第54話 全国高校自転車競技会 第2ステージ(佐多岬~桜島)③

一、京都 261 四王天薫(3年)


 スプリントポイント通過後、坂東(佐賀)は明らかにやる気をなくしたように下がっていった。

 恐らく、このまま集団に吸収されるつもりだ。

 四王天は、一人逃げとなってしまった。どの道、遅かれ早かれ集団に吸収されるだろう。

 だが、どのあたりでメイン集団が動き出すか、四王天には分らなかった。

 メイン集団が追いついて来なければ、四王天は一人で逃げ続けなければならない。

 それは地獄のような時間だった。


二、逃げ吸収


 メイン集団は、逃げていた2名の選手のうちの一人、全日本チャンピオンジャージを着た坂東(佐賀)を吸収した。

 坂東は、何食わぬ顔でチームメイトと合流している。

 困ったのはメイン集団、それも集団を牽引すべきリーダーチームである千葉の冬希たちだ。

 一人逃げの場合、その逃げる選手のペースによって、集団のペースや、レーススピードが左右される。

 極端な話、逃げる選手が時速30㎞で走った場合、メイン集団も追いつかないように時速30㎞で走らなければならないのだ。

 かといって、早めに逃げを吸収してしまうと、1つになった集団内で、またスタート直後のようなアタック合戦が始まってしまう。

 ゴールが近くなってのアタック合戦は、アタックが決まった場合に逃げ切りが濃厚になる。

 残り30㎞程度で、タイム差は1分を切った。

 スプリントポイントの前までは、3分程度の差であったが、スプリントポイント近くで集団がペースアップしたため、差が一気に縮まってしまった。

 

 冬希は、船津と潤の意を受けて、各校のエースに提案に行った。

「ちょっと早いですが、逃げを吸収しましょう」

 スプリント賞のグリーンジャージを着た尾崎(静岡)、新人賞のホワイトジャージを着た植原(東京)と3人で集まって相談を持ち掛けた。

 二人も状況はよくわかっている。

 下手な総合系選手にアタックを掛けられ、逃げ切られると、それこそ結構なタイム差を築かれかねない。

 静岡チームと東京チームの協力を取り付けた。

 その後、松平(福島)のチームにも持ち掛け、参謀格の日向(福島)が了承した。

 日向も、松平にこのステージを獲らせたい。アタックからの逃げ切りなど、許されない。


 上位チームの合意を取り付けた千葉、神崎高校は、郷田を先頭に逃げ集団の追撃に入った。

 夏井(東京)、岸川(静岡)、酒井(福島)を含む4人でローテーションしながら集団を牽引する。

 25km付近で、四王天(京都)を吸収した。

 四王天は、少し安心した様子にも見えた。


三、ゴールスプリント

 

 集団は、淀みの無いペースで垂水の国道220号線から国道224号線の桜島へ入る。

 ペースを緩めると、集団からアタックを掛ける選手が出てきてしまうからだ。

 集団は危険回避の総合勢が前方を占めており、冬希たちの千葉勢、東京、静岡、福岡のほかに、泉水翔太の群馬チームも見える。

 3㎞を過ぎると、総合系の東京、静岡、福岡、群馬は下がっていき、スプリンターを擁する佐賀、福島、北海道、山梨、島根が上がってくる。

 しかし、北海道、山梨、島根にはいずれも勢いがない。佐賀も、ただついてきているだけという雰囲気だ。

 集団の先頭に出ていた千葉勢を福島勢がかわして先頭に立ち、冬希は、千葉のトレインから福島のトレインの最後尾、松平の後ろに付けた。

 

 残り400m、荒(福島)が先頭の牽引から外れ、残り200mで日向(福島)が牽引から外れ、松平(福島)がスプリントを開始する。リードアウトは完璧、松平も余力は十分だ。

 冬希は、松平の強力なスプリントの真後ろに付き、残り130m付近でスプリントを開始する。これ以上待っていては、差せなくなるとの判断だった。


 松平は、ペダルを重く感じていた。

 スプリントポイントと同じリードアウトで、同じギア、ゴールまでも同じぐらいの距離から開始しているにもかかわらず、先ほどよりペダルが重い。

 ギアを落とし、再度踏み出すが、その隙に冬希が松平をかわして先頭に出ていた。


 冬希にとっては作戦通りだ。

 松平が一瞬もたついた瞬間にかわして先頭に出た。

 あとはひたすらスプリントするのみで、他の誰かからかわされても、もう仕方ないという心境でペダルを踏んだ。

「くそがああああああああ!!」

 脇の下から後ろを見ると、遅れたはずの松平が踏みなおしてきていた。

「バカなっ!!」

 冬希は脚を緩めてはいない。だが、ギアを調整して踏みなおして来た松平に一気に差を詰められる。

 今度は冬希の脚色が怪しくなってきた。

 仕掛けが早かった分、終いが甘くなってしまったのだ。

「おらあああああああ!!」

「うおおおおおおおお!!」

 最後の最後で、冬希は松平に捕まった。


四、敗北感


「流石に、相手は強かったです」

 冬希は、さばさばした表情で、集まってきたチームメイトに言った。

「まぁ、ステージ2位でも総合リーダージャージはキープできたんだ。この上ない成果だ」

 船津は、今日の結果を心から歓迎しているようだ。


 冬希は少しだけ戸惑っていた。

 今日のこのスプリントで勝てていたら、冬希なりの勝利の方程式のようなものが出来そうな気がしていた。

 ギリギリまで相手の後ろで脚を溜め、残り100mぐらいで相手を一気に抜く。

 それには、後ろに付ける相手を選ぶ必要があり、勝ちそうな相手の後ろに付ける必要がある。

 つまり、その日のスプリントで誰が一番強いか見抜かなければならないが、それが出来れば勝てる、という自信を持てそうな気がしていた。

 だが、実際にそれをやるには、まだスプリンターとしての力が足りていなかったようだ。

 日本トップクラスのスプリンターが揃ったこの大会で何を贅沢な、と前までは思っていたかもしれない。

 だが、冬希なりに何かをつかめそうな気がしていた。

 それだけに、悔しい気持ちが強くなってきた。


 松平の方でも、チームメイトに囲まれている。

 松平は、しきりに首をかしげている。勝ったかどうかわかってないようだ。

 

「青山選手」

 冬希は、大会の係の人に声を掛けられた。


五、フォトフィニッシュ


 神崎高校の理事長室で、映像を見ていた神崎には、やはりゴール前に青山が差されたように見えた。

実況『ここから差し返しますか・・・』

解説『松平はリードアウト完璧でしたが・・・』

実況『一瞬ペダルが外れたのかと思いましたが』

解説『ギアを下げたのだと思います。そこから踏みなおして勝つのですから、松平を褒めるしかないでしょう』

 映像が、ゴールの瞬間をとらえる。

 松平が踏み続け、冬希はゴール前踏むのを止め、ハンドルを前に投げる。

実況『あれ、これ同着じゃないですか?』

解説『同着に見えますね・・・もしかして青山が残していますか?』

実況『体勢は完全に松平が前ですが・・・』

解説『ハンドル投げている分、青山の前輪が残ってる気がしますね・・・』

 ゴールの瞬間の写真に切り替わる。

 写真上に、ゴールラインの線が曳かれているが、どちらも線と同じ位置に前輪がある。

実況『あーーーー!!これ同着じゃないですか?』

解説『これは完全に写真判定ですね。もうちょっと大会の運営では、もうちょっと詳細な写真が見れているはずなので・・・あ、もう結果が出るようですよ』


 画面が切り替わり、字幕が出る。


第2ステージ 結果

1:青山 冬希(千葉) 121番

2:松平 幸一郎(福島) 71番 同タイム

3:坂東 輝幸(佐賀) 441番 同タイム

4:草野 芽威(島根) 321番 同タイム

5:柴田 健次郎(山梨) 191番 同タイム

6:土方 一馬(北海道) 11番 同タイム

7:加治木 雄二(鹿児島) 461番 同タイム

8:小泉 力(熊本) 431番 同タイム

9:日向 政人(福島) 72番 同タイム

10:立花 道之(福岡) 405番 同タイム


実況『千葉の青山だ!!青山が残していた!!恐るべき光速スプリンター、第1ステージに続いて、第2ステージも。連勝です!!』


 結果を見て、神崎は茫然としていた。

「勝ったのか・・・ステージ2勝・・・?」

 壁にかかっているイエロージャージを見た。

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