第75話 全国高校自転車競技会 第6ステージ(菊池~阿蘇大観峰)②

「暑いな・・・」

 福岡のエース、近田は独り言ちた。

 太陽の位置が高くなるにつれ、気温も上がってくる。それに対して風は無風と言っていいほどなく、スピードが出ない登りでは、走っても走っても風が来ない。

 レースは、昨年総合優勝の尾崎率いる静岡の攻撃により、メイン集団が分断されたことで、混乱を極めていた。

 東京が中切れを起こしたことで、その後ろの千葉以降のメイン集団が軒並み遅れている。

 ここで静岡と福岡で協調してゴールを目指せば、1分49秒ある総合リーダーとの差を逆転することも可能なので、近田としては静岡と一時停戦と行きたいところだ。

 だが、静岡はそれほど甘いチームではない。

 余力を残した状態の近田をゴール近くまで一緒に連れて行ってくれるなどと思うのは、希望を通り越して妄想と言っていいレベルだろう。

 静岡は、淀みの無いペースで阿蘇の登りを曳いているが、これはメイン集団を引き離すという意味もあり、また福岡に対する攻撃でもあるのだ。

 その証拠に、平坦のアシストを担うはずの古賀と黒田は、もはやいつ千切れてもおかしくないほど疲弊している。

「古賀、黒田、ご苦労だった。下がってくれ。舞川。行くぞ」

 近田は、後ろを走る二人を千切れさせて、舞川と二人で静岡のトレインの後ろについた。


 尾崎は、福岡のトレインから、平坦に強い二人の選手が脱落したのを見て、小さくうなずいた。

 先頭を陸川が曳いている。強烈な曳きだ。

 福岡がアシスト二人を下がらせたため、集団は7人となっている。福岡が近田、舞川の二人だけなのに対して、静岡はまだ尾崎を含め、5人残っている。

 昨日のステージで、千葉のエースである船津と、東京のエースの植原の二人については、ある程度底が見えたと、尾崎は思っていた。

 やはり実力的には近田が強力で、現在では尾崎と近田は同タイムで同率3位となっている。

 2位は、尾崎と同チームのアシストである丹羽なので、実質は同率2位と言ってよかった。

 第5ステージで、力で尾崎を負かした近田は、尾崎にとって無視できない存在となっていた。

 早めに潰して、船津攻略に集中したいところだ。

 今日も、あわよくば船津と近田両方を潰せればと思っていたが、釣れたのは近田の福岡だけだった。

 第1ステージから思っていたが、千葉はとても冷静なチームで、簡単な揺さぶりには決して乗ってこない。神崎高校は進学校だということだが、全員がかなり頭が切れるようだ。

 千葉の船津は、近田とも尾崎とも1分48秒の差があり、第10ステージまでに逆転されなければいいので、そこまで無理をして追いかけてくる必要はない。そのことを十分わかっているのだ。大崩れしてしまうリスクを負ってまで、無理をする局面ではないのだ。

 静岡と福岡のトレインは、最初に逃げていた20名の逃げ集団の残党を一人ひとり抜いていく。

 もうすぐ山岳ポイント地点というところで、単独逃げになっていた秋葉を捕まえる。秋葉は、信じられないと言った表情で尾崎達を見ている。

 登りでずっとトレインを曳いていた陸川が下がる。スタート前の打ち合わせ通りだ。

 そこで尾崎が先頭に立って下りに入る。

 山岳ポイントの1位通過は尾崎となった。

 尾崎は、自分のペースで下りを下っていく。誰かの後ろで、他人のペースに合わせながら下るより、その方が疲労が少ないのだ。

 トレインの後方の舞川、近田は、ストレスと感じながらの下りになるだろう。

 あとは、下り切った後にアシストの沢田、岸川の二人が平坦区間をハイペースで曳くことで、舞川を削り落とす作戦だ。舞川は、山岳に入ってしまうと尾崎や丹羽でも苦戦するほどのクライマーなので、平坦区間で潰しておく必要があるのだ。

 尾崎は、阿蘇の自然を楽しむように、軽快に下って行った。

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