第四章 見習い竜騎士

1話  見習い竜騎士試験

 ユーリが、リューデンハイムに入学して予科4年生になった頃から、またローラン王国との緊張が高まってきた。一旦は戦争状態から終戦の調印がなされ、両国間はギクシャクとした関係ではあったが、一応の平和を保っていた。


 その間、西の国境を接するカザリア王国とローラン王国は常に戦争状態であり、イルバニア王国と戦争をしたくない理由が存在していたのだ。しかし、カザリア王国とかなり優位な停戦協定を結んだゲオルク王は、念願の帝国復活の為に、南下の野心を隠そうとしなかった。


 カザリア王国とイルバニア王国は、両国間で協定を組もうと外交官を派遣しあったが、ローラン王国の妨害と、一部の帝国復活派の陰謀に阻まれ、はかばかしい成果をあげられなかった。 


 そんな重苦しい雰囲気が漂う中、ユーリとグレゴリウスは15才になった。二人はこの夏休み前に行われる見習い竜騎士試験を受ける準備もできていた。


「今年、見習い竜騎士試験を受けるのは、何人なのかしら?」


 ユーリは一緒に受験するグレゴリウスとフランツを見上げて、不安そうに尋ねる。9才から15才の子どもの成長は著しい。入学当時、まだ子どもっぽかった予科生も、背が伸び、まだひょろっとした印象はあるが、少年から青年へとの変化の途中にあった。


 ユーリは周りの同級生達がにょきにょきと背が高くなってゆくのに、母親に似てあまり長身になりそうもない自分に苛ついていた。フランツは一つ年上だから仕方ないとしても、グレゴリウスは自分より数ヶ月後生まれなのにと、男女間の身長差に体力面でのハンディキャップを感じ焦る。


「さぁ、何人受けるかは関係ないよ。皇太孫殿下も、ユーリも、私も合格するさ」


 日頃の勉強の成果を問われるだけだと、余裕のあるフランツに対して、ユーリはかなりナーバスになっている。


「二人は大丈夫よ、でも私は自信ないの。見習い竜騎士試験を来年にしようかと悩んでるの」


 グレゴリウスもフランツも、ユーリが何を不安に感じているのか気づいている。ユーリも武術を習い、一生懸命努力して身に付けたものの、学術面より苦手としているのは明らかだ。


「見習い竜騎士試験は、武術で不合格になんてならないよ」


 グレゴリウスは不安そうなユーリを励ました。


「今まではでしょう? 私が武術で不合格になる第一号だったら、どうしよう。そんなことになったら、武術指導のリンダーマン先生に死ぬほどしごかれるわ」


 反射的に三人とも厳しいリンダーマンの顔を思い浮かべて首をすくめた。ユーリは灰色のさえない予科生の制服を着てても、見るものを振り返らせる美少女に成長していた。他の予科生がリューデスハイムを去っていくなかで、ユーリ、グレゴリウス、フランツは、自然と三人で行動することが多くなっていた。 


「万が一、無事に試験に合格したら、実際に竜騎士の仕事を手伝ったりもするのよね? 見習い竜騎士になれたら、指導の竜騎士につくのでしょ。フランツは、ユージーンの見習い竜騎士になるの?」


 予科生で見習い竜騎士試験を受ける者の関心は、まずは合格できる事。次は、誰が指導の竜騎士になるかだ。


「ユージーン! 冗談でもやめてくれよ。兄にだけは指導されたくない。厳しいし、融通がきかないよ」


 ユーリの言葉に、フランツは激しく拒否反応を示した。


「皇太孫殿下、どうやって指導の竜騎士を選ぶかご存知ですか?」


 グレゴリウスは級友達に何度となく名前で呼ぶように頼んだが、やはり皇太孫殿下と呼ばれている。特に、一緒にいる時間の長いユーリやフランツも周りにあわせてるのが寂しい。


「私より、君こそ竜騎士隊長のアリスト卿から聞いてないか? 年配の竜騎士は重要な職に付いてる人が多いから、若手に付くのが慣例だとは知ってるけど、後はなにも知らないよ」


「若手って、竜騎士なりたては無いですよね。ユージーンはなりたてだから、指導どころじゃないはずだ」


 嫌がるフランツを二人で笑っていると思わぬ反撃をくらった。


「じゃあ、ユーリはユージーンの指導を受けたいのかい? 君は女性だから、身内の方が安心だとアリスト卿は考えるかもね。ユージーンは従兄でハトコだから安全だと指導の竜騎士にあてるかも」


 ユージーンが指導の竜騎士! ユーリはうっとつまってしまう。


「楽しくない見習い期間になりそうね~。実務は身につくと思うけど……」


 ユーリが誰の指導を受けるのか、グレゴリウスも気になって仕方がない。もちろん、自分の指導竜騎士も気にはなったが、立場からして優秀で厳しい竜騎士が選ばれるのは覚悟している。


『見習い期間は指導の竜騎士と一緒に行動することが多いんだ。アリスト卿がユーリに変な指導の竜騎士をつけるはことは無いと思うけど……』


 グレゴリウスはユーリが他の男と一緒だなんて、考えただけで嫉妬を感じる。 


「ユージーンは真面目だし、信頼できるよ」グレゴリウスの言葉は、二人からの大ブーイングにあった。


「皇太孫殿下はまだ竜騎士になったばかりのユージーンに指導されないと思っているから。あんな、ガチゴチの石頭に指導されたら、こちらまで石になっちゃうわ」


「無理だぁ! 指導の竜騎士の頭を殴って、退学だよ」


 二人の苦情に耳を押さえて、親戚のユージーンなら、ユーリの指導竜騎士でも安心なのにと心の中で呟く。


「ユーリは誰が良いと思うの?」


 自虐的だとは思うが、誰が好きなのか知りたい。


「私は、ジークフリート卿が良いな。ちょっと気障な言い回しだけど、優しいし、パリスも凄く良い竜で面白いもの」


 フランツとグレゴリウスは、ハンサムなジークフリート・フォン・キャシィディ卿を思い浮かべて、絶対に無いなと確信した。


「お祖父様はジークフリート卿を君の指導竜騎士に選ばないよ。彼の噂を聞いたことない? あちこちの令嬢や、貴婦人との浮き名! 絶対、アリスト卿は彼を選ばないよ」


 フランツの言葉に、グレゴリウスも大きく頷く。明るくて洒脱なジークフリートは好きだが、女たらしをユーリのそばに置いていたくない。


「でも、ジークフリート卿は親戚なのよ。領地も近くで、夏休みも一緒に泳いだりして、よく遊んで貰ったわ。それに父のハトコで友達だったのよ」


 毎年、夏休みに離宮に誘ってるのに断られているグレゴリウスは、プレーボーイのジークフリートとユーリが一緒に泳いでたと聞いただけで、胸がキリキリ痛む。


「ジークフリート卿は外交官として働いているから、今は忙しいよ。カザリア王国と往復してるみたいだし、見習い竜騎士の指導どころじゃないはずだ」


 三人ともローラン王国がまた南下しようと計略を巡らしているのは、授業でも何度となく論議されていたので知っている。


「また、戦争になるのかしら?」


 この不安定な国際状況のなか、見習い竜騎士になるという深刻さに三人は押し黙った。


「戦争にならないよう、あらゆる手段をこうじてるところさ。ユージーンも僕には何も教えてくれないけど、しょっちゅう旅に出ている。僕も、外交官になりたいな」


 フランツは子供の頃からのんびりとした印象で、相手はなんとなく能力を見誤り油断してしまうので、海千山千の外交官には向いてるような気がした。


「フランツは外交官にピッタリだわ。穏やかそうな風貌だし、家柄も良いから箔もつくし。それより、ユージーンが外交官だなんて大丈夫なのかな? 相手を怒らすのは得意そうだけど、ユージーンがご機嫌とってる姿なんて想像できない」


 とても失礼な意見だが、三人で笑い転げる。


「皇太孫殿下は国を治める勉強をなさるのね。凄く厳しい指導竜騎士がつきそう。私は軍人は絶対に無理だし、外交官も向いてなさそう。外国には行ってみたいけど、直ぐ顔にでるから無理だわ。地方の巡回とか面白そうだけど、女の竜騎士の指示に従うかしら?」


 グレゴリウスは、ユーリが国中を指導竜騎士と飛び回っているのを想像したくなかった。


「ユーリは行政とかは興味ないの? 農業とか、教育とかは?」


 行政だと基本はユングフラウでの指導になるので、リューデスハイムの寮から通えるとグレゴリウスは薦める。


「農業かぁ、品種改良とかは面白そうよね。あと、作物の流通とかも。でも、ユングフラウでずうっと働くのは嫌だな。田舎で品種改良の実験とかなら、楽しそうだけど」


 全くグレゴリウスの意図に気づいてないユーリに、フランツは呆れる。入学した頃から、グレゴリウスがユーリを好きなのは傍目にも明らかだった。意地悪をしては喧嘩を繰り返していたが、近頃は好意全開なのに、何故か本人には伝わって無い。


 ユーリはグレゴリウスが大人になって、子供っぽい意地悪をしなくなってホッとしていた。親切なのは帝王教育の賜物だと勘違いしている。


「ユーリは前に女性の働ける場所が少ないと怒っていたよね。女性の社会進出が遅れてると言ってたじゃないか。君はこの問題を取り組むのに最適だと思うよ」


 フランツはユーリは妃殿下には向いてないと考えていたが、グレゴリウスの恋心には同情していたので、ユングフラウに留まる行政の仕事を薦めた。


「確かにね、女性は結婚するものと言うのが社会の一般常識みたいだものね。結婚はしたければ、すれば良いのよ。でも、結婚しなければ食べていけないというのが嫌なの」


 グレゴリウスはユーリの口から結婚という言葉が出ただけで、ドキッとする。


「何処か女性も働ける場所が必要なのよね。それと、若いうちから手に職をつけておく、職業訓練所も必要よ。でも、こういうのも竜騎士の仕事なの?」


 ユーリの疑問に、二人は大丈夫だ! と異口同音に応える。


「竜騎士は国に尽くすという誓約をするけど、どうやってかは人それぞれだよ。医者になった竜騎士もいたしね」


 グレゴリウスは母方の伯父、医者になった変わり者のロシュフォード侯爵を思い出して苦笑する。


 フランツの言葉に納得して、兎に角、合格しなければ! と、寮に帰って復習しとこうと足早に歩くユーリを、グレゴリウスは後ろからゆっくり付いていきながら、うっとりと眺める。


 入学した頃は二つに分けてお下げにしていたが、近頃は編み込みにして後ろは三つ編みで腰の辺りまで伸びている。ユーリの背中で揺れる金色の三つ編みを何度も引っ張っては喧嘩したなと、グレゴリウスは後悔しながらも、今も少し触りたい誘惑にかられる。


 フランツもグレゴリウスも灰色の予科生の制服が不似合いなほど背が伸びて、すらりとした貴公子に成長していた。二人ともユングフラウで流行の長髪にして後ろで括ってはいるが、まだ長さが足りないのが不満だ。


 フランツは明るい性格だし、かなり女の子にモテる。グレゴリウスも皇太孫殿下として、幼い頃から帝王教育をされたので、優雅な立ち振る舞いが身に付いていた。ユングフラウ中の貴族の令嬢方から熱い視線を浴びている。


 実際、グレゴリウスの周辺には未来の皇太子妃、王妃にとの野心を持つ名門貴族の令嬢方が数多く、常にライバルを蹴落とそうと激烈な争いが発生していた。


 グレゴリウスは彼女達が家の威信をかけた妃レースに熱中しているのであり、皇太孫殿下だけを必要として、自分を見ていないのがわかっていたので、全く興味を持てなかった。それに引き換え、ユーリは皇太孫殿下として自分を欲して無いのが新鮮に感じるが、同級生としてだけなのが辛い。


 グレゴリウスは幼い頃から病気がちの父上の苦悩を身近で見てきたので、自分が健康で竜騎士になれたのは幸運だと自覚していたし、国に一生を捧げる運命だとも覚悟していた。政略で他国の見知らぬ姫君と婚姻しなければならない立場だとも覚悟していたが、現在は適切な結婚相手がいない情勢で、唯一の願望を心の奥底に育てている。


 愛する人と結婚したい。子供の頃からの片思いの初恋相手、ユーリ・フォン・フォレストと結婚できたら、他の全ては国に尽くすと決めていた。


 そんなグレゴリウスの気持ちを、ユーリは全く知らなかった。少しでもグレゴリウスの秘めた激しい恋心を知っていたなら、抜き差しならない立場になる前に何か手を打てたのか?


 しかし、この時のユーリは、見習い竜騎士の試験に合格したい、指導の竜騎士は誰かしら? という心配でいっぱいだった。 恋の都ユングフラウに居ながら、晩生なユーリは愛だの恋だのには興味を持っていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る