第52話 全国高校自転車競技会 第2ステージ(佐多岬~桜島)①

「ここが日本本土最南端か~」

 佐多岬に到着すると、冬希はバスを降りた駐車場から展望台へ向かった。

 展望台からの景色は絶景だった。そこまで時間に余裕があるわけではなかったので、急いで戻り、運営が運んできてくれた自転車に前後のホイールをつけ、チェーンに油を差し、空気圧を確認する。電動コンポの選手は、バッテリーの充電も行っておく。

 それが終わり、冬希はトイレへ向かう。緊張の為か、トイレが近くなった気がする。

 用を足し、チームの元に戻ろうとすると、見たことのある後姿を見つけた。ゼッケンは131番、東京のエースで1年生の植原博昭だ。

 冬希は、後ろからそっと近づき、膝カックンを仕掛ける。植原はガクっとなり後ろを振り向いて冬希を見つけると

「やあ・・・」

 と言った。よく見ると、植原は、報道部活連の人たちに囲まれて取材を受けている最中だった。報道部活連の人々は、じっと冬希を見ている。

 やばい、すごいお邪魔虫だ・・・と、すごすごと去ろうとすると、植原の慶安大付属の1年生マネージャー沢村雛姫が、折り畳みのアウトドアチェアを2脚持ってきた。

「お久しぶりですね。青山君もどうぞ」

「あ、雛姫さん、ありがとう・・・」

 図らずも、植原と冬希の対談形式の取材になってしまった。


「お二人とも、第1ステージを振り返った感想を聞かせてください」

 冬希は取材の邪魔をしてしまった罪悪感で一杯だったが、報道部活連の人々は、総合リーダージャージと新人賞ジャージが揃った事で、一気に取材が片付くことを逆に喜んでいるようにも見えた。

 植原が先に答え、次に冬希が答える形式になった。取材慣れしている植原が気を遣ってくれているようだ。

「お二人は、知り合いだったんですか?」

「知り合いというか、友達だね。青山君」

「植原とは、江戸川で走っている時に知り合って・・・」


 それなりに長い時間取材された後、スタート地点で集合がかかった。

 集合がかかる前から、スタート地点には既に殆どの選手が集合しており、冬希と植原もあわてて準備をする。

 出遅れた冬希と植原は、集団の最後尾につける。二人のチームメイトは、最後尾からは見えないぐらい前に並んでいる。

 すると、運営の係の人から声を掛けられた。

「青山選手、植原選手は、こちらを通って一番前にお願いします」

 言われるがままに、冬希と植原は、集合している選手が空けている一番右の1列を通って一番前に出る。

 総合リーダー、スプリント賞、山岳賞、新人賞の各々のジャージを着用する選手は、最前列からスタートすることが出来る。

 総合リーダージャージと新人賞ジャージを着ている二人は、集団の選手たちから尊敬と羨望のまなざしを受けながら、集団の中を通り抜け、先頭に出る。

 最前列には、総合リーダーチームである神崎高校の選手4人が並んでいて、その更に先に、スプリント賞の緑ジャージを着た、静岡の尾崎貴司と、山岳賞の青い水玉のジャージを着た、福岡の舞川祐樹がいた。

 冬希と植原は、尾崎の横に並ぶ。

「よろしくお願いします」

 冬希は、尾崎にぺこりと頭を下げた。

「ああ、よろしく」

 尾崎は軽く手を上げて挨拶を返す。


 審判車を先頭に、パレードランがスタートする。地元の観客や、遠くから駆け付けたと思われるお客さんが道の両側を埋め尽くしている。

「よぉ、光速」

 冬希が振り返ると、そこには福島のエーススプリンター松平幸一郎がいた。

「何ですか?白虎・・・」

 冬希の言い様が面白かったらしく、がははと笑いながら冬希の背中をポン、と叩いてきた。

「お前、今日スプリントポイント勝負するのか?というか勝負しろ」

 冬希は、チームの方針もあるので、応とも否とも答えづらい。

「逃げ集団が何人になるかによっては、自分たちの獲るポイントは残ってないかもしれないですよ。あまりポイント残ってなかったら、頑張って取りに行く程のものでも無いですし・・・」

「何ポイント残ってたら良いんだ?」

「うーん、スプリントポイントより、ボーナスタイムが残ってたらうれしいですね」

「じゃあ、逃げは2名までだな」

 松平は下がって行って、チームメイトの日向になにかしら囁いている。

 今度は冬希のチームメイト、神崎高校の参謀的役割を果たす、平良潤に話しかけられた。

「冬希お前、逃げを潰すのに福島を利用するつもりか?」

「結果的にそうなれば楽かなと、スプリントの相手をしてあげるだけで、逃げ潰すの協力してくれるんだったら安いもんかなと」

「あの松平ってやつ、単純そうだからな」

 言ってくる柊に対して、心の中で、あんたにだけは言われたくないだろう、と呟く。

 そして、少し離れたところを走る、尾崎を見る。恐らく総合争いで神崎高校の最強のライバルになるであろう男だ。

 どの選手の逃げを潰して、どの選手の逃げを容認するか、という点からも、神崎高校のチーム目標を見破ってくるかもしれない、細心の注意が必要だ。


 集団がアクチュアルスタートを通過すると、その瞬間に逃げたい選手のアタックが始まる。

 冬希たちは、各校のエースクラスが逃げに加わろうとすると、捕まえに行った。

 逃げた選手の後ろに、柊が張り付く。そうするとその後ろに潤、郷田、船津、冬希が続き、その後ろに集団も続く。そうなったら逃げは失敗だ。

 冬希の意図した通り、福島も積極的に逃げ潰しに協力してくれている。坂東のスプリント賞を目指す佐賀も、スプリントポイントを潰してしまう逃げ集団は迷惑な存在であり、積極的に潰しにかかる。

 静岡も、総合優勝を狙うチームとして逃げ潰しに協力してくれている。

 だが、集団を驚かせたのは、群馬の積極的な動きだ。冬希たちや福島以上に、逃げを潰すのに積極的になっており、冬希たちにとっては、かなり負担が軽くなった。

 

 2~3人が逃げに成功するが、有力選手がその逃げに合流しようとしてアタックをかけ、阻止したいチームが有力選手を捕まえに行き、逃げ集団と有力選手が合流した直後に全員集団につかまるというようなことが繰り返され、逃げたい選手も逃げを捕まえる集団も息が上がってきた。

 その一瞬の隙をついて、京都の「逃げ屋」四王天が飛び出した。

 四王天は、既に3分以上総合タイムで遅れていて、総合優勝争いの障害にならないとの判断から、冬希たちの、逃げを阻止するリストには入っていなかった。なので追いかけない。

 四王天が興味があるのは、逃げ切りによるステージ優勝のみなので、総合タイムでわざと遅れを出して、逃げたときに総合系のチームから追いかけられないようにしているのだと、船津は言っていた。

 逃げ切りの為なら何でもやる。それが「逃げ屋」と呼ばれる所以なのだ。

 静岡、群馬らの総合系チームは、総合タイムで遅れている四王天は当然追わない。

 福島、佐賀と言ったスプリンター系のチームがどう出るかだったが、ここで佐賀が捕まえに行った・・・と見えた。が、佐賀はそのまま坂東が飛び出し、四王天と合流し、二人で逃げ始めた。

 福島は慌てて潰しに行こうとしたが、総合系のチームも、無論佐賀も協力せず、そのまま2名の逃げが決まってしまった。


 計算外なのは、四王天だった。

 可能な限り逃げの人数を増やし、後続を振り切って逃げきる算段だった。

 レース終盤にメイン集団は、逃げ集団を捕まえに来るが、集団だって、全員が先頭交代に参加して逃げ集団を追いかけるわけではない。

 そのステージを勝ちたい数チームから2名程度出し合って追いかけてくることになるが、メイン集団で先頭交代する人数より、逃げ集団の先頭交代する人数が多ければ、逃げは捕まらない計算になる、

 だから、四王天は坂東との二人逃げではなく、他の逃げたい選手が追い付いてくるのを待ちたかった。

 しかし、集団の方は、もう選手が飛び出せないように、千葉、福島、静岡、東京らのチームが集団の前で広がって、蓋をしてしまったので、逃げが増えることは期待できない。


 仕方なく、四王天は、坂東と2人で先頭交代しながら、メイン集団を引き放しにかかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る