百五十四話 喚きださない理由

「ヒヒイロカネ、一万一千五百枚で落札となります!!!!!!」


司会者がヒヒイロカネの落札を宣言した瞬間、今日一番の拍手が会場を埋め尽くした。


「ッ!?」


拍手が巻き起こった瞬間、アラッドは肩をビクッと振るわせて驚いた。


(す、凄い拍手の音だな……まるで嵐だ。ヒヒイロカネを落札した金額を考えれば当然かもしれないが……いや、それにしても拍手だけではなく、歓声の声まで凄い)


少し耳が痛くなる程の拍手と歓声がアラッドを襲ったが、心を落ち着かせて有難く受け取った。


ただ……アラッドが大金でヒヒイロカネを落札し、会場にはその結果に喜ぶ者以外も……当然いる。

少しでも武に関わっている家系であれば、アラッドと同じく喉から手が出るほど欲しいと……心の底から欲しいと望む素材。


それを自分以外の誰かが……ましてや子供が取ったとなれば、当然怒りの感情が混み上がてくる。


金貨一万一千五百枚とは、黒曜金貨一枚と白金貨十枚と金貨五百枚。

どう考えても、子供が自由に使える金額ではない。


例え両隣の親族らしき人物から好きに使って良いとお金を渡されていたとしても、黒曜金貨一枚などそう簡単に渡せる物ではない。

いや、普通に考えて……異常な思考であったとしても、黒曜金貨を子供に渡したりはしない。


故に……一部の者たちは仮面を付けている少年が嘘を付いているのではないか……そう思っていた。

しかし、その考えは容易に口に出せない。


司会者も子供が黒曜金貨一枚以上の値段を使用したことに関しては驚いている。

ただ……司会者はオークションに参加する者のリストを見て、受付の者からも事情を聞いているので、仮面を付けた子供がパーシヴァル家の三男であるアラッド・パーシヴァルであることは知っている。


(まさか黒曜金貨一枚以上の財産を有しているとは……そういえば、アラッド様が新しい料理を考えた? という噂を聞いたことがあるが……まさかその権利で個人的に大金を得たのか?)


料理にも商品と同じく、権利がある。


ただ、その権利に関してアラッドは屋敷の料理長を通しているので、世間的にはパーシヴァル家に所属する料理長が新しい料理を開発したことになっている。


これが事実なのだが、フールがパーティーでアラッドを自慢しているのが要因で、もしや新作料理にはアラッドが関わっているのではという噂が流れていた。


(アラッドが嘘を付いてるのではと言い出す者が現れるかと思っていたけど……まだ我慢出来てるようだね)


仮にここで誰かがアラッドの財力に関して指摘すれば、指摘された本人は即座にマジックポーチの中から現金を取り出す。


オークションで競り負けたという時点で、一人の子供と比べて自由に使える財力が低いと露呈することになるが、嘘を付いているのではないかと指摘した場合……アラッドが本当にお金を持っていると証明されたら、指摘した人物は赤っ恥をかくことになる。


アラッドがきっちり金を持っていると証明されれば、会場中の人たちが指摘した人物のことを笑う。


大きな声で、盛大に笑われる。

アラッドたちの様に正体を隠していれば別だが、そうでなければ今後一生……死ぬまで社交界に出ればそのことについて笑われるかもしれない。


権力者たちはその可能性が解っているからこそ、この場でアラッドの財力について指摘しなかった。


うっかり憤死しそうな者がいるなか、アラッドはヒヒイロカネを落札できたことを心の底から喜んでいた。


(冒険者として何年も活動していても、手に入れられるか分からない鉱石だ……頑張ってせっせてプレミアム品を作った甲斐があったな)


市販のリバーシやチェスが売れれば、勿論アラッドの懐にお金は入って来る。

ただ、アラッドとしては自身で作ったプレミアム品の売上金の方が多い……と、思っている。


何はともあれ、これ以上は何かを落札することは多分ない……そう考えていた。

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