第6話 ルーフトップ・オブ・ルッカリー
その1
「おーい、なにしてんだ? 行こうぜ」
シュンスケに呼びかけられたルカは、ハッとして辺りを見回した。
いつの間にかHRは終わっていたらしい。教壇に担任教師の姿はなく、多くの生徒たちは、放課後の自由を謳歌するため教室を後にしている。
「わるいわるい」
かたわらに立つシュンスケにわびながら、ルカはのろのろと立ち上がった。机の上に置かれたカバンを肩にかける動きは、まるで寝起きの亀のように緩慢で、友人を見る目もどこか焦点が合っていない。
「ダイジョブか?」
「ん? ……ああ、ヘーキヘーキ」
そう応じる声もどこかぼんやりしていて上の空なのは明らかだ。
「まだモヤってんのか? この間の」
シュンスケの指摘にルカは小さくうめいた。図星だったからだ。
リンに連れられて「地下」へ赴いてからすでに2日経っている。その帰り道にリンから指摘されたことを、ルカはいまだに引きずっていたのだ。
「気にすんなって。上司の人からは何も言われてないんだろ?」
「そりゃまぁ」
「何か問題あれば言ってるって。だろ? センパイが大げさなだけで、たいしたコトじゃないんだよ。ドコにでもいるぞ、そういうヤツ。聞き流しとけって」
「んー……」
「そんな悩むくらいなら辞めるのもアリじゃね? もともと向こうから頼んできたからやってやったんだろ? グチられてまで続けてやるギリないじゃん」
「なになに?」
シュンスケの熱弁を聞きつけたのか、クラスメイトの
「バイトの話。ルカがセンパイのパワハラで悩んでんの」
「なにそれ」
「初日にミスしたの知ってて黙ってたくせに、今になってネチネチいってきたんだってよ」
「えー? ススキがバイト始めたのケッコウ前だよね?」
「そろそろ3週間経つかどうかだな」
「イミわかんない。なんでそのトキ言わないの?」
「ね。忘れたら意味ないじゃん。それになんかインケン」
シュンスケの説明はかなりルカ贔屓に脚色されていた。おかげでクラスメイトの同情を誘うことがきたが、それも長いことではなかった。
「そんなことよりさー」
「ソンナコト?」
怜子は男子の苦労話につき合う気はないようで、あっさり話題を変えた。
「サクラ、仕事決まったんだよ。女優デビュー」
「あ、バカ! なに勝手に!」
「いいじゃん、どうせバレるんだし」
親友の個人情報をさらした怜子は、被害者である桜の抗議を軽く聞き流した。飾らないやりとりに長年のつきあいを感じさせる2人だが、知り合ったのはこの学校に転入してからだそうだ。
桜が異世界での記憶やスキルを維持しているのに対し、怜子は向こうでの記憶がまったくないあたりも含め、ルカたちとよく似た組み合わせである。
「あ、前いってたラジオドラマの?」
「オーディション受かったのか?」
ルカとシュンスケの問いかけに、わずかに頬を赤らめながら桜はうなづいた。
「まぁね。ほんのちょい役」
「すげー。放送日教えてくれよ」
「やったな。さすが世界を救った
「イヤ、カンケーないから」
桜が飛ばされた世界では、歌を歌うことで魔法を使うことができたらしい。なかでも力の優れた者は「歌主」と呼ばれ、モンスターの襲来や自然災害といった脅威から人々を守る使命を帯びていたという。
「そういや、最近、アイツら見ないな。
謡精とは、歌に宿る妖精のような存在で、歌主である桜といっしょにこちらの世界にやって来た。
「家で留守番。前ほどメーワクかけなくなったし、こっちじゃチカラ使わないし」
「ようやくシツケが済んだか」
そういって笑うシュンスケの表情には安堵感と同情が見て取れた。
異世界から来た謡精たちにとって、こちらの世界は見るもの聞くものすべてが珍しく、桜が帰還したばかりの頃、謡精たちがあちこちでトラブルを起こして回ったそうだ。
「家の中はいいんだけど、外はまだちょっとね。ケイコに連れてけってうるさいんだけどさぁ」
オーディションに合格した桜には、これから本番までの間、稽古の予定がみっちり詰まっていた。稽古場で謡精が騒ぎを起こそうものなら、せっかくつかんだ仕事がふいになりかねない。
「勝手についてこなくなったぶんマシじゃん」
「そうかもだけどさぁ。と、もうこんな時間。じゃね」
「キミらもしっかり働きたまえよ」
桜と怜子が慌ただしく教室を出ていくと、掃除当番以外で残っているのは、ルカとシュンスケだけになっていた。
クラスメイトたちと他愛ない雑談を交わしている間、ルカは、これまで異民局の仕事で知った帰還民たちについて思い返していた。
楽園での栄耀栄華を忘れられず酒に溺れる者。
巨大なミミズに支配された世界で心が壊れた者。
魔法少女のようなことをしていた者。
誰もがそれぞれの世界で、さまざまな体験をしてきたのだ。
「……いろいろあったんだよな、みんな」
無意識のうちにルカは思ったことを口にしていた。
そんなルカの横顔を無言で見つめていたシュンスケは、小さく肩をすくめたあと最初の話題を持ち出した。
「で、どうする?」
「ん?」
「バイト。辞めるか?」
「ん~、もうちょっとだけやってみるわ」
「そうか。ま、ムリだけはすんな。テキトーがイチバンだ」
教室を出たルカとシュンスケは、その足で通い詰めているゲーセンへ向かい、最近ハマっていた「ジョイングランド」の完全クリアを初めて達成したのであった。
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