第388話 今回はちょっとまずいかもしれない

「成果ねえ……命乞いをして軍門に下り、番犬やってるだけの俺が言うのもなんだが……嫌われたもんだな、ジュナス教会ってのも」

「多くの地域で国教扱いの貴殿らが、邪教扱いとは釈然としないだろうとはお察し申し上げる! しかし各々の立場に因る正義は、究極的に権威の有無を問題としない!」

「本当に意見だけは合うもんだから、おじさん困っちゃうね」

「まっこと同感でありますな!」


 理解し合ってしまったからこそ、もはや話し合いの余地もない。

〈神獣結社〉の幹部十二人は、確かにこと近接格闘において、相当な練度であることが、囲んで構えてくるだけで伺えた。


 俊敏さと硬い臼歯の人鼠ワーラット

 鈍いが一撃が重い人牛ワーカウ

 最強クラスの獣人である人虎ワータイガ

 下肢の力が半端ではない人兎ワーバニー

 締め付けの怪力が要警戒の人蛇ワースネーク

 蹴りの破壊力が侮れない人馬ワーホース

 見た目よりも凶暴な角突く人羊ワーシープ

 体系立った格闘術ともっとも相性の良い人猿ワーマンキ

 相手が死ぬまで啄む人鶏ワーコック

 人狼とも対等に渡り合う人狗ワードッグ

 突進力が随一の人猪ワーボア

 そしてリーダーがご存じ肉弾と息吹の両刀を使う竜人、サラバイである。


 ベルエフは彼我の戦力差を悟り、一つだけ提案した。


「いちおう訊いとくが、全員が武闘派ってことでいいんだよな? 俺に敗けたくねえ奴がいるんなら、今すぐ引き返せば見逃してやるぜ」


 返ってきたのは小波さざなみのようなせせら笑いだが、猶予は与えたと判断する。

 ロビーに風が吹き荒れた。


 おそらく狼が発した宣告内容をきちんと咀嚼するより早く、馬と羊と猪とカウンターの半分が壁と仲良しになった。

 カウンターのもう半分は虎の顔面に激突して微塵に砕け、いつの間にか倒れている鼠の背中にバラ撒かれる。


 ようやく攻撃態勢に移ろうとした猿と犬が仲良く鼻血を吹いて転がり、牛の巨体が天井に激突。蛇、鶏、竜が一蹴りでまとめて飛ぶ。

 最後に残った兎の額を軽く指で弾くと、気迫負けして卒倒した。


 今度こそ静まり返ったロビーに靴音を鳴らして、今度はベルエフの方が演説する羽目になる。


「ずいぶんと見くびられたもんだな。確かに、俺たち管理官マスターの中には、戦闘能力による叩き上げじゃなく、純粋な指揮能力を評価されて就任した奴もいる。組織の在り方としては健全だが、武官としては頼りなく見える向きもあるかもな。だがいくらなんでも、てめえらほど弱くはねえよ。いったいなにが同程度だと思ったのか、教えてほしいもんだぜ」


 変貌形態の鱗による防御力ゆえか、唯一意識が残り立ち上がったサラバイが、頭から流れた血を拭いながら、いまだ不敵に笑って答える。


「そうだな……強いて言うなら、己の信仰に賭ける覚悟だろうか?」


 言うなり彼は、それきり言葉でなく息吹を吐いた。


「往生際の悪い野郎だ……」


 悪臭を伴う紫色の霧に巻かれ、右手で鼻を守りつつ左手を振るベルエフだが、かなりの濃度のようで、狭い範囲しか払えない。

 たまたま近くに倒れていた人兎ワーバニーの皮膚や粘膜から、血がどっと溢れるのを見て、ぎょっとさせられる。


 かなり強力な出血毒だ、ブレントのものよりヤバいかもしれない。

 こんなものでやられるベルエフではないが、それより驚いたのは、おそらくこれで殺すとまではいかないものの、倒れた仲間をこれに巻き込む、サラバイの冷酷さである。


「ベルエフ・ダマシニコフ……あなたはこんな言説を知っているか?」


 いや、そうじゃない。初めからこういう手筈で、全員が了承済みだったのだ。

 毒霧越しに聞こえてくる、いやに冷静になったサラバイの口調から、ベルエフはそれを確信する。


 どうせよくある、自分たちが絶対正義だと思い込んでいるインチキクソカルトだろうと舐めてかかっていた。

 実際は彼らは、自分たちの自覚的な確信犯なのだ。


「いわく、悪魔と契約し、死後悪魔に成るための方法が存在すると」


 彼らは他所様よそさまの聖域を侵す冒涜行為が邪教のそれだと、しっかり理解する理性がある。

 つまり彼らは彼らが言うところの、英雄でなく梟雄、すなわち神でなく悪魔と成りに来たのだ。


 そして、半年前に当時〈産褥〉幹部だったサイラスが使ったという、せっかくデュロンが報告してくれた手法を、うっかり失念していた。

 このロビー全体を一つの水槽と看做し、生贄の血をブチ撒ければ……。


「形象は兜蟹カブトガニ! 属性は血!」

「くそっ!」


 声を頼りに疾走したベルエフは、頭の高さを蹴りつけたが、詠唱は止まらない。


「第二十四の悪魔ナクラヴェーゼ、顕出し我に憑依せよ!」


 冷静に先読みしたサラバイは地に伏せた姿勢で、最後まで言い切ったかと思うと、そのまま勢いよく上体を起こし、頭突きをかましてくる。

 先ほどまでとは明らかに動きの質が変わっており、ギリギリで躱したベルエフは慎重に距離を取り直した。

 顕出からいきなり憑依へ持っていけるとは知らなかった、おかげで対応がワンテンポ遅れてしまった。


「さあ、私を殺して悪魔にしてくれ、ベルエフ司祭! できるものならの話だがな!」


 はっきり言って素のサラバイの強さは、ドエログとかと大差ない。このレベルの奴に悪魔が憑いただけなら、ベルエフであればいくらでも対処が可能だというのは、つい先月証明したばかりだ。

 だが、今回はちょっとまずいかもしれない。能力値上昇に胡座を掻くのでなく、本気の戦法構築を仕掛けてきたということを、すぐに彼は理解する羽目になった。

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