21話 真名で発熱

 ユーリには散々なサマースクール最終日だったが、大使館に帰ってからも大変な目にあった。


「ユーリ、君は外出禁止だ」


 ユージーンは、自分をユーリの指導の竜騎士にきめた大伯父のマキシウス卿に文句を山ほど言いたい気分だ。


「フランツ、お前はユーリの側に付いてて、何で暴走を止めなかったんだ。カザリア王国に重大な情報をダダ漏れにして」


 ユージーンの怒鳴り声にユーリは頭痛が酷くなった。真名のような魔力に満ちた文字を見た疲れからか、本当にぐったりとする。


「ユージーン卿、ユーリの様子が変です。今日は間違った真名に酔ったり、ウォッカに酔ったりで、疲れているのです」


 グレゴリウスの言葉で、ユージーンもユーリがぐったりしているのに気づく。


「ユーリ、気分が悪いのか?」


 ユージーンはユーリの額に手を当てて、熱が出ているのに気づいた。


「熱があるじゃないか! 体調が悪いなら、早く言いなさい。フランツ、大使夫人を呼んできてくれ」


 サマースクールでの一連の報告を受けるため大使の書斎を借りていたのだが、熱でぐったりしたユーリに慌てる。


「まぁ、大変だわ、疲れが出たのかしら?」


 熱で朦朧としながら、知恵熱だわとユーリは考える。




 その夜は、ライシャワー教授、アレックス、エドアルドも熱をだした。


 皇太子の侍医は、日頃、健康なだけに驚いたが「知恵熱ですな」と診断する。


 一粒種のエドアルドの発熱に国王、王妃も心配したが、侍医から知恵熱と聞いて安心すると共に、恋の病の間違えではと苦笑する。


 何故なら熱にうなされたエドアルドは「ユーリ」と譫言を繰り返していたからだ。




 教育係のマゼラン卿は、息子のハロルドからサマースクールの信じられないような顛末を聞かされ、エドアルドが知恵熱を出したりしたので、ライシャワー教授に怒りを覚えた。


 しかし、エドアルドに発熱させるような真名とかいう文字を見せた教授も助手も発熱していると聞き、今夜の聴聞を諦める。


「イルバニア王国大使館を見張っている者を呼べ」


 マゼラン卿は見張りの報告から、ユーリも発熱したと知り、真名とかいう文字のせいではないかと疑う。


「ユーリ嬢は最初に教授が書いた間違った真名でも具合を悪くされたから、かなりダメージを受けたと思います。それに、竜心石の真名に気づいた時にも魔力を無意識に使われたのだとすると、エドアルド様どころではない高熱が出ているかもしれません」


 ハロルドはユーリが誤魔化した竜心石の発光は、きっと真名に気づいて活性化さしてしまったからではないかと推察する。


「イルバニア王国に、2個も竜心石があるとは知らなかった。ユーリ嬢はお守りの石と言われたそうだが、フォン・フォレストに代々伝わっている石なのだろうか」


「さぁ、グレゴリウス皇太子殿下も、フランツ卿も、ユーリ嬢が竜心石を持っていることをご存知では無かったようですから、フォン・フォレストがらみだとは思いますが、どうだか。ユーリ嬢のブラウスの下で青く光っているのを見て、私達と同じく驚いていましたから、ご存知なかったと思いますよ。 もし、竜心石を持っていると知っていたら、ユーリ嬢が下手な誤魔化しを言ったのを支持されたでしょうから」


 息子の言葉に頷いて、先を促す。


「それと、ユーリ嬢の竜心石は発光していたのはさておき、国王陛下の竜心石より青い炎が燃え盛っていたような気がします。竜心石だと気づいたフランツ卿が、すぐに仕舞わせてしまったので、よくは見せて貰ってませんが一見ブルーダイヤモンドかと思ったぐらいです」


 マゼラン卿は息子から今日の顛末を聞きながら、イルバニア王国大使館ではユーリの竜心石がバレた事を知って、舌打ちしているだろうとほくそ笑む。


 その上、カザリア王国に伝説の鷹ターシュの子孫が実存している情報まで、タダで与えたと腹を立てている外交官達を想像すると、同じく外交に携わっているマゼラン卿としては、笑いが止まらない気分だ。


 ただ、イルバニア王国にはユーリの子守をしていたという話す狼が実存しているというのは、う~むと唸らされる。


「ユーリ嬢の子守の狼は、今どこにいると言っておられた? それはターシュのようにイルバニア王家との絆があるのだろうか」


「さぁ、私達は昼食を買いに行ってましたから。エドアルド様はユーリ嬢とグレゴリウス皇太子殿下と狼について話していたみたいですが、詳しくては知りません。ただ、ユーリ嬢が幼い頃に子守をしていたと話していたから、駆け落ちされた両親と暮らしていた時期だと思いますよ」


「イルバニア王家と関係があるのかはわからないが、後で皇太子殿下から聞いておこう」 


「父上、ユーリ嬢は赤ん坊の頃から動物と話せていたとすると、イリスが超超早熟と評したのも無理ありませんね。あっ、そう言えばエドアルド様がユーリ嬢は話す子狼を育てる約束を楽しみにしていると仰ってましたね。ユーリ嬢といると、いっぱい事件がありすぎて……こちらとしては、私も竜騎士への道を開いて貰ったり、今日も忠告をして頂いたし、ありがたいです。しかし、自分がイルバニア王国の外交官だったらと思うとドヒャ~と思ってしまいますね。フランツ卿は頑張っていますけど、ユーリ嬢の守護者はまだ荷が重たそうですよ、なにせ色っぽい奥方だから」


 ハロルドは自分で言って吹き出してしまったが、父親からユーリはそんなに色っぽいと言う雰囲気では無いがと不審がられ、ツボにはまって笑死するのではないかと思うぐらい笑ってしまい、拳骨をもらう羽目になった。


 その後、拳骨のあとを撫でながら、イリスのユーリが色っぽい奥方だという説と、自分達のやっと高嶺の花の令嬢にお近づきになってプロポーズしようとしているとの評を父親に説明すると、竜騎士だけに妙なツボにはまって爆笑する。


「酷いですね~私が笑ったら拳骨だったのに。父上はベリーズと熟年夫婦だからと、あまり構ってやっておられませんと、色っぽい奥方と浮気されますよ。色っぽい奥方は、結婚している旦那様や、独身の若い子も無意識に誘惑するみたいですからね。あと、イルバニア王国の竜騎士隊長のアリスト卿は厳しくて優しい親戚の伯父さんだそうです」


 三国に武名が鳴り響いているアリスト卿が親戚の伯父さん! 鉄仮面の異名を持つマゼラン卿は、机を叩いて笑った。


「父上、笑ってる場合ではありません。あちらの竜達は、がっしりとアリスト卿が掌握しているみたいですよ。ユーリ嬢も親戚のお姉さんを目指すみたいですし、こちらも対策が必要なのではないでしょうか」


 笑っていたマゼラン卿は、息子からの苦言に顔を引き締める。


 騎竜のベリーズもユーリにぞっこんで、また会いたいと珍しく我が儘を言っていたのも思い出し、その祖父のアリスト卿も竜達の心を掌握してるとなると、イルバニア王国の竜達はカザリア王国の竜達より纏まっている。


 竜達を魅了する優れた能力を持つユーリを手に入れたいと、マゼラン卿はエドアルドの妃に迎えたいと改めて切望した。


「ところで、ユーリ嬢はエドアルド皇太子殿下をどう思っているのだろう? かなり良い雰囲気だとは思うのだが、お前は身近で観察してどう思う」


 ハロルドはエドアルドがユーリにぞっこんなのはウンザリするほど知っているが、肝心のユーリは嫌ってはいないし、ほのかな好意は感じるものの、とても恋しているとは思えない。


「残念ですが、まだエドアルド様の片思いですね~」


 息子と同意見のマゼラン卿は、溜め息をつく。


 イルバニア王国の特使一行が、あと一週間あまりしか滞在しないのに焦りを感じた。


 自分がイルバニア王国の家臣であれば、優れた能力を持つ女性の絆の竜騎士であり、生まれる子供も絆の竜騎士と言われている令嬢を、他国に渡したくないと思うのがわかるだけに帰国させたら不利になると考える。


「ユーリ嬢をこのままニューパロマに留める方策はないだろうか。パロマ大学に留学とか、そう、音楽留学でも良いのだが」


 お茶の席でけちょんけちょんに断られていましたよと告げられ、自分でも断るだろう案にがっかりしたマゼラン卿だったが、そうだ! と名案を思いついて、ほくそ笑む。


 後は、あの海千山千のクリスト大使とマッカートニー外務次官に、この案をどうやって飲み込ませるか?


 考えに集中したいマゼラン卿は、ハロルドに下がって良いと許可を与える。


 こういう機嫌の良い時の父上は、何か悪巧みを考えているのだと熟知しているハロルドは、少しイルバニア王国の一行に同情しかけたが、ユーリへの恩義への気持ちとは別として、エドアルドへの忠誠心と友情から、父上の策が上手くいくことを願った。          

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