第476話「不貞寝」(ライラ視点)





 融合したいのならトレの森へ。


 レアにそう言われていたので行ってみたら森エッティ教授とゼノビアがいた。

 広場の中央にいつの間にか設置されていた、見覚えのある祭壇にはバンブが腰かけている。マグナメルムスレとかいうスレッドにあった、セプテムが掘りだした遺跡とやらだろう。レアはたまに何の相談もなくいきなり目立つ事をするので困る。


 教授やゼノビアが祭壇の近くにいるのは順番待ちということらしい。ライラの番が回ってくるのは彼らの後だろう。

 オーラルやゾルレンなど、色々と指示しなければならない件もあったため後れを取ってしまったようだ。


「──おっと、私は別に列に並んでいるわけではないよ。バンブ氏の後はゼノビア嬢が使うが、それが終わったらライラ嬢が使うといい」


「あ、そう。そういう事なら使わせてもらうけど、使わなくてもいいなんて教授はずいぶん余裕だね。

 今後もそのまま戦うってつもりでもないんでしょ。どうするの?」


「ふむ。ひとつ考えている事はあるんだがね。というか今日ここに来て思いついたのだが。

 ただ、まだピースが足りていない気もしている。それが発見できたら、かな」


「ふうん。手遅れにならないと良いけど」


 ライラはイライザに『変態』を追加するのが目的だった。

 ただ教授ではないが、ここに来て思いついたこともあった。今『召喚』のターゲットにしたガルグイユのアビゴルの事だ。

 元はオーラルの守護竜とかそういうイメージキャラクターとして作成したはずだったというのに、この堕落しきった生活はどうだろう。放っておいたライラのせいでもあるのかもしれないが、世界樹やフェンリル、フレスヴェルグに囲まれているというのにこの向上心の無さはなんだ。


 と、考えたところでアビゴルの意識がうっすらと伝わってくる。だったら成長のチャンスや経験値をください。

 まことにもっともな言い分ではあるのだが、言われるとやりたくなくなるのがライラである。

 基本的に最初から何でも出来るライラだが、子供時代に成績を落とした時は決まって母に「勉強しなさい」と言われた後だった。


 それが伝わったのかアビゴルはふてくされたようにごろりと横になっている。

 構って欲しいが構ってくれない飼い主への当てつけをしている大型犬のようにも見える。

 レアの陣営の中でも錚々たるメンバーが揃っているこの広場で、しかも教授やゼノビアが見ているというのにこういう態度を取られるとさすがに恥ずかしい。


「──おっと、来てたのか。ライラ」


 バンブが祭壇から降りてきた。

 肌は全身が赤らんでいるが、それ以外はただの細身のイケメンになっている。

 なんだこいつは。誰だ。いや、状況や声からわかりきってはいるのだが。


「ああ。バンブか。『変態』は取得できたみたいだね。おめでとう。これで今日から君も晴れて変態の仲間入りだ」


「妙なニュアンス混ぜてくるんじゃねえよお前だって持ってんだろ」


「私はほら、ちゃんとわきまえているから大丈夫」


「俺がわきまえてねえみたいに言うな」


「わきまえてるって言うなら服着なよ。なんで上半身裸なんだよ」


 肌の色もあるかもしれないが、見ているだけで暑苦しい。

 細マッチョとはいえマッチョはマッチョだ。筋肉に美学を感じるよう教育されていないライラにとっては鬱陶しいことこの上ない。


「ところで、『変態』の素には何を使ったの?」


「もと? ああ、ノイシュロスにいたテナガコガネだ。カブトムシはブランが使ったとか言ってたからな。差別化って奴だ」


「へえ」


「うわ超どうでもよさそう」


「聞いといて何だけど、あんまり興味無かった」


 そうかよ、と言ってバンブはローブを羽織った。

 ライラの対応にずいぶん慣れて来てしまっているように感じる。そろそろ新しい刺激が必要かもしれない。


「──ふん! 僕の新しい姿を見ても同じ事が言えるかな!」


 祭壇の上から黒いのが叫んでいた。

 心配してもらって恐縮だが、そちらはもっと興味がない。









 元々が『変態』や『擬態』を取得する事により一般的な見た目に近づけるのが目的の融合だ。

 新しい姿と言われても、基本的にどいつも角や手が消えただけのことである。

 ライラの蛇行やレアの多脚のように新しく追加された特性は気にはなるが、それで大きく戦闘力が変わるという事は基本的には無い。戦い方のバリエーションに変化はあるとしても、それで強くなるような者はだいたい最初から強い。


 ただ、嫌がらせは別だ。

 嫌がらせに使えるような能力を獲得できるとしたら、それは場合によっては馬鹿に出来ないものになる。


「……ええい、鬱陶しいな! いい加減やめなよ!」


「ふふん。何だい怒ったりして。羨ましいのかい?」


「羨ましい訳あるか!」


 ライラはゼノビアに頬をつつかれていた。針で。





 最初、祭壇から降りたゼノビアは、初対面の時に必要以上にきつく当たってしまった事を謝りたいとか言ってきた。レアを支える仲間として、これからは仲良くやっていこうと手を差し出してきたのだ。握手のつもりらしかった。

 明らかに怪しかったが、これで何かを仕掛けてくるようならそれをそのままレアに報告し、ゼノビアの評価を下げてやればいいかと考え握手に応じる事にした。


 ゼノビアの手を握る。

 すると手のひらを無数の針がちくちくと突いてきた。

 とっさに防御系の特性をオンにしたためダメージを受ける事はなかったが、ちくちくする不快な感覚はゼノビアが手を離すまで続いていた。


「……ウニか! よく知っていたな、そんなもの!」


「教授に聞いたんだよ。いや、彼は博識だねえ。さすがはレア様のご友人だ」


「お褒めにあずかり光栄だよ──って待ちたまえ別に私はどちらか一方に肩入れするとかそういうつもりはなくて単に聞かれた事に答えただけだ痛い!」


 ゼノビアは握手の際の棘については慣れないゆえの些細な粗相と言い張り、その後の鬱陶しいスキンシップというかスティングシップは親愛表現の一環だなどとのたまっている。

 そのままレアに報告してやってもいいのだが、ライラが当初想像していたような嫌がらせに比べてゼノビアのそれは少々稚拙に過ぎた。こんなくだらない事をいちいち言っても、逆にライラが鬱陶しがられてしまうだけだ。


 こういう状況ではだいたいの場合、損をするのは大人の方だ。

 そう強引に考える事にしてゼノビアの奇行は無視する事に決めた。

 ライラが反撃をしないのを良い事にゼノビアは鬱陶しいつんつん攻撃を続けていた、というわけである。





「──お待たせしました、ライラ様」


「ああ。お疲れイライザ」


 待ち時間は異常に長く感じたが、別にイライザのせいではない。このぶつけようのない感情はどうすればいいのか。


 イライザには色々とストレスのかかる仕事を任せてきた。

 『変態』は場合によっては更なるストレスをかける事にもなりかねないし、自由にやらせようと好きに素材を集めに行かせたら綺麗な蝶をたくさん捕まえてきた。イライザもライラに捕まる前は貴族令嬢だったわけだし、おそらくこれが天性の女子力というものなのだろう。ライラでは意識しないと発揮できない力である。

 特性として何かが増えたりはしなかったものの、翅は少し鮮やかさを増したようだった。


「終わりかね。ライラ嬢」


「うん。でもどうしようかな。教授が使いたいなら先に使ってもいいけど」


「私は使わないよ。まだね」


「なら何で聞いたのさ」


「ライラ嬢は先ほど、広場の隅で不貞寝しているあのオオトカゲ君を気にしていたようだったからね。彼には何かしてやらないのかい? ずいぶんと寂しそうだが」


 やはり教授の目にも入っていた。

 主君に恥をかかせるとはとんでもない穀潰しである。もっともアビゴルの食事はおそらくこの森の資源で賄われているため、ライラは一銭も出していないが。

 ということは間接的にライラがレアにとって穀潰しという話になる。それは良くない。


「……いや、もちろんあの子の強化についても考えているよ。なんて言うかその、いわゆる大器晩成型と言おうか。レアちゃんのところで十分経験は積んだだろうし、そろそろ災厄として覚醒させてもいいころなんじゃないかと私も思っていたところなんだ」


「なるほどそうだったのか。いやさすがはライラ嬢。常に先を見て行動しているということだね。

 ちなみにビルドの方向性とかは決まっているのかね。私が見たところ、現状は水棲寄りのドラゴン種という事以外には何の特徴もないようだが」


 教授に言われると嫌味のように聞こえてしまう。それはライラの心に疚しい部分があるからなのか。

 他人のそういう部分を突くのは好きだが、突かれるのは好きではない。

 しかしこうした場合の厄介なところは、疚しいところを突かれたくないからと言って突っぱねたりするとその時点でこちらの負けが確定してしまう事だ。

 先を見て行動する、とは教授が今言った事である。例え嫌味だとしても、その通りに行動しきってやれば結果的に教授がライラを褒めただけの話になる。


 しかし何も考えていなかったのは事実だ。

 時間を稼ぐ必要がある。そして稼いだ時間で考えなければ。

 今ライラが持っているアイテム。そしてこの場にあるアイテムで使えそうなものは何か。

 それによってアビゴルが進めそうな道はどこか。


「ええと、よく見ているね。さすがは教授だ。つまりある意味でアビゴルはフラットな状態と言えるわけだから、言いかえれば無限の可能性を秘めているという事でもある。先ほど大器晩成型と言ったのにもそういう意味も含まれていて、あまり焦って数ある可能性を狭めてしまうのも良くないというか」


 ライラのインベントリに入っている素材で使えそうなのは、金属素材で言えばミスリル、アダマス、そしてアウリカルクムだろうか。

 他はいいとしてもアウリカルクムはあり得ない。衝動的に使ってしまっていいものではない。

 金属以外の素材はというと、これがお菓子の材料くらいしかない。合成できないということもないだろうが、さすがに甘い匂いを放つドラゴンは無いだろう。いや、レアのリヴァイアサンは元はシュガー何とかがどうとか言っていたし、ギリギリ有りだろうか。


「なるほどなるほど。慎重なライラ嬢らしい。見習うべき姿勢だな。しかし、あまり慎重に待ち過ぎていると機を見失う事もあるよ。投資すべき時にはしかるべき行動を起こさないと、ひとりだけ損をしてしまう事もある。シャカに説法かとは思うがね」


 何が言いたいのだろう。

 ただ嫌味を言いたいだけにしては妙に食い下がってくる。


「ところであれを見たまえ。フレスヴェルグにフェンリルだそうだ。実に力強い姿だとは思わないかね。

 さすがはレア嬢だな。短期間でこうも災厄級を増やしてくるとは。聞けばそこの世界樹も随分と強化されているらしいじゃないか」


 さっきまでライラを無理に褒めていたと思ったら、今度はレア上げだろうか。

 悪いが、レアと比べられる事については慣れている。その評価が途中から逆転する事も含めて。


「あれらの災厄級にはまた、レア嬢は自分の血を与えたりしていたのかな。どう思うねライラ嬢。実際のところ、あの行為にはどのくらいの意味があるのだろうか。血程度では魔王という種族を象徴するものとまでは言えない可能性もあるとは思わないかね。どうせやるならもっと──」


 教授の話はとりとめがなかった。

 本当にどうでもいい雑談をただしているかのように思えるが、どうやらそれだけではない。


 フレスヴェルグ。

 世界樹。

 魔王の血。


 ひとつ思いついたことがあった。

 まるで教授に誘導されていたかのようで気に入らないが、試してみる価値はある。

 しかし仮に教授が誘導していたのだとしても、一体何のためなのか。

 乗ってやればそれもわかるだろうか。


 目があった教授がにやりと笑った。

 こちらが気付いた事に気付いたのだろう。相変わらず気に食わないタヌキだ。


「──いいだろう。思惑に乗ってやる。

 そこの、世界樹! すまないが──」


 言い終わる前にずぼ、と地面から一本の黒く艶のある根がせり出してきた。直後にもう一本の根が現れ、高速で振るわれて先に出ていた根を切り落とす。

 教授がレアに根回しをしていたのか、世界樹がフレンドチャットでレアに中継でもしていたのか、それとも世界樹の独断か。

 どれかはわからないが、とりあえず根を一本くれたらしい。礼は後でレアに言っておけばいいだろう。


「アビゴル! いつまで不貞寝をしているんだ! 祭壇に乗りなさい!」


 アビゴルはこれ見よがしにブフォウと温かい息を吐いた。スチームブレスだろうが、溜め息のつもりだろう。急に何なんだ、というわけだ。生意気である。

 そして祭壇の真ん中に尻尾を乗せた。


 ライラはその隣の壇に今もらった世界樹の根を乗せる。妙に黒いと思って『鑑定』してみたら「魔戒樹の根」となっていた。世界樹ではないのか、と思ったがそのままやることにした。大差あるまい。

 インベントリからアダマスも取り出し、賢者の石を取り出したところで教授から待ったがかかった。


「こちらの方がいいのではないかね」


 教授が差し出した手には賢者の石グレートが握られていた。

 『錬金』系の実験は教授の配下が行なっているという事だったが、もうこんなものまで作り出せるようになっているらしい。


「気にしなくてもいい。前払いのようなものだ。あとで対価はいただくよ」


「……それを聞いて素直に受け取る奴がいるわけないでしょ」


「何、私が欲しいのはライラ嬢にとってはおそらく大した価値のあるものでもない。いいから使いたまえ。何ならタダという事にしてもいい」


 教授にとってはそれだけアビゴルの強化が重要だという事だろう。

 気持ち悪いが、乗ると決めた以上は行くしかない。だいたいの場合、中途半端なところで降りるとロクな事にならない。

 教授から受け取った賢者の石グレートを祭壇に乗せた。

 そしてインベントリから瓶を取り出し、その口の上で自分の手首を深く切る。死者の岸で血を啜るとかいう伝承もあるし、血はあった方がいいだろう。ライラは死者ではないが。


「アビゴル、祭壇を起動しろ」









《災害生物「怒りに臥せる竜」が誕生しました》

《「怒りに臥せる竜」はすでに既存勢力の支配下にあるため、規定のメッセージの発信はキャンセルされました》





「……これでフレスヴェルグとニーズへッグが揃ったな。よし──」


 教授の呟きが聞こえた。

 途中からそんな事ではないかと思っていたが、やはりそうだったか。


 まあ、なら教授にはお似合いなのではないだろうか。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る