第七走 迫りくる過去
※話の都合でレース中なのに普通に喋ってます。マ○バオーみたいな感じです。ツッコミどころ満載ですがご了承ください。
レースが始まった。ゲートが開いた瞬間、ギュンと勢いよくダークレイが飛び出す。ロケットスタートともいえる出だしは最高だ。
(ジークフェアードは……)
通常のレースとは異なり二頭のみでのレース。都合よく日本とほぼ同じ装備で臨めているが対戦相手のレースをこの目で見られなかったのだけが心残りだった。外側にいるジークフェアード達に視線を送ると……
『ダークレイが鮮やかなスタートを切りました。そのままスタート近くの坂を登りながらどんどんとスピードを上げていきます。それに対しジークフェアードは……ピッタリとマークするように斜め後ろから様子を窺っています!』
(凄い圧だ。速度の出力はこっちの方が上だがこうも近くで張り付かれると途中速度を落として脚を溜めるのも難しい。速度を落とした瞬間狩られる……!)
他の馬が出走していたならまた違った走りだったのかもしれないが今回は俺達とゼニトリー達しか走っていない。マークする馬が一頭だけ、それも鞍上なしでとはいえ併走し走り方を知っている相手というのも向こうの有利に働いているだろう。
このまま気持ちよく走らせてやりたいがこれ以上ペースを上げると最後まで持たない。ダークレイは勢いよく下りたがるがそのまま走らせると力みすぎてスタミナが尽きてしまう。
落ち着いてゆっくり下るよう指示を出す。俺が一回舌打ちして合図を送るとダークレイは若干不満そうにしながらも今のペースを維持してくれた。
(……よし。この速度なら3000mを走り切る事が出来る。だが……)
「なんだ、いつも掛かってバテるくせにイッチョマエに抑えるなんてな。随分おりこうさんになったもんだ」
俺の視界からではギリギリ届かない嫌らしい位置からゼニトリーは分かりやすい挑発の言葉を投げつけてくる。その挑発に分かりやすく乗ったダークレイは「ああん!?」とキレるが相手のペースに乗ると負けるぞと窘める。
(挑発はともかく前情報通りラフプレイや妨害はなし。ならこのまま……突っ切る!!)
「いけー! そのままぶっちぎれダークレイ!」
「勝つのはジークフェアードだ!」
「連勝記録なんざぶっ壊せー!」
「おいゼニトリー! 新参者になんか負けるなー! お前に大金掛けてるんだからなー!」
坂を降りスタンド前を横切るとこちらとゼニトリー達に対する応援と野次の大歓声で溢れかえっていた。懐かしい感覚に気を引き締めながら通り過ぎていく。こういった大勢の人が集まるレースに不慣れであろうダークレイの様子を窺うと「勝つのはおれさまだー!」とむしろ闘志を燃やしている。とことん勝負に向いた馬で頼もしい。力み過ぎないよう調節するのが大変だが。
スタンド前を通過し第1コーナー、第2コーナーを曲がる。平坦なコースを抜け徐々に差が縮まっていく。
そしてやって来た二回目の坂。ここからが本番だ。
淀の坂はゆっくり上ってゆっくり下れ。それがこの京都の競馬場によく似たコースでかつて言われていたセオリーだがダークレイには関係ない。坂に登る前から少しずつ加速していき下りで一気に突き放す。そうしなければジークフェアードに捕まえられてしまうだろう。
だから坂を上がる時に合図を出さなければ。
──パキン。
しじ、を……ださなくてはならないのに。
(なんで……!!)
分かっている。分かっているのだ。ダークレイはまだレースに不慣れだから俺が指示を出して仕掛けないといけない。だがいざ鞭で軽く合図を出そうとすると手が震えてしまう。2周目の第3コーナーに近づくたびあの時の、シャドウグリッターのパキンと骨が砕ける破滅の音が聞こえてきて何も考えられなくなってしまうのだ。
「おい、お前また……今は本番だ! しっかりしろ!」
「分かってる! 分かってるんだ……!! でも……!!」
練習中はあの記憶を思い出さないようになって油断していたのかもしれない。いざ本番の、あの時と同じようなレース展開になってぶり返してくるなんて。
「なんだお前。その腑抜け具合……レース中に馬でも亡くしたか」
「──っ!?」
俺がトラウマに足踏みしている間に距離を狭めていたゼニトリーが声を掛けてきた。鋭い指摘に手に持った鞭を落としかける。
「やっぱりな。馬を見た時も、このレース場を見た時もお前の目には怯えがあった。……分からんでもない葛藤だ。俺にも経験がある。だがな。それで仕掛けるのを躊躇うようじゃお前は絶対に勝てねえ! この勝負俺達の勝ちだ!」
『ダークレイとジークフェアードが競り合う! ああっとここで抜いたのはジークフェアード! 白の王者が駆け抜けていくー!』
ゼニトリーとジークフェアードはあっと言う間に俺達を抜き去っていく。慌ててダークレイとコーナーを曲がるがその差は大きく開いていた。
「くそっ……ごめん……!」
「まだだ! まだ勝負はついちゃいねえ! 気合い入れろ!」
「だが想定以上に差がついた。ここから追いつくために更に速く走るのはお前の負担が大きすぎる……ヘタしたらお前の脚が……」
「だからなんだ!」
「っ……」
「お前が過去に何があったのかは知らねえよ。何かあって怯えている事は分かる。でもな。お前が今一緒に走っているのは誰だ! おれさまだろ!
ダークレイだ! お前がおれさまを通して見てるヤローじゃねえ!」
「ダークレイ……」
「おれさまはおめぇの事を信じているのにおめぇはいつになったらおれさまを信じるんだ! おれさまはこれくらいの消耗じゃ壊れねえ! 全力でおれさまに乗れ! 躊躇うな! おれさまをこの国一番の馬にするって言葉は嘘だったのか!」
(ああ……俺はバカだ。いつまでも過去に囚われてダークレイ自身の力を信じられていなかった……!!)
シャドウグリッターとよく似ているからこそ、今度は失いたくはなかった。その想いによって無意識に遠慮していた騎乗を見透かされていた。その事が彼の競走馬としてのプライドを傷つけていたのだ。ダークレイは初めて会った時から俺に背を預けてくれていたというのに。
「いいや、違う。嘘なんかじゃない。俺は……お前を一番の馬にする! ジークフェアードよりも……シャドウグリッターよりも速く走らせてみせる!」
「────」
「え──?」
ダークレイの叱咤と激励に奮起しながらジークフェアードとゼニトリーに追い抜かれた遅れを取り戻そうと手綱を握った時、聞き慣れた嘶きが聞こえる。その嘶きと同時に俺達を追い越したのは漆黒の影。その影はよく見知った姿で──。
「シャドウグリッター……!?」
突然現れたかつての相棒の姿に俺は目を見開いた。
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