第67話 全国高校自転車競技会 第5ステージ(内牧~阿蘇山頂)①
阿蘇の内牧に選手たちが集結した。
宿泊施設からスタート地点が近いのもあり、午前9時のスタートとなっている。
標高の高い阿蘇は、少し肌寒いが、全員半袖のサイクルジャージを着用している。走りだせば、体感はすぐに丁度良くなることを全員知っているのだ。
4賞ジャージの一つ、スプリントポイントリーダーの、グリーンジャージを着用した冬希は、これまでと同様、スタートを待つ選手たちの横を通され、先頭に案内される。
そこには、既に新人賞のホワイトジャージを着用する東京の植原、山岳賞の水玉ジャージを着用する山形の秋葉、そして総合リーダージャージを着用する静岡の丹羽が居た。
その後ろには、総合リーダーを擁する静岡の選手たちがいる。
冬希は、植原とグータッチで挨拶をすると、秋葉と丹羽にぺこりと頭を下げ、よろしくお願いしますと挨拶をした。
秋葉はコクりとうなづき、丹羽は軽く手を挙げて挨拶を返す。
スタート前のピリピリした緊張感の中ではあるが、既にステージ3勝している冬希の挨拶を、3年の二人も無下には出来なかった。
スタートにはまだ5分ほどあったので、冬希は今のうちに船津からの伝言を伝えようと、ロードバイクにまたがったまま少し下がり、尾崎に話しかけた。
「尾崎さん。私も含め、千葉も今日はコントロールに参加します。うちは船津が勝負する予定なので」
尾崎は、2つの点で驚いた。
1つは、スプリントポイントリーダーの冬希自らコントロールに参加するという点。
そしてもう1つは、総合リーダーの丹羽ではなく、自分に話を持ってきたという点だ。
「青山、ステージ3勝のお前までコントロールに参加するのか」
「ええ、俺がグリーンジャージ獲るより、船津が総合優勝するほうが価値がありますからね」
今更ながら、尾崎は、東京や福岡同様に、本気で総合優勝を狙いに来ているという事実を実感した。
「とはいえ、スプリントポイントを通過するときに、たまたま俺が先頭だったりすることも、あるかもしれませんけど」
「抜け目ないやつだ」
尾崎は苦笑した。なんだかんだ言いながら、グリーンジャージも惜しいという、その人間らしい言い様に、尾崎は冬希に好感を持った。
「話は分かった。スプリントポイントの件も含めてな。よろしく頼む」
冬希は一礼して、4賞ジャージの列に戻る。
植原は、冬希を驚きの眼差しで見ていた。最強チームである静岡の、不動のエースである尾崎に対して、既に冬希は対等に話が出来る立場にあるのだ。
2㎞のパレードランの後、アクチュアルスタートの地点を通過し、逃げ合戦が始まるが、あっという間に逃げが決まって、静岡はあっという間に集団に蓋をしてしまった。
あまりの手際の良さに、冬希は舌を巻いた。さすがに、昨年第5ステージから最終ステージまでずっと、総合リーダーをキープし続けたチームだ。
だが、丹羽や尾崎は、逆に逃げ集団に参加した坂東を必要以上に追わなかった千葉や冬希の割り切りの良さに驚いていた。
逃げに参加した選手は、京都の「逃げ屋」四王天、山形の「山岳逃げ職人」秋葉、そして佐賀で全日本チャンピオンジャージ着用の坂東、あとは岐阜の橋本、鳥取の岩瀬、兵庫の平尾といった、総合タイムで既に10分以上遅れている選手たちだった。
6人は、均等に先頭交代をしながらメイン集団との距離を開き、直ぐに5分程度の差が開いた。
静岡は、中心となって集団をコントロールしていたが、東京から夏井、福岡から古賀、それに予定通り千葉からは冬希が牽引に参加し、集団は一定ペースを保って行く。
その働きは、静岡を納得させるものだった。張り切りすぎてペースを上げてしまったりするようなサポートは、静岡にとってはむしろ邪魔であるが、3人はそれぞれ自分の役割をわきまえて、しっかりとペースをコントロールしていた。
逃げ集団のうち、兵庫の平尾が前後輪ともパンクするという悲劇に会い、逃げ集団から置いて行かれたためにメイン集団に戻ってきた。
これで逃げ集団は5名で、スプリントポイントは当然のごとく、坂東が1位通過で20ポイントを獲得した。
一方、メイン集団の方は、冬希が先頭交代を外れるタイミングが来ても先頭を曳き続け、6位でスプリントポイントを通過。10ポイントを獲得した。
古賀も夏井も、先頭交代に加わる際に、リーダーチームの静岡から「ペースが上がるのでスプリントポイントは競うな」というお達しが出ていたのもあり、また二人ともスプリントポイントに興味が無かったのもあって、冬希が労せず先頭通過となった。
お達しについては、尾崎から冬希のスプリントポイント獲得への根回しもあったようで、冬希は尾崎にぺこりと頭を下げつつ、下がって行った。
そして、静岡がいよいよ本格的にメイン集団のコントロールに乗り出した。
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