第2話 今日の運勢は
電車に揺られながら、
――今日の山羊座さん――
あなたが偶然選んだものが
『あたり』かもしれません
近くの人に思い切って提案
してみるといいでしょう
ラッキーアイテムは梅干し
――********――
ちょっと変わった占いだった。
近くの人に提案とはいったい何なのか。
しかもラッキーアイテムは梅干し。
(まあ梅干しは好きだからいいけど)
妙な占いだが悪いことは言ってない。仕事が忙しいのも先週で一段落したから、きっと今日は先週よりいくらかマシだろう。
杜和にとっては良い日になりそうな予感がした。
会社の近くのコンビニで杜和は昼御飯用のおにぎりとお饅頭を買う。もちろん選んだのは梅干しのおにぎりだ。
仕事を始めると、予想外に客が来る。セールは終わったのに、今週もまた忙しいらしい。
午前中は駆け足で過ぎていく。月曜日の仕事はいつも半日でバテ気味だ。
杜和の仕事は販売員だから、昼休みは交代でとる。13時過ぎてようやく控室に行くことができた。すぐ後から上司の
「山崎さん、お疲れさま」
「お疲れさまです。主任も今から休憩ですか」
「そうなんだよ。今日も忙しいな」
楡原は杜和よりも五歳年上の主任だ。厳しい人なのでちょっと苦手だが仕方がない。しぶしぶテーブルを挟んで向かい側に座った。
テーブルの真ん中にはポットが置いてあり、中に入っているお茶は好きに飲んでいい。杜和は自分のマグにお茶をいれてからおにぎりを取り出した。
「いただきまーす」
上司の前とて遠慮はしない。まだ弁当を開けていない楡原には構わず、杜和は自分のおにぎりにかぶりついた。
パリッとした海苔もその中にある薄く味の付いたご飯も、いつも通り美味しい。けれど何か違和感が……。
杜和は一口齧ったおにぎりを見た。
真ん中に穴が開いている。
おにぎりの中に不自然な空間があるのだ。
「梅干しが……入っていない……だと?」
具のないおにぎりなんて、ありえない!
まあ、実のところ杜和は白ごはんのおにぎりも嫌いじゃない。
でも梅干しが入っているから梅干しおにぎりなのだ。おかかが入っていればおかかおにぎり、辛子明太子が入っていれば明太子おにぎり。焼き肉おにぎりだってシャケおにぎりだって、焼き肉やシャケが入っているからその名前なのであって。
中身が空っぽとか、そんな罠があっていいだろうか。
それなのに目の前のおにぎりには、ぽっかりと穴が開いている。大切な具が何も入っていないのだ。
「これじゃあ、あたりじゃなくて大ハズレでしょ」
思わず叫ぶ。
占いに文句を言うべきか。それともコンビニに苦情を言うべきか。しかしコンビニに返品するなら、今このおにぎりを食べられなくなる。もう一口食べてるのを持って行って店員に返品を迫るのもちょっと嫌。
諦めるしかないのだ。
杜和はがっくりと肩を落とした。
「あ……梅干しが……」
顔を上げると楡原もなぜかしょんぼりと眉尻を下げている。
その目線の先は彼の持ってきた弁当。会社の近くにある弁当屋さんののり弁だけど、真ん中に大きな梅干しが乗っている。
「あれー。主任のそれ、珍しいですね。のり弁には梅干し入っていないはずじゃあ」
「そうなんだよ。俺、梅干し嫌いだからこれを選んだのに」
「ああ、嫌いなんですか」
楡原の弁当のほうが『あたり』だなって思ったのに、そうじゃないらしい。
杜和には入っているはずの梅干しが無くて、楡原には入っていないはずの梅干しがある。
これは……。
「主任、ちょっと提案があるんですが」
「どうしたんだ、急にそんな、身を乗り出して」
「主任は梅干し嫌いなんですよね?」
「あ、ああ」
「私にくれませんか?」
「え? そりゃ俺にとっちゃあ、ありがたい提案だけど」
「見てください、私のこのおにぎり!」
「お、おう」
「真っ白です。梅干しおにぎりのはずが、真っ白なんです。中心に穴まで開いてます」
杜和の力のこもった目に気圧されるように、楡原は箸で梅干しを摘まんでおにぎりの穴の中に入れた。
「おお!」
「この箸、まだ使ってないからな」
「お気遣いありがとうございます。主任が天使に見えます」
「……こんなことでデレるのか」
楡原が何かブツブツ言っているが、杜和はもう聞いていなかった。
おにぎりに具が入っている。それだけで杜和は占いもコンビニもすべて許せると思う。
楡原が苦手な上司から天使に格上げされると、ほんの少しだけ午後の仕事が楽しくなった。
実際、楡原はよく気が付いてフォローしてくれるいい上司だと分かる。
杜和にとって穴のあいたハズレおにぎりが本当は『あたり』だったのかどうか。
その答えはもう少し未来の杜和に聞いてみたい。
【了】
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