第19話 セレクション:面接

 係の人から呼ばれ、冬希は扉をノックする。

 返事を聞いてから扉を開けて中に入り、氏名と受験番号を告げて、椅子をすすめられて座る。上下サイクルジャージに、来賓用のスリッパという、おおよそ推薦入試の服装としては似つかわしくない格好が、コミカルな雰囲気を醸し出している。


 机の向こうには、先ほどセレクションの時に競技説明をしていた、笑ったような顔の男がいた。

「私は、神崎秀文といいます。英語の教師ですが、一応、この学校の理事長ということになります」

 私立なので珍しくないのかもしれないが、学校と同じ名前ということは、一族で運営してきたのかもしれない。


「筆記試験とセレクションが終わったわけですが、どうでしたか?」

「今の自分の力は出し切れたのではないかと思います」

 その後、どういうスポーツを何年ぐらいやってきたか、毎週どれぐらい自転車に乗っているのか、自転車競技歴がどの程度かを聞かれた。

 流石に自転車に乗り始めて3か月と聞いて驚いた様子だった。


「セレクションの前のミーティングで、君は私に何か質問がしたかったのではないですか?」

「ドラフティングが禁止なのかどうか、質問しようと思いました。以前に私が出たタイムトライアルでは禁止だったので」

「では、なぜそれを質問しなかったのですか?」

冬希は、少しためらいながら、自分が思ったことを話すことにした。

「禁止していない状態で競技をやって、みんながどういう行動をとるか、そこも試験として見たかったのではないかと思いました」

 冬希が質問して、神崎というこの先生が回答することにより、明文化されていないルールが明文化してしまい、試験が台無しになるのを恐れたのだ。


「それは正解です。ただ、私たちは、ドラフティングを使ったから卑怯だとか、使ってないから偉いとか、そういう判断をするつもりはなかったのです。ただ単に、どういう判断をする人なのかというのを参考までに見ておきたかったのです」

「なるほど、わかる気がします」

 勝ちにこだわれば、ドラフティングを使うだろう。ルールや秩序を重視するなら、使わない道を選ぶだろう。勝負の世界なのだから、きっと正解などないのかも知れない。


「それにしても・・・」

 神崎は突然相好を崩して言った。

「君は随分、担任の先生に嫌われているみたいだね」

 冬希は苦笑いするしかなかった。

 冬希本人が「そこに書いてあることは嘘です」と言っても信ぴょう性もないし、そもそもどんなことを書かれているかわからない。


「ところで、君はいつから来れる?」

 バイトの面接のような軽さで神崎は言った。

「うちの学校はレベルが高いから、入学後についていくためにも、ある程度は勉強も頑張ってもらわないといけないんだけど、もうちょっと自転車の方も頑張っておいてもらいたいんだよね」

「えっと、平日は学校があるので、土日であれば・・・」

「うんうん、そうだね。じゃあ土日は、学校に遊びに来てくれるかな?あと、今度良い物を送ろう。是非、放課後に使ってくれたまえ、少なくとも・・・」

 笑った形のままの目の奥に、わずかに真剣な光が見えた気がした。

「今後は、受験のための勉強をする必要はないはずだから」


 神崎は立ち上がって言った。

「全国高校自転車競技会というものが、毎年5月に行われる。来年は九州だ。私は君たちに、そこでどうしても達成してもらいたい目標があるんだ」


 冬希はずっと疑問に思っていた点が、その一言で理解できた気がした。


 なぜ、進学校がスポーツ推薦なのか

 なぜ、種目が自転車競技なのか


 この理事長は、個人的な目的を果たすために、ひどく私的な入試を行ったのだ。冬希は間違いなく聞いた。「わが校は」でも「私たちは」でもなく、この男は「私は」と言ったのだ。


 面接を終え、自転車で自宅に帰りつつ、冬希はえらいことになったと思った。

 神崎先生は、すでに冬希の合格が決まったかのような言い方をしていた。「合格ですか?」とは冬希は聞かなかった。ああいう遠回しな言い方をしていたのは、あの場で明確に合否を伝えることが出来ないからだと思った。それはいい。


 好きな子と同じ学校に入りたいという一心で軽い気持ちで受験したが、結果かなり重たい期待を背負うことになりそうで、冬希は自分の間抜けさに嫌気がさした。

 進学校が今までの慣例を変えてまで、行ったことが無いスポーツ推薦をいきなり実施するという重大さについて、全く慮ることをしなかったのは、我ながら浅慮というしかない。

 冬希は入学を希望し、学校というか理事長はそれに応えた。そこには恩義というか寧ろ義務のようなものかも知れないが、何かを返さなければならないのは間違いないだろう。


「最早、引き返す道なんかない・・・」

 冬希は、合格という結果で応えようとしている神崎先生に対して、自分にできることは全てやるという決意を固めた。

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