のパートナーシップに口を出すのは御法度では?」


   


 竜騎士としての最低限のマナーだが、そんなの元々考えるようなユーリなら、ここにいる三人は竜騎士になれなかったと無視することにした。


    


「そんなの関係ない。なにせ、ユーリ嬢のされることだからな」




 ハロルド達は無茶苦茶なマゼラン卿の言葉に爆笑してしまう。


 






 リューデンハイムの竜舎に帰ると、前のパートナーのカイトに少し未練は感じたが、新しいパートナーのコリンに甘えられてデレデレのハロルドは、ユーリに教えて貰ったように目の縁をかいてやる。




『前から、好きだったんだ』


   


 甘えてくるコリンに、大好きだよと返事をしているハロルドに、エドアルドは呆れてしまう。 




 振り返るとユリアンも、カイトにあれこれ指示されながらラブラブで目の縁をかかされているし、ジェラルドもキャズとイチャイチャ話している。


 


『私も、目の縁をかいて欲しい』




 エドアルドは、騎竜のマルスからの要望に喜んで応えた。


   


「何だか熱々カップルだらけだね」 




 カザリア王国の竜と見習い竜騎士達のイチャイチャぶりに、リューデンハイムの竜舎にいた竜達も刺激されて、それぞれのパートナーや、絆の竜騎士達を呼び出したので、竜騎士でない人が見たら呆れかえるような有り様になっていた。




 ユーリ、グレゴリウス、フランツも竜と親睦を深めたが、日頃からスキンシップが足りているのと、騎竜訓練で疲れていたのか竜達は満足して寝てしまったのだ。




「そろそろ寮に帰らないと、夕食を食べ損ないますよ」




 エドアルド達に声をかけると、名残惜しそうに竜達から離れた。夕食を食べながら、ハロルド、ユリアン、ジェラルドは、ユーリに心のこもったお礼を言った。




「そんなの良いのよ。竜達が幸せならば、私も幸せですもの」




 グレゴリウスとフランツは、相変わらずユーリの気の良さに呆れてしまう。


 


 しかし、ユーリは不幸な竜達の存在をまだ知らなかった。

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