第四走 運命の黒き輝き




「よりすぐりの馬達だ。この中から好きなのを選びな」


 リーシャさんに留守番を頼みゼニトリーに連れられた先は馬の厩舎だった。そこには言葉の通り見ただけでも分かるほど見事な馬達が沢山いた。


(凄いな。自分の馬だけを集めた専用の厩舎とはスケールがデカい)


 目の前に広がる光景を見て感嘆のため息を吐く。しかしそんな俺とは対照的にゼニトリーは不機嫌そうな表情を浮かべた。


「何だ?気に入らねえか?」


「いえ、そういう訳では。ただ余りにも立派な馬ばかりだったものですから少し驚いてしまいまして……」


「ふんっ! 当たり前だろうが!」


 ゼニトリーは自慢げに言った後で更に続けた。


「この世界じゃあなぁ! 強い奴こそが偉いんだ! 強いってのは腕っぷしだけじゃねえ。金だ! 金を持っている奴が強えんだ」


「……」


 傲慢な物言いをするゼニトリーの顔を見る。なんと表せばいいのか分からないがその言葉はそう自分に言い聞かせているように思えたのだ。


 必要以上に攻撃的な態度。怒鳴るような声。そして異様なまでに豪奢な身なりはまるで農民であった豊臣秀吉が関白に成り上がった後造らせた黄金の茶室のような印象を受けた。


(もしかしたら……昔は金持ちじゃなかったのかもな)


 ただの妄想に過ぎないが……随分と『金』に囚われているように思える。それが悪いとは思わないが危うさがある。全方位にこの態度だとしたら敵も多そうだ。


(……相手の心配をしている場合じゃないか。今回のレースにはリーシャさんと俺の人権が掛かっているんだ。よく馬を見定めないと。どれ……)


 競走馬として適した条件は様々だが……ここの馬達は能力に問題はなさそうだ。とすれば走るレースと距離に適した馬を知る必要がある。


「どこで走るんですか」


「あん? ……ああ、そういや言ってなかったか。馬とその担い手の能力がもっとも問われる長距離……3000mだ」


「……3000mですね。分かりました」


 距離を聞いた瞬間、心臓がキュッとする。その距離は……シャドウグリッターが散ったレースと同じ距離だからだ。


「場所も見てからの方がいいな。すぐそこだ。来い」


「はい」


 ゼニトリーに着いていくと……信じられない光景が広がっていた。


「な───」


 全体的にはほぼ平坦だが第3コーナーに小高い丘があるその特徴的なレース場。距離を示すハロン棒の位置。間違いない。ここは、このレース場は……京都競馬場そのものだ。


(何故だ……!? なんでよりにもよって……)


 夢だからこそ強く印象に残っているレース場が出てきたのだろうか。だとしたら皮肉だ。よりにもよってシャドウグリッターを失ったレースとほぼ同条件のレースをする事になるなんて。


「どうした。俺様の見事なレース会場にビビってんのか?」


「い、いえ……」


 動揺を気取られないよう愛想笑いで誤魔化すが正直笑えている自信はない。気を抜いたら泣いてしまいそうだった。


 何事もなかったように上を向いて歩こうとしたその瞬間──漆黒の影が横切った。


「あっ、コノヤロウ! また逃げ出しやがったな!」


 ゼニトリーが怒鳴る方向には美しい青鹿毛の馬が一頭。騎手など不要とばかりに雄々しく競馬場を激走していた。その姿はまるで、


「シャドウグリッター!?」


 まるであいつのようで思わず叫んでしまう。すると気持ちよく走っていた青鹿毛の馬はピタリと止まりこちらに駆けてくる。


「なんだてめえ。知らねえ顔だな」


「しゃべった!?!?!?」


 さも当たり前のように言葉を発する馬に驚くとゼニトリーが呆れたように「そりゃしゃべるだろ。馬だぞ」と言ってくる。


 え。この世界では普通なのか。いや、ドラゴンとかいる世界観なら普通なのかもしれないが……リーシャと住んでいる地域では馬をほとんど見なかったし、見かけても避けていたので気づかなかった。


「お前また柵を壊して脱走しやがったな! 肉にするぞ!!」


「その前にてめえを蹴り殺してやるよ!!」


 ゼニトリーとその馬はウマが合わないのか言い争っている。それを横目で眺めつつその馬を注視する。


(見れば見るほど似てるな……)


 漆黒の青鹿毛。マーキングのない脚。精悍な顔立ちと妙に悪い目つき。毛先が綺麗に整えられた尾。差異としては白い三日月のような曲星が額にあることくらいだ。まるでシャドウグリッターの生まれ変わりなのではないかと思うほどそっくりだった。


「おい」


「……なんだ?」


「…………」


 マジマジと視線を向けているとその視線に気付いたのかその馬が話し掛けてくる。そしてジィーっと俺の瞳を見つめていた。


「えっと……?」


「お前、名前は?」


「深影燿だ。君は?」


「ヒカルか。おれさまはダークレイ。シャドウなんちゃらじゃねえ。覚えておけ」


「ああ。すまない。知り合いに君がよく似ていて……ダークレイだな。覚えておくよ」


 さっきまでの言動とフンと鼻を鳴らしながら頭をブンブン降る姿から察するにダークレイは大分気性が荒いようだ。


「何しに来たんだおめぇ」


「……ゼニトリーさんとレースをする事になってね。レースする所の下見と一緒に走ってくれる馬を探しに来たんだ」


「へえ。ゼニトリーの野郎とか。こいつは口は悪いが実力は確かだ。ジークフェアードも名馬中の名馬。叶うどころか併走するのすら怖がるやつらばっかりだ。そいつらと戦うとなれば断る腰抜けばかりだろうよ」


「……そうか」


 そんなにも絶対的な強さなのか。恐れと同時にそんなにも強いのならどんなレースをするのだろうとワクワクする。しかし併走すら怖がる馬ばかりならば交渉以前の問題になってしまう。どうしたものかと悩んでいるとダークレイに服を咥えられクイクイと引っ張られる。


「おれさまにしろ」


「えっと……何がだ?」


「おれさまを選べ。勝ちたいんだろ? 勝たせてやるよ」


「えっ」


 指名する立場のはずが逆指名されポカンとする。すると俺が返事をする前にゼニトリーが話しかけてくる。


「こいつは辞めとけ」


「何故ですか」


「こいつは俺が最近森で拾った、自分の名前しか分からねえとのたまう素性も分からねえ馬だ。しかもかなりの気性難でな。俺ですら乗ろうとすると暴れて蹴り殺そうとしやがる。馬体も素養もいい馬だが……こいつじゃマトモなレースになりゃしねえよ」


 今まで横柄な態度のゼニトリーにしてはこちらを案じるような言葉にそんなにもあばれ馬なのか、と再度ダークレイを見る。その瞳はギラつきながらも俺を選べ、と語りかけてくるようだった。


(素性も分からない気性難の馬、か……)


 自分がするレースはリステガルドでのこれからの生活を大きく左右するものだ。たとえかつての相棒と瓜二つだからといって簡単に選んでいいものではない。しかし……目の前の馬を、ダークレイを見かけてからというものある衝動が湧いてきたのだ。


 ──この馬と、ターフを駆けたいと。


「どの馬でもいいんですよね?」


「ああ。ジークフェアード以外ならな。……お前まさか……!!」


「ダークレイ。俺と一緒に走ってくれ」


「即答じゃなかったのが気に入らねえが……いいぜ。おれさまが一番つえー馬だ。お高く止まったジークフェアードをブチのめしてそれを証明してやんよ」


 勝利を宣言するように嘶く彼は見た目よりも幼い気性のようだった。こうして俺は逆指名を受け異世界?で新たな相棒とコンビを組む事になるのだった。



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