第61話 全国高校自転車競技会 第4ステージ(高塚地蔵尊~阿蘇大観峰)①

 運命の第4ステージがスタートした。


 阿蘇、大観峰をゴールとする、山頂フィニッシュの山岳コースだ。

 大観峰は、世界最大級のカルデラの、北側の外輪の最高峰であり、4級まである山岳ポイントの、1級を超える「超級」に指定されている。


 また、山岳コースにはタイムアウト時間が設定されており、ステージ優勝者の走破タイムから10%以内にゴールできなければ、失格となり、翌日からのステージには参加できなくなる。

 

 前日のゴール後の話し合いの結果、福岡がレースをコントロールすることになり、その点は特に総合有力チームに周知されていたので、混乱はなかった。

 冬希、植原、坂東、四王天の4賞ジャージを着用する選手が前から、その後から総合リーダーチームの千葉勢が続いてスタートしたが、直ぐに近田擁する福岡勢が集団のコントロールを始めた。


 スタート地点の高塚地蔵尊を出てから、四王天を始め、数人が逃げに乗るためのアタックを始めたが、6人程度が逃げに乗った時点でその後はパタリとアタックする選手が止まり、メイン集団は落ち着いた。

 福岡は、近田と立花を除く3人で集団をコントロールする必要があったが、大した労力を費やすことなく、レースをコントロール下に置いた。

 出場する殆どの各選手はわかっていた。

 今日の目標は、逃げ切りを目指すことでも、逃げて爪痕を残すことでもなく、制限時間内にゴールを目指し、失格にならないことだと。

 距離は、50km弱と短いが、獲得標高は1200mを超え、常に下ったり登ったりで、休まるタイミングが殆どない。

 スプリントポイントは、スタートして15km程のところに設定されているが、登りの途中の平坦区間という有様だ。

 スプリンター達にとっては地獄のステージとなる。


 冬希は、このステージを制限時間内に走りきることは難しいと思っていた。

 悲壮感をもってレースに向かっていたが、バスで移動中に、スマートフォンに春奈から「いってらっしゃい。早く帰ってきてね!」という、新妻か、とツッコミを入れたくなるようなメッセージが届き、幾分気持ちが楽になっていた。


 神崎高校の作戦はこうだ。

 スプリントポイントを通過後の1級山岳への登りの途中に、10%ほどの急勾配の登りがある。

 そこで船津が単独でアタックするというものだ。

 総合リーダーの冬希は、チームメイトと留まるため、他の総合系のチームは、いずれにせよ追うかどうかの選択を迫られる。

 普通に考えて、レース2/3を残してのアタックは、普通なら早すぎるため、恐らくは追わないという選択肢になるはずだ。

 そこに活路があると船津と潤は考えていた。

 錯覚しがちだが、今回はレース自体の距離が短いのだ。

 レース2/3と言っても、残り30km程度で、アタックをかけてゴールまで逃げきれない距離ではない。


 理事長の神崎は、レースには来ないことになった。

 目標だった総合リーダーのイエロージャージはもう第1ステージで冬希が獲得したため、あとは自由に楽しんで来いという事だった。

 作戦も全て現場に任されている。

 郷田、柊、冬希に特に意見は無く、潤も船津の意思を尊重しようとしている。


 レースは、日田の高塚地蔵尊から一旦下りきると、スプリントポイントがある一時的な平坦部までは、ずっと登りが続く。

 スタートから8km地点で、近田率いる福岡は、少しずつペースを上げ始めた。

 逃げているメンバーは、基本的には総合タイムでは10分以上遅れている選手たちだが、そんな中にも実力者が含まれており、特に京都の「逃げ屋」四王天と、山形の「山岳逃げ職人」秋葉速人がいる。

 メイン集団をコントロールする立場上、逃げ切りを容認することは出来ず、徐々にではあるが、少し早めに動き出した。


 メイン集団がペースを上げたのを見て、逃げ集団もペースを上げる。

 逃げに乗っていた、小林(石川)、鶴田(徳島)、池田(香川)、飯山(鳥取)が逃げ集団から脱落していき、一人ひとり集団に吸収されてきた。

 逆に、メイン集団が少しペースを上げたことで、スプリンター系のチームや、調子のよくない選手たちが少しずつ集団から遅れ始め、早くもサバイバルレースの様相を呈してきた。

 

 冬希は、チームメイトに守られているのと、勾配がそこまで急ではないので、まだなんとか集団に残れていた。

 ただ、いつ脱落してもおかしくはない。

 集団は、福岡、千葉と静岡と東京、宮城、神奈川、三重、愛知、岡山、大分、そして第2ステージの朝に冬希に仲裁された泉水翔太を擁する群馬などが続いている。

 冬希自身が所属する千葉を除く、全チームが総合リーダーの動きを注視していた。

 今のところ、神崎高校の選手全員の努力で、冬希が山岳が苦手なことと、本当の総合エースは船津であることは、まだ露見していない。

 冬希の化けの皮が剥がれる前に、船津にアタックをしてもらわなければならなかった。


 逃げ集団から、四王天が遅れた。

 「逃げ屋」などと呼ばれているものの、もともと登りに特化した選手ではないため、総合系のチームに早めに来られると苦しくなる。

 山形の秋葉がペースを上げた際に、付いて行けなかった。


 1級山岳の登りも、ある程度進み、スプリントポイントが近づいてきた。

 冬希は、集団の中でまだチームメイトと共にいたが、ここであることに気が付いた。

「潤先輩、吸収した逃げって何人でしたっけ?」

「4人だ。前にまだ2人いる」


 冬希は、集団から抜け出し、アタックを掛けた。


 集団は、固まった。

 何が起こったのかわからない。

 総合リーダーのイエロージャージのアタックを、呆然と見送った。


「奴は、ボーナスタイムを獲りに行ったんだ!!」

 静岡の昨年総合優勝者、尾崎貴司は叫び、同じ静岡の陸川 空に追撃を命じつつ、尾崎自身も冬希を追う。


 スプリントポイントまでの間に、四王天を抜く。

 陸川と尾崎は共に総合系の選手ではあるが、スプリントでは冬希の敵ではない。

 冬希は2位通過でボーナスタイム2秒を獲得。

 陸川は、スプリントポイント前で尾崎を前に出し、尾崎が3位通過でボーナスタイム1秒を獲得した。


 四王天を吸収した集団は、ゆっくりと冬希、陸川、尾崎を吸収する。

 

 ここで船津がカウンターアタックを仕掛けた。

 集団は、冬希のアタックが強烈すぎて、思考が停止している。

 静岡は、尾崎がスプリントポイントで脚を使ったばかりで、一旦集団で休ませる必要がある。

 福岡の近田は、逃げが山形の秋葉だけになってしまって、逃げ切りの可能性が低くなったと考えており、それが2名になったところで大差はないと思っていた。

 そのほかのチームも、船津を行かせることの危険性を認識してはいなかった。


 船津は、ガンガンペースを上げていく。

 昨年優勝者の尾崎が、一定ペースで山岳を上るタイプの選手であるのに対して、船津は急勾配の登りでのアタックを得意とするタイプの選手だった。

 その切れ味は鋭く、あっという間にメイン集団との差を広げていく。


 ここで幸運だったのは、今回のコースの県道704号線は、道幅が狭く、運営車が登ってこれず、審判車もオートバイのカメラバイクが兼ねていたということだった。

 カメラバイクは、逃げている秋葉に1台、メイン集団の前に1台いたが、その1台は船津がアタックをした時に、船津についていったため、メイン集団用のカメラバイクは一時的に不在となり、後方から1台上がってくるのを待っている状態だった。

 そのため、メイン集団は、秋葉や船津と、どのぐらいの差が開いているのかを教えてくれる存在がなかった。

 

 この状況を打破するため、尾崎は、秋葉や船津の追撃のために、丹羽智将に追わせることにした。

 丹羽は、昨年の国体少年男子自転車ロードの優勝者で、実績は尾崎に匹敵するほどの選手だ。

 国体では、丹羽が尾崎をアシストして二人で独走となり、最後に尾崎が丹羽に勝利を譲ったという経緯があった。

 丹羽は、集団から抜け出して秋葉、船津を追った。


 集団をコントロールしている福岡は動けない。

 集団には、総合リーダージャージの冬希と、昨年総合優勝の尾崎がいるのだ。


 メイン集団は、10%の登りに入る。

 冬希には、もう集団についていくだけの余力は残っていなかった。


「すみません、郷田さん、潤先輩、柊先輩。あとをお願いします」

 メイン集団は、遅れる冬希を追い越していく。

 冬希は、昨夜の風呂での船津の言葉を思い出していた。

「俺は、船津さんの力になれたかな・・・」

 

 第1ステージから第3ステージまで、常に集団の先頭でゴールして来た総合リーダーにして、千葉の『光速』青山冬希は、遂にメイン集団から脱落していった。

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