第120話 全国高校自転車競技会 最終第10ステージ(宗像~博多)⑤
先頭の坂東は残り5.9km地点で、追走集団の冬希、船津、近田、立花を引き離しにかかった。
「坂東さん、さすがは全日本チャンピオンだ」
「ああ、計り知れない力を持っている」
冬希にとっても、立花にとっても、高すぎる壁だ。だが、諦めるわけにはいかない。
「ここからは俺が牽く」
「いいのか、船津」
「ああ」
ほぼ直線の国道3号線、船津は、視線の先に水玉ジャージの選手を捕らえていた。
船津は3人の前に出ると、一気にペースを上げた。総合リーダーがトレインを牽く姿に、道路の両側の観客たちがどよめく。
「船津さん、見えました」
「ああ、尾崎だ」
箱崎宮の鳥居の前で、冬希たちは総合2位で、船津に対して逃げ切りでの逆転勝利をめざした尾崎を捉えた。この瞬間、船津の総合優勝がほぼ確実になった。ゴールまで残り4.3kmだった。
「青山、あとは任せた」
船津は牽引を終えると、冬希たちを先に行かせた。ゴールまで残り3.5km。タイム差は20秒まで縮まっている。
「ここからは俺の出番だな」
近田が立花、冬希の1年生2人を牽引する。
「近田さん、近田さんが最後まで残れば、尾崎さんを逆転して総合3位で表彰台に上がれるかもしれませんよ!?」
「馬鹿を言うな立花。次世代のエースが1勝できるかどうかなんだ。3位での表彰台なんてクソ喰らえだ」
近田の強烈な牽きで作られた空気のトンネルを、冬希と立花は労せずに走り抜けていく。
「坂東、まだ見えないのか」
「坂東さん、とんでもない男だ」
「強すぎる・・・」
坂東の後ろ姿はまだ捉えることができない。近田、立花に焦りが見え始めた。
国道3号線から千鳥橋に右折したところで、ついに坂東の後ろ姿が微かに見えた。
「うおおおおおお」
近田が叫び声を上げ、冬希と立花に勢いをつけると、そのまま力尽きて牽引を外れていく。
「立花、親父さんに教えてやれ。お前の判断は間違っていなかったと」
近田は、そのまま1年生2人の背中を見送った。
だが、その時、ごごごごと地響きを立てながら、後方から何かがやってきた。近田は目を見開いて驚愕した。
「メイン集団、もうここまで来ていたのか!!」
冬希と立花は、坂東に遅れること10秒で大博通りへ入った。
「立花、死んでも離れるなよ!」
「ああ」
冬希は加速する。しかし、なかなか差が縮まらない。
海の中道が横風だと言うことは、大博通りは追い風になる。追い風は、逃げる坂東に力を与えている。
残り500mで、冬希はスプリントを開始する。一瞬たりとも坂東に脚をためる余裕を与えてはならない。
冬希のスプリント持続距離は精々120mだ。しかし、そのスプリントスピードは、まさに光速だった。
「青山ぁあああ!!」
「届け!!」
冬希は、持続距離120mの光速スプリントで立花を牽いたまま、坂東に並んだ。
ここで、冬希は無理をしようとした。本来120mで脚も呼吸も限界のはずだ。無理をすれば体のどこかを壊すかもしれない。だが、それでも冬希は、立花を勝たせるという約束を優先しようとした。
ただ、冬希の体より先に持たなくなったのは、冬希のロードバイク だった。
「うおっ」
踏み込んだペダルが一気に軽くなった。チェーンが切れたのだ。
「まずい!!」
バランスを崩した冬希は、左側を走る坂東と後ろを走る立花の邪魔だけはすまいと、右にハンドルを切り、中央分離帯に自転車を向けたが、立て直しは効かず、後輪を横滑りさせながら、転倒、落車した。
「いけえええ、立花ああああ」
冬希は叫ぶ、それは立花に、自分の無事を伝える意味も込めていた。
後ろからの本人の声で、冬希の無事を確認した立花は、左を見る。坂東の脚色はまだ衰えず、並走している。
「マジかよ、この人。何km単独で走り続けてるんだよ」
立花は驚愕した。坂東は、まだ立花より前に出そうな勢いで走り続けている。
残り200mでスプリントを開始した。
「頼む、負けてくれ!」
立花は祈る気持ちで踏み続ける。
坂東もスプリントを開始し、譲らない。
冬希という発射台付きの、スプリンターに対して、ずっと単独で走って坂東がまだ譲らない。
「あり得ないだろ、この人」
だが、立花も負けるわけにはいかない。フォームもめちゃくちゃで、がむしゃらに踏み続ける。
残り50m、ついに坂東が力尽きた。そして立花の目の前には、ゴールのゲートが見えてた。だが、立花はそれ以降は前を見ず、下だけを見ながら、無心でペダルを踏み続けた。
そして、ゴールの白いラインを先頭で通過した時、ようやく頭を上げた。
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