第108話 全国高校自転車競技会 第9ステージ(武雄温泉~脊振山頂)⑥
メイン集団のモトバイクがホワイトボードに掲出するタイム差表示が変わった。
Leader、pelotonから、1st group、2nd group、pelotonと、3つの記載になった。このことから、船津達はおおよその事態を把握した。
4人が先頭にいる状態から、2つに表示が分かれた。さらに、どちらも「group」となっていることから、先頭集団が2対2になったという推測ができる。
4人のうち、実力的に尾崎が遅れるとは考えにくい。だとすると先頭にいる2人のうち残り1人は、小玉、有馬、秋葉の3名だが、アシストの小玉が、有馬を置いていくとは考えにくい。そうすると有馬、秋葉のどちらかだが、この2人だと有馬の方は小玉にアシストしてもらい、余裕があるはずなので、尾崎と有馬が先頭ということになる。
メイン集団で総合上位勢は、皆、状況を理解した。
これを見て焦ったのは、東京代表慶安大附属のエース植原だった。
「有馬が行ったのか」
中体連でスター選手だった植原だが、同年代で活躍しながら学校に自転車部がなかったため、中体連に出てこなかった有馬の名前を、植原は知っており、同時に同じ1年生として意識もしていた。
中学生ながら、大人に混じって草レースの上位に名前が登場し、雑誌にも取り上げられるほどの知名度を誇る有馬は、植原にとっては絶対に負けられない相手だった。
中体連の王者と、クラブチーム最強の中学生。今までは戦う機会がなかったが、高校生となり、同じレースで戦うことになった。ステージレースに不慣れな1年生だけの有馬は、今のところ、上級生に手厚く守られてここまできた植原に、総合タイムで大きく水を開けられているが、山岳ステージで、植原より先にステージ優勝することができれば、立場的にはむしろ有馬の方が上に立つと言ってよかった。それほど、全国高校自転車競技会でのステージ優勝は、価値があることなのだ。
ステージで勝ちたい、有馬に追いつきたい。植原はいまにも飛び出しそうな表情をしていた。
「まだだ、もう少し待った方がいい」
声をかけられ、驚いて振り向くと、そこには千葉代表神崎高校の3年生エース船津幸村がいた。
「あと2kmほど登ると、一旦少し下る場所にでる。アタックを仕掛けるなら、あと1kmは待った方がいい」
「船津さん・・・」
船津の言わんとすることを理解し、植原は頷いた。だが、植原に分からないのは、なぜ総合のライバルである自分に対して助言をするかということだった。
しかし、考えている暇はない。植原は、アシストの阿部に
「合図を送ったらお願いします」
とだけ伝えた。
一旦下る場所まで1kmというところで、メイン集団は先頭集団から落ちてきた宮崎の小玉と山形の秋葉を吸収した。その瞬間に船津は植原に「ここだ」と声をかけ、阿部が植原を連れてカウンターアタックを仕掛けた。
「植原が動いた。いくぞ近田」
「待て、舞川。船津が動いていない」
福岡代表福岡産業の舞川と近田は一瞬追おうとしたが、総合ライバルの船津が追う姿勢を見せなかったため、植原を追うのをやめた。舞川と今田が追えば、それを利用して船津が脚を使わずにペースを上げることになってしまう。残り10kmほどもある。5%程度の登りとはいえ、ハイペースで全力で走り続けられる距離ではない。
近田と舞川が躊躇している間に、3年の阿部と1年の植原のコンビは、登りがひと段落するところまで全力で登り、阿部は力を使い果たした。植原は、下りで脚を休ませ、そしてまた多少回復した状態で上りに入っていった。
下りを使って脚を休ませることができるので、船津は植原に、仕掛けのポイントを下りのはじまる1km手前と伝えた。上手くアタックに成功して、植原は単独で前を追うことになった。
船津は、小さな下りを降り切ったところで
「柊、いくぞ」
と山岳アシストの平良柊に声をかけ、2人でメイン集団から抜け出した。
「来たな。いくぞ」
近田が舞川に声をかけ、福岡の2人もついてくる。しかし、柊、船津の2人に、おいつけそうで追い付けない。近田も舞川も、急な勾配の坂を得意とする選手で、斜度がキツければキツいほどいいという、超のつくクライマーだったが、柊、船津は、どちらかというとオールラウンダーに近く、5%程度の登りなら、平坦のような感覚で走ることができた。
柊や船津ほど平坦で走れるわけではない近田と舞川は、なかなか前の2人に追いつけないまま、脚を消耗していくことになった。
その一方で、植原は先頭の2人のうち、1人を捕まえようとしていた。
「あれは・・・尾崎さん!」
植原にとっては最悪の事態だった。まだ、尾崎に勝たれた方がマシだった。
だが、有馬は、前年度総合優勝の尾崎を置き去りにして、単独先頭で脊振の山頂に近づいていた。
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