第47話「がんばれわたしのライフポイント」(ブラン視点)
知らないうちに大規模イベントとやらがあったらしい。気がついたら申し込み締め切りを過ぎていた──というかイベントの日を過ぎていて、その後のメンテナンスで初めて知った。ちょうど長期の検査の日程が重なっていた時期だ。タイミングが悪かった。
ブランはあれからしばらく、地底湖のリザードマンを狩り、コウモリくんたちに経験値を与えるというルーチンを繰り返していた。地底湖のリザードマンが減ってくれば、もう少し先まで足をのばして別の部族と思われる集団を襲ったりしていた。
地底湖より遠くに行くほどもらえる経験値の量が増えていくあたり、地底湖の部族はどこか遠くでのリザードマン同士の縄張り争いに破れた者たちなのかもしれない。
だとすれば、遠くへ行くほど生存環境としては恵まれているということになり、この地下水脈の行き着く先がどこか外部に繋がっているという可能性が高まってくる。古城周辺は超高地説が俄然有力になってきた。
コウモリたちのビルドに関しては、特に差別化などはしないことにした。
というのもコウモリ1匹のみなどで運用するような未来が思い浮かばず、ならば9匹まとめて同じように成長させて同時に運用するか、チーム分けするにしても単純に数で割るような分け方をできるようにしたほうがいいと考えたためだ。
決してコウモリたちの区別がつかなかったせいではない。
「とは言え、だ。なんかもう、コウモリくん1匹でもリザードマン1体くらいなら狩ってこれそうなオーラ出してるよね……。9匹もけしかけたらやりようによっては集落1つ潰せそう」
すでにコウモリたちの消費経験値は1匹1匹がブランにせまる勢いだった。
何がキーになったのかは不明だが、途中から『吸血魔法』もコウモリの取得可能リストに並んでいたので、検証の意味も含めてブランより先行させて取得させていた。
同時に『吸血魔法』にシナジーの高い『精神魔法』も取得させている。これは伯爵のすすめでブランが『召喚』ツリーと『死霊』ツリーを取得した後、コウモリたちのツリーに出現したものだ。
スキルの取得条件に別のスキルや種族などが関わっているのは薄々わかっていたが、眷属のスキルに主君のスキルが関わっているという事実は盲点だった。
となると、実働部隊のコウモリだけでなくブラン自身も成長していく必要がある。この事実からあまりコウモリたちに経験値を集中させることもできなくなり、結果的にリザードマンでは経験値稼ぎが難しくなってきてしまった。
「仕方あるまい。どのみち、いずれはそのような時が来る。戦力を増強するという意味では、まだトカゲどもを使ってできることはあるが」
伯爵に相談したらそんなことを言われた。
「ほうほう。例えば?」
「うむ。『死霊』の『魂縛』は持っていよう? ならば、倒したリザードマンに『死霊』を発動すれば、死体をアンデッドとして蘇らせることが出来る。そしてアンデッド化したリザードマンに対して『使役』が成功すれば、恒常的な配下に出来よう」
「なる──ほど……。でもアンデッドかぁ……」
ブランにしてみれば、あまり好んでゾンビを連れ歩きたいとは思えない。
「そのアンデッド化したリザードマンにわたしの血を与えたら、
「む……。もともとただの人間種よりはリザードマンの方が格が上だ。ゆえにそこらのゾンビよりはリザードマンゾンビの方が格上……のはずだ。それを考えると難しいやもしれぬが……まあやってみても損はあるまい。失敗しても、失うものは多少の生命力だけよ。放っておけば直に回復しよう」
吸血鬼なのに生命力?とブランは不思議に思ったが、おそらくゲーム的に解釈すれば
「なるほど、じゃーやってみます!」
*
意気揚々とやってきたのは初めてリザードマンたちに出会った地底湖だ。
ブランの知る限り、ここのリザードマンたちが最も弱い。ならばアンデッドにしたときの格も若干低いはずだ。それなら、ブランの血で転生できる可能性が高まる。
「『霧』」
ブランは霧を発生させ、住居と思われる盛り土に向かって『恐怖』を放つ。そして湖側から覗き込むと、中には恐怖で身をすくめるリザードマンがいた。
「『サンダーボルト』」
そして1体1体『雷魔法』で確実に仕留めていった。ブランの使える手札の中で、これが最も綺麗な死体を作れる。
何度かそれを繰り返し、リザードマンの綺麗な死体を3体作った。インベントリに入れてしまおうかと思ったが、どうも『死霊』や『魂縛』のスキルの説明を読む限りでは、死んですぐの死体には魂がまだ残っているようなことが書いてあるため、やめておいた。
インベントリに死体をしまっても「魂」とかいうアイテムを入手した事はないし、ならば死体をインベントリに入れてしまうと魂がどうなるかわからない。
死体はコウモリたちに1体ずつ運ばせた。普通に考えれば絶対に無理だと思われるが、コウモリ3匹でリザードマン1体を運んで飛べるようだ。それもバランスの問題だけらしく、重量で言えば1匹でも運べるとのこと。どの能力値を上げたせいでそのようなマッシブなコウモリになってしまったのだろうか。
地底湖の岸辺の中央辺りにリザードマンの死体が置かれる。
「ええと『死霊』」
するとリザードマンの死体から真っ黒い
その靄がリザードマンたちを包み込むと、シューシューという、なにか空気が漏れるような音が聞こえてきた。リザードマンの姿は全く見えない。
そのまま数秒がたつと、靄は自然と薄れていった。
そしてリザードマンが立ち上がる。骨のみの姿で。
「スケルトンじゃんか!」
しかし骨格はしっかりとリザードマンのようだ。顔立ちや尻尾など、恐竜図鑑で見たようなシルエットをしている。
「まぁ、ゾンビよりはいいかな……。じゃ『使役』」
《リザードマンスケルトンのテイムに成功しました》
《条件を満たしています。
「あ、不許可で」
ブランが伯爵に『使役』を受けた時、転生についての確認はブラン本人に来ていた。
それが今回は何故か『使役』を掛けた側のブランに来ている。
これはNPCがシステムメッセージを受け取れないという仕様のせいだろうか。それともあの確認はブランがプレイヤーであるからこそだったのだろうか。
なんであれ、ブランの方に選択権がある限りは文句はない。逆だったら文句を言っていただろうが。
《リザードマンスケルトンのテイムに成功しました》
《条件を満たしています。
「1匹ずつこれやるのか。不許可で」
《リザードマンスケルトンのテイムに成功しました》
《条件を満たしています。
「うーん、不許可」
1体くらいゾンビが居てもいいかとも思ったが、やはりやめた。3人組というのはだいたい仲がいい2人と、もう1人に分けられるものだ。わざわざその理由を自分が作ってしまうのは申し訳無い。
「想定外だったな……。いや、最終的にその選択をしたのは自分なんだけど」
しかし、NPCはシステムメッセージが聞こえないはずだ。ということは、伯爵がこれまで『使役』してきたゾンビたちは、元が別の何だったにしろ、事実上自動的に
であれば、もしや「スケルトン」を使役した吸血鬼というのはNPCでは存在しないのではないだろうか。
「……じゃあ、スケルトンに血を与えたらどうなるのか、誰も知らないってことかな……?」
伯爵も言っていた。どうせ失敗しても
ならば、3体分くらいやってしまっても問題あるまい。
ブランは自分の八重歯で指を噛み、その血を3体のリザードマンスケルトンの額になすりつけた。
「あ、これ八重歯じゃなくて牙なのかな。もしかし──っ!」
すると全身から力が抜けるような妙な感覚に襲われ、思わず膝をついてしまう。確認してみると、たしかにLPが減っていた。しかも、このところかなり増えてきていたはずなのに半分ほど一気に持っていかれていた。
「コスト重たい……。先に言ってよ先輩……」
ゲームの世界の吸血鬼の伯爵にホウレンソウの大切さを教えるにはどう語ったらいいかとか考えていると。
《眷属が転生条件を満たしました。転生を開始します》
目の前のスケルトンたちが赤く染まっていく。
あの赤いのはブランの与えた血だろうか。つまり、失われたライフポイントそのものである。
「おお? なんか起こるっぽい……。不発にはならなさそうだ。がんばれわたしのライフポイント……!」
変化は色だけはなく、骨格の形状もだった。
背中から尻尾にかけてトゲトゲした突起が盛り上がる。手や足の指先も尖り、全体的に骨太になっていく。
仕上げに後頭部から2本の短い角が生え、変化は終わった。
「す……げー! 強そう! 全然別人じゃん! 人じゃないけど! なにこれ!
ええと……
種族名はブランの知識では意味が不明だったが、とにかく転生は成功した。
*
「ほう、
自慢気に伯爵に見せたところ、褒められた。
伯爵の言う通り、スパルトイたちの能力値の合計は吸血鬼になったばかりのブランと同程度はあるようだった。普通であれば抵抗されて『使役』など出来なかっただろう。『支配』や『使役』はよほどの実力差がなければそうそう成功はしないと聞く。何か今の所100%成功しているが。
「ところで、コウモリどもには血は与えてやらぬのか? 新参のスパルトイに先に与えてしまっては、拗ねてしまうのではないか?」
「えっそうなの?」
マントの中のコウモリたちを見てみると、何が?と言いたげなつぶらな瞳を向けてくる。全然そのようなことはなさそうである。
とはいえ、伯爵の言う通り、今まで頑張ってきてくれたコウモリたちよりもスケルトンに先に血を与えて転生をさせてしまったのはなんだか申し訳無く思えてくる。
「でもあれ結構
「なに、いざとなれば我が手を貸してやる。心配せずにやってみるがいい。我も興味があるしな」
伯爵がフォローしてくれるというのなら、やってみるべきだ。そのようなチャンスはそうはあるまい。明日になったら気が変わったとか言われそうだし、やるなら今だ。
「よーし、じゃあ……」
ブランは先程同様に自分の指先を牙で噛み切り、コウモリたちに一滴ずつ舐めさせていく。全てのコウモリに血を含ませると、玉座の間の中央にそっと降ろし、後ろに下がって変化を見守る。
「っく」
するとやはりLPを吸い取られるような感覚が襲う。今度は覚悟をしていたため、膝をついてしまうような無様は晒さなかったが、LPの減少量は先程と同じくらいだった。
《眷属が転生条件を満たしました。転生を開始します》
コウモリたちをまとめて黒い靄が覆う。スケルトンたちのときのような音は聞こえてこないが、靄はだんだん大きくなっていくようだ。
ややするとコウモリどころか、人間が数人でもすっぽり入ってしまいそうなほどの規模になってしまった。
「アナウンスがあったってことは、転生自体は成功したんだろうけど……。なんかでっかくないかな……」
「黙って見ておれ。そら、霧が晴れるぞ」
あ、これ靄じゃなくて霧だったのか、などと思っている間に、伯爵の言うように霧が晴れていく。
霧が晴れた場所に座り込んでいたのは、コウモリではなかった。
人だ。それも3人。
「誰!? てか、3人しかいないんだけど!?」
「ほう。これはこれは……。おそらく、コウモリ3匹が1体のモルモンに転生したのだろう。コウモリ1体では器が足りなんだと見えるな」
「もるもん」
「うむ。変化の術を得意とする、吸血鬼の一種だな」
「吸血鬼!」
座り込んでいるのは人間にしては顔色の悪い、3人の美少女だった。服などは着ていない。
「あの、伯爵……」
「ふはは。仕方のないやつだ。待っておれ、今服を持ってこさせる」
「あざーす!」
伯爵が彼の従者のゾンビに指示を出すと、すぐさま衣服が用意される。
しかし服を与えても着方がわからないようで、3人のモルモンは手に持って広げて首を傾げている。
仕方なくブランは一人ひとり着衣を手伝ってやり、立たせてやるが、すぐにしゃがみ込んでしまった。
「さきほどまでコウモリだったのだ。2本の脚で立つということに慣れておらんのだろう。しばらくは歩行や手を使うことなどの、まあ運動の練習よな」
「そっからかー……」
「あーう……ういあ……えん」
「いや、いいよ。責任持って1人で何でも出来るようにしてあげる」
「眷属ゆえに意思は通じておるようだが、言葉は話しておらぬぞ。発声も今のが初めてだろう」
なんとなくノリで受け答えてしまったが、たしかにモルモンは声は発したが言葉になってはいなかった。
言われてみればそうだ。コウモリが話したことがあるわけがない。
ただこちらの言葉はいつも聞いており、こちらの意思は眷属だったために通じていたので、言葉がわからないわけではないようだ。二足歩行と同様、おそらく筋肉や神経が最適されていないだけだろう。
幸い、リハビリならば慣れている。
どこかが悪いというわけでもないようだし、歩行も会話もすぐに出来るはずだ。
*
ブランはそれからしばらくは、眷属たちの歩行訓練や発声練習を行なって過ごした。時折スパルトイたちを連れて地底湖やその先へ行き、リザードマンをスパルトイたちだけで倒させたりなどして経験値を稼いだ。
伯爵の発案で、稼いだ経験値を使ってモルモンたちに『体捌き』や『敏捷』を取得させたところ、劇的に動きが良くなった。ほどなくして訓練も終わったため、今度はスパルトイたちに『体捌き』『敏捷』などを取得させるために経験値を稼ぎに行っている。
しかしモルモンたちにリザードマンと戦わせてみたところ、まったく経験値を得られなかった。考えてみれば、モルモンはコウモリ3匹分の経験値を消費している。ダブついていたスキルの分は初期取得の種族スキルなどに使用されているようだが、もともとコウモリ1匹でブランと同じくらいの経験値量だった。つまりモルモン1人でブラン3人分の強さということになる。リザードマンでは経験値が得られないのも仕方がない。
「わたしより余裕で強いんだけど、これ謀反とかのシステムないよね……ないよね?」
「『使役』によって縛られているゆえ、有り得ぬ。そうでなくとも、その者たちを育て、自らの血によって転生させたのは貴様だ。叛意など、欠片も抱くまいよ」
「ほっ。ならよかった」
「それより、以前も言ったが、モルモンは変化の得意な種族だ。試してみるといい。配下が何ができるのかしっかり知っておくのも主君の務めだ」
見れば『変身』というスキルを取得していた。コウモリ3匹でダブついていたスキルが多かったためか、ツリーもかなり開放されている。
「君たち、『変身』ってスキルで何に変身できるの? ちょっと試してみてよ」
すると3人は同時にうなずき、黒い靄、もとい霧に包まれた。数秒後、霧が晴れると、そこには3人のブランが立っていた。
「うわ! これ、わたしか! すごいな!」
改めてスキルを確認してみると『変身』はツリーになっており、その中に『個体変化』というスキルがある。このスキルは血を吸ったことのある相手の姿を模倣できるらしい。効果は自ら解除するかなんらかの攻撃を受けるまで持続する。ブランに『変身』できるのは転生の際に血を飲んだせいだろう。
次に3人が『変身』したのはコウモリだった。1人が3匹のコウモリになっている。
「これ見たことあるような……。てか転生前のコウモリたちだ! もう懐かしいな……。あ、この状態で1匹死んだらどうなるの?」
「おそらく、戻った時に生命力が3分の1失われるのではないかな。一度に複数の生き物に変身する場合は、たしか1匹でも生きておれば『変身』を解除すれば休んで回復出来たはずだ」
「先輩何でも知ってますね!」
「ふはは! 何年吸血鬼をやっておると思っている! 伊達に伯爵を賜っておらぬわ!」
モルモンたちは他に狼にも『変身』できるようだ。今のところはそのくらいだが、自分より格下の存在の血を吸うことができれば『変身』できる対象も増えていくらしい。
「つまりわたしはこの子たちより格下と……」
軽くへこんだブランだが、モルモンたちが背中をさすって慰めてくれたため、なおさら情けなくなり、落ち込むのをやめた。
「あ、忘れてたけど。名前つけてあげなきゃね。あとスパルトイくんたちにも」
ブランはそれほどネーミングセンスのあるほうではない。それは自分の名前を見れば明らかだが。
「じゃ、モルモンから。きみはアザレア。きみはカーマイン。きみはマゼンタね。スパルトイのきみはヴァーミリオン、きみはクリムゾン、きみはスカーレットだよ」
全て赤系統の色名で統一してみた。ブランは自分にしてはいいセンスだと思った。それに自分自身も色から取った名前だし、これはこれで統一感がある気がする。
「しかし、これでかなり戦力が増強されたろう。そろそろ、国……とは言わずとも、街のひとつでも落としてみてはどうだ?」
そういえば、もともとそんな話だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます