第57話 全国高校自転車競技会 第3ステージ(知覧~阿久根)①
一、朝
2泊したホテルも、今朝荷造りをして、次の宿に荷物を発送する必要がある。
選手たちの荷物は、大会運営側がやってくれるため、選手たちとしては荷物をフロントに預けるだけでいいので、そこは楽だった。
「ジャージが溜まって来たんですけど・・・」
冬希の前には、総合リーダーのイエロージャージが1枚。スプリントポイントリーダーのグリーンジャージが2枚。新人賞用のホワイトジャージが2枚ある。
いずれも、表彰式の時に、現地の可愛い女の子に着せてもらう用で、通常のサイクルジャージと違い、チャックが後ろに付いている。
毎回ゴール後に、メーカーの人が専用のプリンタで、表彰式に間に合うように取り急ぎ県名、学校名をプリントしてくれている。
第1ステージの優勝時に、表彰台で着用した総合リーダーのイエロージャージは、神崎理事長のもとに届けてもらった。
残り5枚は、冬希の手荷物を圧迫しだしていた。
「こっちで持ってても使い道はないし、自宅に送ったらどうだ?」
「プレゼントしたい人に、あげるとか」
同室の潤と柊が言う。
「いえいえ、一応、学校の部活動で勝ち取ったものなので、所有権は、学校にあると思うんですよね」
「じゃあ、学校だな。盾やトロフィーと一緒に、ホテルのフロントから発送してしまおう」
潤が、フロントに連絡をして段ボールと発送伝票を持ってきてもらうように手配をしてくれた。
なんとフットワークが軽い先輩か。
頭も切れるし、見た目もかわいい。各校に1人は欲しい逸材だろう。
「荒木・・・」
プレゼントしたい人と言われて、一番に思い付いた人の名をつぶやいた。
第1ステージ、千葉から吹奏楽部で応援に来てくれていた、冬希の同級生。
臆することなく勝負できたのは、彼女の応援に応えたいと思ったからだった。
神崎高校に入学できたの自体、彼女と同じ学校に通うために努力をしたからだった。
自分にモチベーションを与えてくれる存在。
冬希が不義理を働いたため、今は、気まずい状態が続いているが、いつか、ちゃんとお礼が言いたいと冬希は思った。
冬希たちの部屋の呼び鈴が鳴り、ホテルのコンシェルジュが段ボールと発送伝票を持ってきた。
二、スタート前
スタート地点となる知覧には、「知覧特攻平和会館」という歴史博物館がある。
スタートまでに時間が設けられ、希望者は館内を見て回ることが出来るのだが、出場選手全員が館内に入り、中で特攻隊員たちの遺品や遺書、家族への手紙などを見て回った。
見学を終えた後、冬希と柊は、ぼうっとした様子で自分たちの待機エリアに座り込んでいた。
「なぁ、冬希」
「はい」
「あの人たちって、俺らとそれほど年齢変わらなかったんだなぁ」
「そうですね」
「・・・」
「字、綺麗でしたね」
「ああ」
二人とも、達筆なほうではなかったが、それでも直筆の手紙などの文字は、とても美しく見えた。
「若かったんだな」
「そうですね」
自分が死にゆくのに、母親や、弟妹の心配ばかりが記されていた。
「あの人たち、みんな死んじゃったんだよな」
「はい」
壁に飾ってあった多くの写真を思い出す。
「俺ら、ダメダメだな」
「そうですね」
柊は立ち上がる。
「ダメダメだとしても、いっちょ自分にできることを頑張るか」
「そうですね」
冬希も立ち上がった。
三、スタート
パレードランの最中から、集団は異様な雰囲気に飲み込まれていた。
平和会館を出た選手たちは、中で見た特攻隊員たちの悲劇と高潔さに影響を受けた。
全国大会という雰囲気に臆したり、強豪校の影におびえていた選手たちの闘志に火をつける結果となった。
史上最大の乱ペースと言われる、第3ステージのアクチュアルスタートを通過した。
とにかく逃げようとアタックをする選手たちが、後を絶たなかった。
スタート直後に3級山岳、そして中盤には4級山岳もあり、両方1位通過すると3ポイントで、山岳賞のトップに立てる。
もはや失敗を恐れる選手は誰もいなかった。
最初だけ総合リーダーを擁する千葉の神崎高校が逃げを潰しにかかったが、その後は殆どオートマチックで、今日のスプリントゴールを狙うスプリンターチームである、土方の北海道、柴田の山梨、草野の島根、さらには小泉の熊本、加治木の鹿児島まで総力を挙げて逃げを潰しにかかった。
彼らにとっては、残り少ないスプリントステージなので、逃げ切りなど冗談ではないと思っていた。
闘志に火が付いた選手たちのアタックは止まらず、そのすべてを無差別にスプリンターチームが潰しにかかるという、狂ったような展開で、序盤の10kmの平均速度は56km/hという、考えられないハイペースとなった。
そして、そのハイペースのまま、3級山岳を通過してしまうのである。
さすがに危険だと思った千葉の神崎高校は、冬希に、一旦逃げの追撃を止めるよう、各スプリンターチームへの交渉をさせた。
逃げ潰しに参加していなかった福島の日向は、自分たちが前に出て他のチームを抑えようかと提案してきたが、4大スプリンターの3校が逃げ潰しの中心となっている中、4校目が前に出たら流石に収拾がつかないと、冬希は断り、追撃が止まった時点で集団に蓋をする役目をお願いした。
冬希は、土方(北海道)、柴田(山梨)、草野(島根)の元を順番に回り、ペースが速すぎること、福島が追撃に加わっていないことを理由に、これ以上リソースを割いて逃げを潰すのを止めるよう調整して回った。
やはり、福島がアシストを温存しているという話が効いてか、スプリンターチーム達の逃げ潰しは一旦止まり、集団に蓋がされた。
集団に残った選手たちは、我に返り、衝撃を受けた。
メイン集団には、全選手235名中、40数名しか残ってなかったのである。
メイン集団の追撃が止まったことで、逃げ集団は20名で構成されていた。
第1ステージは3名、第2ステージは2名だったのに対し、20名だ。
これは異常なほど多い。
メイン集団は40名程度。追撃の人数が全く足りない。
冬希達は、ハイペースによって集団から千切れていった選手たち、特にスプリンターチームの選手たちが集団に合流するのを待った。
その間に、ドリンクを飲んだり、補給食を食べたりして、この後の逃げ集団の追撃に備え、体力の回復にも努めた。
逃げ集団には、四王天(京都)、坂東(佐賀)も含まれており、一旦休んでいるメイン集団に比べ、休みなく先頭交代を続け、淀みの無いペースで逃げていた。
本来なら、出来るだけ自分だけ休もうと画策するものだが、四王天、坂東も平和会館で見たものに影響を受け、積極的に先頭交代に加わっていた。
メイン集団も90名近くまで戻ってきたところで、残り60kmでタイム差が6分まで広がっていた。
これ以上、アシストたちが戻るのを待っていると、逃げ集団に逃げ切られてしまう。
冬希達は、逃げ集団の追撃を再開した。
逃げ潰しの中止を提案した以上、総合リーダーチームとして、逃げ切りを阻止する義務があると、冬希達は思っていた。
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