第137話 「純粋かつ本質的な才能は、山岳で現れる」

『純粋かつ本質的な才能は、山岳で現れる』とアメリカの自転車ロードレースの英雄、グレッグ・レモンは言った。


 冬希は、平良潤、柊の双子とヒルクライムの練習のため、筑波山に来ていた。

 千葉には山がない。

 冬希が、地図アプリで山を探して柏市にある、あけぼの山にたどり着いたことがあったが、山というより丘だった。結局、綺麗な桜を見てそのまま帰ってきた。

 つまり、ヒルクライムの練習をしようと思ったら、筑波山に行くしかないのだ。

「不動峠、風返峠を経て、ロープウェイ乗り場まで行くぞ。冬希は出来るだけ柊について行け」

「なんか、嫌な思い出が・・・」

「どうした?」

 潤が怪訝そうに覗き込んでくる。

「初めて筑波山に登る時、郷田さんと船津さんと3人で来たのですが・・・」


 まだ入部したての頃、初めてのヒルクライムの練習に、3年生二人と筑波山に登ることになった冬希は、柊にアドバイスを求めた。

「不動峠まで登れば、あとはほぼ平坦だから、不動峠までで全力を出し切れ」

 冬希は、その大嘘を信じて、不動峠までを果敢に攻めた結果、その後のロープウェイ乗り場までで足腰が立たないほど疲れ切ってしまい、自転車を部室に置いて電車で帰ったことがあった。


「そんなこと言ったっけ?」

 柊は、まるで覚えていない様子だった。

「言いましたよ。おかげで酷い目に遭いましたよ」

 冬希は、思い出しただけでゲンナリした。

「馬鹿だなぁ、お前、俺のいうことを信じるなよ」

 柊は、聞き流せって潤も言ってただろ?と悪びれた様子もない。

「冬希、柊の挑発に乗るなよ?自分のFTP値を維持して登るんだ」

「分かりました」

 FTP値とは、その選手が継続的に1時間にペダルを踏み続けられるパワーがどの程度かという数値になる。

 冬希の自転車にも、ペダルを踏む強さとペダルを回す回数から、出力(ワット)を計測する、パワーメーターが付いていた。

 冬希は、自分の出力数を維持しながら自転車で峠を登り始めた。

「ふんふん〜♪」

 それを、柊が鼻歌まじりで抜いていく。

 つい、追いかけてしまいそうになるが、後ろを走っている潤が、ペースを守れと怒ってくるので仕方なくそのまま走り続けた。


 結局、3本登って1回も冬希は柊に勝てないまま終わってしまった。

 峠を降ったところにある体育館の駐車場で、反省会が始まった。

「冬希、FTP値は柊よりお前の方が高いのに、なぜお前の方が遅いかわかるか?」

「おぼろげには」

 冬希も疲れ切っているが、頑張って答える。

「冬希より、柊の方が体重が軽いからだ」

 冬希がうっすら予想していたことだった。

「平坦区間では、FTP値、つまり1時間限界までペダルを踏み続けて、何w出るかと言う数値の高い方が単純に速い」

 潤は、砂の地面に木の枝でスラスラと数値を書いていく。

「仮に冬希のFTPが300W、柊のFTPが250Wと仮定しよう。平坦では、50W分だけ冬希の方が早い」

 冬希も柊も黙って聴いている。

「だが、ヒルクライムは、FTPより、パワーウェイトレシオという数値が問題になってくる」

「ぱわーうぇいとれしお?」

「ああ、FTPの値を体重で割るんだ」

 潤は、地面に数式を描き始めた。

「冬希のFTPが300w、体重が70kgとすると、300÷70で約4.3w/kgとなる。柊は、250wに50kgと仮定すると、250÷50で5.0w/kgだ。柊の方が0.7w/kg分だけ速いという計算になる」

「はぁー」

 具体的に数値で示され、冬希はようやくヒルクライムというもののカラクリが理解できた。

「冬希、自転車ロードレースは数値で色々な計算が出来る。全日本選手権では、そのことを忘れるな」

「はい、柊先輩はこの辺のことを理解して走ってるから早かったんですね」

「いや、柊はサイクルコンピュータを見ないぞ」

「柊先輩、何のためにそんな高価なの積んでるんですか!」

「潤、人聞きの悪いことを言うなよ。ちゃんと見てるよ。休憩中に時刻を確認しなきゃだろ」

 やれやれ、柊が首を振る。

「ガーミンに謝れ!」

 冬希は、サイクルコンピュータのメーカーに代わり、激怒した。


「と言うわけで冬希。FTPのパワーを維持しつつ、体重を減らすんだ」

「そうだぞ冬希、自転車の部品は軽量化するのに凄いお金がかかるけど、人間の軽量化はタダだからな!」

 えっへん、と柊が胸を張る。どうせ誰かの受け売りだろうと、冬希は思った。

「分かりました、ちょっと考えます」

 冬希は、自宅に帰って姉に相談しようと思った。

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