第106話 全国高校自転車競技会 第9ステージ(武雄温泉~脊振山頂)④

 先頭集団は3名で、現在は静岡の尾崎が牽引している。その後ろに、宮崎の小玉、有馬の2人が続いている。

 本来なら、2名いる宮崎に曳いてもらいたいところだったのだが、逃げ集団に追いついた際、冬希が追い縋ってきたのを見て、それを振り切るために、尾崎がペースアップをしたのだ。

「今、青山に取り付かれるわけにはいかない」

 おかげで、冬希を振り切ることができたが、また尾崎は脚を使ってしまった。もう、行けるところまで行くしかない。

 尾崎が先頭のままで、先頭集団は1級山岳の頂上を通過し、下に入っていった。


「この人、下りがめちゃくちゃ上手い」

 有馬は、先頭で下っていく尾崎の真後ろで、感嘆の声を上げた。

 有馬と小玉は、細心の注意を払いつつ、尾崎に必死に食らいついていく。

 2人は、それぞれ地元宮崎の高千穂やえびの高原で山岳の練習をしてきた。宮崎県の高校生の中でも、トップクラスの下りのスペシャリストと言っていいほど、その能力は高かった。

 しかし、その2人を以ってしても、尾崎のスピードは想像を超えていた。

 有馬は、ブレーキに指をかけ、ブレーキシューがカーボンホイールに接するか否かのギリギリのところで握り続けている。コーナーリングでブレーキを握るのは、本当に0.1mmとかの世界だ。

 尾崎は、ひらひらと車体を倒しながら、路面の状況によって、リーンイン、リーンアウトを使い分けながら下っていく。有馬も小玉も、尾崎の真似をしながら、なんとか食らいついていく。

「お願いだから、早く下り終わってくれ・・・」

 小玉は、泣きそうになりながら、恐怖と戦いつつ、天山の下りを走っていった。

 なんとか尾崎と、有馬、小玉は無事に下りを終え、今度は小玉、有馬、尾崎の順ですぐに脊振の登りに入っていった。

 平均勾配は5%程度だが、何しろ22kmほど登り続けなければならない。ペース配分が重要だ。

 そこに、山形の「山岳逃げ職人」秋葉が追いついてきた。

 最初は、下りで先頭を走った尾崎と、追いついたばかりの秋葉を休めて小玉が先頭を引き、ある程度休ませたところで、今度は4人でしっかりローテーションしながら、脊振の上りをこなしていった。


「俺は役立たずだー!」

 尾崎達に追い縋ろうとして、あっという間に千切られた冬希は、慟哭していた。坂東とスプリント勝負をした脚が完全に回復していない上に、そもそも上りが苦手なのだ。

 秋葉はそのまま先頭の3人を追いかけていったが、その背中も一瞬で見えなくなった。

 30人いた逃げ集団はすでに崩壊し、バラバラに力尽きていく。と、そこにすぐ後ろまで迫っていたメイン集団が姿を表した。先頭を引いているのは、東京勢だ。

 東京の沖田、阿部、植原、そして福岡の舞川、立花、近田、千葉は柊、郷田、船津がいる。潤の姿がないのは、おそらくペースアップの際にメイン集団を牽引してもう役割を終えたのだろう。

「船津さん、宮崎の選手2人と尾崎さんが、1分半ほど前に、すごいスピードで上っていきました」

「ああ、青山。宮崎と静岡が協調してアタックしたんだ。有馬と尾崎の2人だけだったらまだ余裕で追いつけると思っていたが、そうか。逃げ集団にも宮崎の選手が1人いたな」

「多分、秋葉さんも追いついていると思うので、今先頭集団は4人だと思います」

「そうか、だがそれでもまだ少ない。こちらのアシストは3校合わせて6名いる。4人対6人だからな、追いつくのは時間の問題だ」

 脊振の登りは、勾配が5%程度なので、立花や郷田など、特に登りに特化していないアシストでも、十分上れる。


「気の毒だが、運がなかったな。尾崎」

 船津は、同情を込めて言った。

 メイン集団も、1級山岳の山頂を越えて、天山の下に入っていった。

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