百二十九話 意外と早く気付いた

(はぁ~~~~~、まさかお茶会に来て誰かと戦うことになるとは……まぁ、きっちり勝負を着ける必要はないんだろうけどさ)


庭の中でも開けた場所に移動し、アラッドの我前には動きやすい格好に着替えたレイが軽く体を動かしていた。


(……最近のあいつとは模擬戦してないから正確には分からないけど、多分……ドラングより強そうだな)


アラッドの感覚は正しく、実際にレイとドラングが模擬戦を行ったことはないが、それでも戦闘に関してベテランと呼べる者たちの客観的な意見では……九割ほどレイの勝利が確定していると断言する。


「アラッド、君はレイのように体を動かさなくても良いのかい?」


「えっ? あぁ……そうだな、一応動かしておくか」


アラッドの傍にはベルが立っており、これからレイと模擬戦を行うにも拘らず、先程までと雰囲気が変わらないアラッドに少なからず困惑していた。


(あまり社交界には出ない……ということは、レイの強さについて知らないのかな)


レイは他の令嬢と比べて……いや、令息と比べても特別と呼べる存在。

そんな存在を目の前にしても、アラッドの雰囲気は変わらない……どころか、普段ベルに稽古を付けている騎士たちと表情などが似ている。


「アラッド、あまりレイを嘗めない方が良いよ」


「あぁ、それは分かってる。まだ手合わせしてないけど、多分ドラングよりは強いだろ」


(ッ! なるほど。強いというのは解ってるようだね)


アラッドが決してレイを嘗めてはいない。

それは分かったが、それでも何故アラッドがここまで冷静で……達観した表情を浮かべられるのかが分からなかった。


(もしかして……本当に、あの噂は事実だったのかな)


少し前に流れてきた噂……一人の令息が新人女性騎士と一対一で模擬戦を行い、勝利した。


この噂はベルだけではなく、今回のお茶会に呼ばれた子供たち全員の耳に入っている。

だが、誰一人としてこの話を完全には信用していなかった。


ベルは以前、家に仕える騎士に尋ねた。

才能がある子供が新人の騎士に敵うのかと。


返ってきた言葉は不可能という内容だった。

ベルも返ってきた言葉が間違っているとも思えない。


「お二人とも、準備はよろしいでしょうか」


「あぁ、問題無い」


「えぇ、大丈夫ですよ」


審判は戦闘もバリバリ行える初老の執事が務める。

ちなみに、二人が持つ武器は木剣。


貴族の子供たちが行う模擬戦でよっぽどな理由がない限り、真剣を使わせる訳にはいかない。


だが、木剣でも十分に大怪我する可能性はある。

アラッドは過去に木剣……ではなく、拳でドラングの骨に罅を入れたことがあった。


(さて、どうやって攻めようか)


とりあえず正眼に構えたアラッドはどうやって攻めるか考え始めた。

ところが、ここでレイがアラッドにとって思わず驚きが表情に出てしまう言葉を発した。


「アラッド、先に打ち込んできて欲しい」


「ッ!!?? 随分と自信があるんだな」


「防御に限って、という訳ではないがな」


離れた場所で観戦しているヴェーラたちの方にチラッと目を向けたが、誰一人驚きや馬鹿にする様な表情をしていない。


(誰も表情が変わっていないってことは……あれがレイ嬢の平常運転ということか)


丁度攻め方を考えていたところなので、お言葉に甘えることにした。


「それでは、こちらから行かせてもらおうか」


勿論、強化系のスキルは一切使わない。

脚力もレイの表情を確認して徐々に上げていく。


そして木剣で斬りかかり、その一撃に反応したレイは余裕の表情で受け止めた。

そこからもう一度斬りかかる……のではなく、押し込もうとした。


だが、そこで異変に気付いた。


(これは…………なるほど、多分そういうことか)


これぐらい力を入れれば押し切れるだろう。

そう思って力を込めたが、それでもレイは表情を崩さずに耐える。


レイがスキルを使っていない。

それはアラッドも分かっているからこそ、直ぐにその原因を考え……意外と早い段階でその理由が判明した。


(そういうことなら、もっと力を強めても良さそうだな!)


表情が好戦的な笑みに変わると同時に木剣に込める力が強まり、徐々にレイの表情に変化が訪れた。


少々長いつばぜり合いが続き、遂にレイがアラッドとのつばぜり合いに耐え切れず、後方に下がった。

この事実に観戦しているベルたちは声を上げて驚いた。


「アラッド、あなたは……」


「レイ、本当に強いな。だから……少し、この模擬戦を楽しませてもらう」


先程の好戦的な笑みを違い、素の嬉しさがアラッドの表情に現れた。

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