第179話 高校総体自転車ロード 第2ステージ(銚子大橋〜大洗港)①

 銚子大橋の千葉側入り口にある唐子町公園には、141名の選手達が集結しつつあった。

 銚子大橋は長い橋ではあるが、片側1車線のため長い時間封鎖ができない。選手達がスタートする直前だけ、片側を封鎖し、その間だけ片側交互通行となる。

 スタート10分前、選手達は国道365号線に移動する。ここから左に曲がれば銚子大橋で、渡れば茨城だ。茨城の高校総体にも関わらず、千葉県スタートになっているのは、主催者がどうしても銚子大橋を渡らせたかったからだという。TVで中継されるため、可能な限り観光名所などを通過するコース設定になる。

 冬希は、ほとんど最後に唐子町公園を出た。グリーンジャージを着用している冬希は、前の方に並ばなくても、スタート時に前に通される。だが、もう一人、冬希と同じタイミングで公園を出た洲海高校の1年生は、本当に集団の最後尾からスタートすることになる。

 洲海高校のエントリー選手は、尾崎、丹羽の他には、千秋という1年生しかいない。だが、冬希が目を疑うほど、悠然と公園を後にして、集団の最後尾につける姿は、「重役出勤」という言葉がピッタリだと思えた。

 しかも、集団の最後尾につけた後、ハンドルにもたれかかって、居眠りを始めてしまった。

「青山選手、こちらへどうぞ」

 冬希は、係員に誘導されて、集団の右側に1列開けられた通路を進んで先頭に出た。その途中、尾崎と丹羽の姿も確認した。

 あの1年生、大丈夫かな、と冬希は他校ながら心配になった。


 冬希が先頭に並んだ時、まだスタート5分前だった。

「よお」

 先ほどの千秋に負けず劣らず、眠そうな露崎がいた。この二人は間違いなく眠そうランキングTOP2だ。

「寝不足なんですか?」

 情報収集も含めて、冬希は露崎に質問する。

「日本の深夜番組が面白くってなぁ。つい夜更かししてしまったんだよ」

「フランスではテレビとかあまり見ないんですか?」

「まだフランス語がよくわからないんだよ。訛りの強い英語だと思えって言われてるんだけど、そんな生優しいもんじゃないな」

「フランス語わからないのに、どうやって生活してるんですか?」

「基本は英語だな。若い人たちは大抵みんな英語が通じるんだ。年配者達は話せない人も多いから、店員さんを見て店を決めたりしている」

 日本から出たことがない冬希は、単身フランスに渡った露崎の行動力を心から尊敬した。話を聞いていても自分がフランスに行った気になれて面白い。

「青山、俺に勝てる算段はついたか?」

「ぼちぼちです」

「まあ、楽しませてくれよ」

 係員のスタート1分前の声が聞こえてきた。


 真理は、学校のバスに揺られながら、ゴール地点の大洗に向かっていた。

 前方のTVでは、スタート前の様子が映し出されており、グリーンジャージを着ている冬希が、イエロージャージを着ている選手と談笑している。

 イエロージャージを着ている選手は、海外で活躍する実力者で、昨日も圧倒的な強さで勝っていた。

「すごい選手と仲良くなってるんだ」

 TVに映っている二人の間で、自分を巡る争いが行われているなどとは全く想像もしない真理は、良い天気だねぇと窓から空を見上げた。


 大会主催者を乗せた車を先頭に、パレードランが始まった。

 ゆったりしたスピードで、銚子大橋を通過していく。

 距離は1.5kmほどあり、橋を渡りきったところでアクチュアルスタートとなる。

 茨城方面に向かう車線には、歩道がないため突風に吹かれたら橋から落ちてしまうのではないかと、冬希は心配になったが、幸いにもほぼ無風のため、集団は無事に橋を渡りきった。

 先頭の車で、競技委員が旗を振り、レースは正式なスタートを迎えた。

 冬希も露崎も、そして新人賞ジャージを着た清須高校の赤井も、あっという間に集団に飲み込まれた。山岳賞ジャージの、赤い水玉ジャージを着用した「山岳逃げ職人」秋葉は、そのまま逃げるためのアタックに入る。

 幾人かの選手が秋葉に続き、総合有力選手が逃げに入ろうとする度に、岡田の清須高校、船津の神崎高校、露崎の慶安大附属、尾崎の洲海高校などのアシスト達が、逃げる選手を捕まえに行き、集団と繋がっては、吸収されるということを繰り返していた。

 ふと、3人が抜け出した。「逃げ屋」四王天、「山岳逃げ職人」秋葉、そして宮崎の日南大附属の1年小玉で、3人とも総合成績では、7分~10分ほど遅れている選手達だ。

 ここで、総合有力校たちは、先頭で横に広がり、新しい逃げ選手が出ないように蓋をして、今の3人での逃げを容認しようとした。

 その瞬間、佐賀大和高校の坂東が、スプリントかというようなキレのあるアタックで集団から抜け出し、1分ほど前方の逃げ集団の3人を追っていった。

 総合上位勢は、坂東を追わずに、そのまま蓋をして、4人による逃げが決まった。

 坂東は、第1ステージでトップから10分ほど遅れており、逃げ切られても総合優勝争いに影響がないという判断となった。

「坂東さんが第1ステージで遅れた理由は、これだったんですね」

 冬希は、船津に言った。

 逃げた時に、総合上位勢に追いかけられないように、あえてメイン集団から遅れてゴールしたのだろう。

「ああ、坂東はスプリント賞か、できればステージ優秀も狙っているだろうな」

「相変わらず、やることが徹底していますね」

 坂東の強さは、冬希も嫌というほど知っている。スプリント能力も高いが、単独で逃げても、逃げ切ってしまえるだけの独走力も兼ね備えている。露崎や慶安大附属でも、簡単に勝てる相手ではないはずだ。

 ここで冬希は、重大なことに気がついた。

 坂東がこのまま逃げ切ってしまった場合、露崎は勝てなかったことになるのだが、冬希以外が露崎を倒した場合、真理についての件は、どういう扱いになるのだろうか。

 ただ、その場合は、冬希も露崎も、限りなく間抜けな状況になることは間違いない。冬希は、坂東が勝ったゴール後に露崎と二人で「えっと・・・・・・どうしよっか」と困り果てている姿を思い浮かべて、情けないけど真理が無事ならそれでも良いかと思い始めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る