第59話 全国高校自転車競技会 第3ステージ(知覧~阿久根)③
一、ひと悶着
次々と選手たちがゴールする。
優勝した冬希は、チームメイトを迎えるが、先頭集団でゴールしたチームメイトは郷田と船津だけだった。
逃げの追走に尽力してくれた平良潤・柊の兄弟は、役割を終えた後は集団から千切れ、ゆっくりゴールを目指していた。
郷田、船津の二人の3年と握手を交わす。
郷田は、冬希が勝った瞬間に、まだ自分はゴールしていないのに、ガッツポーズをしていた。
全国で戦うチームとして神崎高校は、既に強豪校の風格を漂わせていた。
福島のエーススプリンター、松平がやってくる。
最後は、柴田と土方の狭いところに入ってしまい、力を出し切ることは出来ずに、ステージ5位に終わった。
「お前、すげえな。光速スプリントの神髄を見たぜ」
「いやぁ、俺のスプリントは、後出しじゃんけんみたいな部分があるんで」
相手の動き方を見てから仕掛けられる利点がある。
「しかし、大外からとはな。土方なんて、一瞬勝ったと思って手を挙げかけてたぜ。いい気味だ」
負けても遺恨を残さず、明るくふるまえる点については、松平は凄いと冬希は尊敬している。
冬希が松平と並んで歩いていると、見知った顔が集まっていた。
北海道の土方、山梨の柴田、島根の草野、熊本の小泉と鹿児島の加治木、昨年総合優勝の尾崎(静岡)、それに福岡の近田、立花までいる。
強豪校のキャプテンたちが何か揉めている様だ。
「どういうつもりだ?近田」
土方が、近田に詰め寄っている。
「あの、どうしたんですか?」
冬希が声をかける。
土方たちは、総合リーダーのイエロージャージを着た冬希と、松平を見て輪の中に誘い入れた。
「福岡は、今日のレースで[仕事]をしなかったにもかかわらず、ゴールスプリントに参加して2位に入っただろ」
ああ、なるほど。と冬希は思った。
総合リーダーを擁するチームが、メイン集団をコントロ―ルという不文律があるが、そのステージで勝ちを狙うチームも、逃げ集団の追撃などの「仕事」をしなければならないという、暗黙のルールがある。
逃げ集団を追撃する際に、総合リーダーチームである冬希達千葉はもちろん、北海道、山梨、島根、熊本、鹿児島、そして松平の福島も、アシストを供出し、逃げ集団をとらえることが出来た。
しかし、その中に福岡は含まれていなかったにも関わらず、1年の立花がスプリントに参加し、2位になった。
松平は、心底どうでもよさそうだが。
立花は、福岡に属してはいるが、近田たちとは、ほぼ別行動になっている。
しかし、そんな事情は、他のチームにとっては関係ない。
立花は、下を向いて唇を噛みしめている。
「すまなかった。俺の教育不行き届きだ」
近田は、頭を下げた。それを見て、立花が一層辛そうな顔をする。
だが、土方たちの怒りは収まらない。
結果として出てしまった以上、今更、立花の2位を取り消すことなど不可能なのだ。
「あの、こういうのはどうでしょう」
冬希が恐る恐る手を挙げ、各チームのキャプテンたちは、無敗の総合リーダーに視線を移す。
「近田さんたちには、今日の分も、明日頑張って仕事をしてもらいましょう!」
「それ、お前らが楽したいだけじゃねーか!」
がはは、と笑いながら松平が冬希の肩をぺちっと叩く。
松平のおかげで、緊迫していた空気が少し緩んだ。土方も苦笑いしている。
「土方、それにみんな。明日だけではなく、第7ステージも俺たちが積極的に仕事をする。それで許してもらえないだろうか」
近田は再び頭を下げた。
明日からの阿蘇山岳3連戦の次、第8ステージも平坦のスプリンター向けステージだ。
不用意に勝負に行った立花も悪いが、こういう事態を想定してあらかじめ立花に注意喚起をしていなかった近田もキャプテンとして迂闊だったと言わざるを得ない。
「近田さんはこう仰ってます。うち的には問題ありませんが、みなさん、どうでしょう?」
いつの間にか、議長的な立ち位置になってしまった冬希が問いかける。
「俺は異論はないぜ。せいぜい第8ステージで楽させてもらうわ」
松平が賛同する。
二人にここまで言われたら、他のキャプテンたちも、引き下がらざるを得なかった。
「わかった。ちゃんと1年の教育しとけよ」
土方たちは引き上げていく。比較的に穏健な立ち位置だった草野と尾崎も顔を見合わせ、安どした表情で戻っていった。
「近田も大変だな。うちは日向がしっかりやってくれてるから」
何も考えなくていいから楽だと、言い残し、松平も戻っていった。
「青山くん、すまなかった。借りが出来たな」
「いえいえ、気にしないでください」
「立花、俺からしっかり説明しておくべきだった。そこは済まなかった」
近田の言葉に、立花はうつむいたままだ。
「いえ・・・すみませんでした」
絞り出すように言って、立花も去っていく。
大会運営の係の人が、冬希に表彰式の準備をお願いに来た。
冬希は、近田に一礼して表彰式の準備のために着替えに行った。
「あれが同じ1年か・・・」
近田は、冬希の後姿を見送る。
そして、立花は能力の高い選手だが、トータルで見ると、青山の足元にも及ばないだろうと思った。
優勝が自信を与えてくれて、さらなる活躍をもたらしてくれる場合がある。
まさに今の彼はそういう状態なのだろう。
自分たちも、立花中心のチーム作りをしてあげられれば、立場は逆転していただろうか。
近田の心の中に、わずかに後悔の気持ちがあった。
二、福岡 405番 立花 道之(1年)
立花は、福岡産業高校の他の選手たちに、何か反感を持っているわけではなかった。
むしろ逆で、父親が、強引に選手にねじ込んたことに対して、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
その分、出来るだけ手間を掛けさせないように、距離を置こうとしていただけだった。
だが、結果的にそれは裏目に出てしまった。
自分が動けば動く程、他の選手たちが迷惑をすることになる。
今回の件も、不要な集団コントロールを担わせてしまうことになった。
「すべては、俺がしっかりしていないからだ」
自分の進学校を、自分で決めていたら。
父親の提案を、明確に拒否出来ていたら。
立花は自分を責め、一層自分の殻に閉じこもってしまうことになった。
三、電話
最後に新人賞の表彰式を終えて壇上から降りた冬希を、ステージ横で東京の1年生エース、植原が待っていた。
「青山君、雛姫がちょっと話があるそうなんだ」
「どうしたの?」
まさかサインが欲しいなどとは言ってこないだろうし、冬希には心当たりがなかった。
壇上では、山岳賞の四王天が山岳賞ジャージを着て表彰されている。
「ちょっとこの電話に出てもらっていいですか?」
「うん」
冬希は、雛姫からスマートフォンを受け取り、耳に当てた。
「えっと、もしもし?」
「こらー!!」
聞きなれた声がスマートフォンから聞こえた。
「あ、あれ、春奈さん??」
「なんでスマホの電源入ってないの!?携帯電話の携帯ってどういう意味か知ってる!?」
「あ、スマホ自体は持ってきてるよ。ただ、充電器を忘れたので、電池が切れたままになってるだけで・・・」
「同じだよ!ボクが何度メッセージ送っても未読のままだし。電話かけても電源入ってないし」
春奈は、電話の向こうで、ぷりぷり怒ってる。
「はい、すみません・・・」
電話では見えないはずだが、冬希は平身低頭謝っている。
「あの、私も同じ機種で充電器余ってるので、お貸ししましょうか?」
雛姫が提案してくる。
私物のスマホと部活連絡用のスマホがあり、同じ充電器で充電できるので、私物の方の充電器を貸してくれるという。
「えっと、じゃあ、お願いします」
「充電したら、ちゃんとボクのメッセージを読むんだよ!」
「はい」
「事が後先になっちゃったけど、優勝おめでとう!」
「ありがとう」
今なの?と思いながらも、返事をする。
「通話できるようになったら、電話するから」
冬希は、春奈にいろいろ話したかったことは一杯あったのだが、雛姫から借りたスマホで話していることを思い出し、切り上げることにした。
「絶対だよ!電話くるまでボク寝ないからね。人間、寝ないと死んじゃうんだよ!?」
「お、重い・・・」
「それだけ待ってるってこと。じゃあ後でね!雛姫ちゃんに代わって」
冬希は、ありがとうございました、と敬語で雛姫にお礼を言ってスマホを返す。
春奈と雛姫は、何かまだ話しているようだ。
冬希は、植原に向き直った。
「あの二人、いつ連絡先交換してたの?」
「さぁ?」
植原も苦笑いしている。
雛姫の電話も終わり、充電器を持ってきてくれた。
「ありがとう」
「10ステージ終わるまで、使ってていいですから」
「次のステージでタイムオーバーで失格にならなければね」
「まぁ、そうならないようにお互い頑張ろう。青山」
雛姫はちょっと驚いた。誰にでも「君」「さん」付けする植原が友人を呼び捨てにしているところを初めて聞いたのだ。
クラスメイト相手でも無かったことだ。
冬希と植原は、グータッチしてそれぞれのチームの待機エリアへ戻っていった。
雛姫は、二人の関係をちょっとうらやましいと思った。
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■総合成績
1:青山 冬希(千葉)121番 0.00
2:尾崎 貴司 (静岡) 1番 +0.24
3:土方 一馬(北海道) 11番 +0.26
■スプリント賞
1:青山 冬希(千葉)121番 163pt
2:坂東 輝幸(佐賀)441番 86pt
3:柴田 健次郎(山梨)191番 71pt
■山岳賞
1:四王天 薫(京都)261番 5pt
2:舞川 祐樹(福岡)402番 2pt
3:坂東 輝幸(佐賀)441番 2pt
■新人賞
1:青山 冬希(千葉)121番 0.00
2:植原 博昭(東京)131番 +0.30
3:立花 道之(福岡)405番 +0.31
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