第26話 穴を通るのはー3
私の家はまあまあ古くてあっちこっちに穴が開いてるけど、普通の家だ。古民家というほどではないけれど昔ながらの座敷のあるような、そんな家。
穴があるなら塞げばいいじゃない。きっとそう思う事だろう。
けど、住んでみればわかる。人って慣れるものなのだ。
上を見れば杉の天井板は節だらけで、その節も所々抜け落ちて穴が開いている。寝転がってみたら節が落ちてきそうで気になるけど実際に落ちるところを見たことはない。そして開いている穴を塞ごうなんて考えつくこともない。だってその穴は私が生まれたころからずっとそこにあったのだから。
昨晩は友人の佐和と会っていた。今日は休みなので時間を気にすることもなく、いつもの居酒屋に追い出されるまで居座るのも毎度のことである。
佐和はようやく失恋の痛手から立ち直って、今は気になる男性が現れたという。
早い。早すぎる。
佐和に恋人ができて、別れて、そしてまた好きな人ができた。その間に私はただの一度も素敵な出会いなどなかったというのに!
そうぼやいたら珍しく佐和がデザートを奢ってくれた。
うまうま。
そんなわけで今朝は寝不足だ。
本当だったらもう少し寝ておくつもりが、朝からうるさく呼び鈴が鳴っている。
しばし居留守を決め込んだが、来客は諦める様子がない。
家人は全員留守だから仕方がない。
私は重い腰を上げて玄関に立った。
「あの……」
知らない爺さんが立っている。
マスク姿だから自信はないけど、多分知らない人だ。近所で見たこともない。
「はい」
「あの……マナちゃんですか?」
「マナちゃん?」
「マナちゃんという人が……ここに」
「いませんけど」
そんな名前の家人はいない。私ははっきりとそう言った。
だが爺さんはまだ玄関から家の奥を覗いたり、置いてある車を見たりして、帰ろうとしない。
「マナちゃんが、この辺りにいるはずなんで」
「近所にも、えーとたぶんいないと思いますが、あの、小さい子供ですか?」
「いえ。えーっと、二十過ぎくらいだと……」
爺さんは手に持ったスマホの画面を見ながらそんなことを言う。
爺さんはどう見ても還暦は過ぎている。マナちゃんの歳も住所もそして顔もどうやらちゃんとは分からないらしい。
なのになかなか諦められずに、まだ玄関先に立っている。
マナちゃん、何者なんだ。
私も気になり始めた。
「ちょっとそのスマホ見せてもらっていいですか? マナちゃんの写真ですよね」
「あ、はい、どうぞ」
あっさりとスマホの画面をこっちに向ける爺さん。
そこに映っているのは確かに若い女性っぽく見えるが、輪郭がぼやけて見えにくい。そしてなんか頭がすごく大きくてそれに対して体が小さく見える。いうなればアニメの三頭身キャラを実写にした感じだ。
「これがマナちゃん……」
「ここら辺にいると思うんですが……」
爺さんと二人で頭を抱えていると、足元からキイキイという音が聞こえた。
下を見るとネズミより小さな三頭身の小人さんが。
その付近を見ると、玄関のドアの脇の柱にピンポン玉くらいの丸い穴が開いている。あまりに下のほうすぎて今までこの穴には気付かなかった。
「……小人さん」
「ああっ、マナちゃん」
「キイキイ」
「良かった。やっぱりこの家に住んでたんですね」
「キイキイ」
「マナちゃんに頼まれていた洋服と靴、持ってきましたよ」
「キイー」
爺さんはミニチュアサイズの紙袋をマナちゃんに手渡して、代わりに何かを受け取る。
そして私に向かって頭を下げた。
「いやあ、ほんとマナちゃんに会えて良かったです。ありがとうございます」
「は、はあ」
「スマホの写真が見えにくくて困ってたんです」
そう言いながら爺さんはペコペコと頭を下げてどこかへ帰っていった。
いつの間にか小人さんの姿も見えない。
そういえば爺さんの名前も何も聞いてなかった。
けれど小人さんの名前がマナちゃんだと分かったのは収穫か。
玄関の穴を埋めるかどうかは、少し迷う。
【了】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます